噂をすれば、なんとやら。

 うさぎたちを見つけて、目を吊り上げているのは、真っ赤な子ウサギだったのだ。彼女はひとり――いや、一羽だった。かつて従えていたネズミたちはいない。なぜかはしらないが、服はぼろぼろで、ずいぶんみすぼらしい外見になっていた。

 「苦労したみたいね、タマシイがボロボロよ」

 「仕方がないわ。何度言ったって分からないんだもの。恨みばかりじゃ、不幸を呼び込むだけだって――」

 黒ウサギと白ウサギは、気の毒そうに真っ赤な子ウサギを見つめたが、赤いウサギは目を血走らせて三羽のうさぎをにらんだ。

 どこから持ち出してきたのか、カマを振り上げた。

 「このうさぎども! あたしのジャマばっかりして!」

 完全なる逆恨みである。そもそも、この三羽は、最近、真っ赤な子ウサギに関わってなどいなかった。

 

 「ルナ! 逃げて!」

 あわてて、ジャータカの黒ウサギと真っ白な子ウサギが、ルナをうしろにかばったが、真っ赤な子ウサギが鎌を振り下ろすことより――もっと、おそろしいことが起こった。

 

 「うわあ! 可愛いうさぎさん!」

 青大将は、ルナを庇ったのではない。とても可愛いうさぎを見つけて、大喜びであいさつをしたに過ぎない――。

 「どいて! あたし、こいつらを片付けてしまわなけりゃ、」

 「そんなこといわないで。このウサギさんたちはいい人だよ。それより、君――俺が怖くないの?」

 「は? だれが、だれを怖いって?」

 ルナたち三羽のうさぎも驚いたのだが、真っ赤な子ウサギは、これっぽっちも青大将を怖がってなどいなかった。

 大歓喜したのは、青大将である。

 「ほんとに!? 怖くないの!?」

 「あんたのなにが、怖いのよ――」

 「嬉しい! 俺を怖くないと言ったうさぎははじめてだ!」

 

 ルナたちは、止めることができなかった――真っ赤な子ウサギが、青大将に、ひとのみにされてしまうのを。

 

 「――!!」

 三羽のウサギは、それぞれの耳をぴーん! と立たせてのけぞった。

 真っ赤な子ウサギの悲鳴も、聞こえなかった。彼女がなにか叫ぶ前に、ぺろりとのまれてしまったのだから。

 

 「うさぎさんたち、ありがとう」

 青大将は喜びに火照った頬で、うやうやしく礼をした。

 「俺の運命の相手が、見つかった」

 そのまま、いそいそと広場を後にしていく青大将の後ろ姿を、ルナたちは見た。

 草の上には、ぽつんと、物騒に星の光を受けて輝く、カマが残されていた。

 

 

 

 「へびだ!」

 ルナは飛び起きた。

 「へびだー!!」

 ベッドを飛び降りて、パタパタとそこらじゅうを駆け回り、アズラエルに捕獲され、ベッドに放り投げられる。

 「よし」

 アズラエルは、ルナをベッドに押し付けたまま聞いた。

 「寛大な俺は、聞いてやろう。なんの夢を見た?」

 「イマリが、へびにまるのみにされた!」

 「けっこうなことだ。……で、おまえが早起きしたのも、けっこうなことだ」

 「ほ?」

 「やっとイシュメルが消えた。俺たち恋人が深夜すべきことも、だいぶ、ご無沙汰だ。――意味はわかるな?」

 「ほ!?」

 「いただきます♪」

 「プギャー!?」

 

 ……ルナは二度寝となった。

 朝、ルナの代わりにキッチンに立ったアズラエルに、察したバーガスがにやにやと、下ネタを振ってきたので、にやにやと振り返してやるくらいのご機嫌さは、復活していたわけである。

 

 さて、クリスマスも間近な、いつもどおりのおだやかな終日。

 夕刻、ミシェルが帰ってきた。ネコのシッポが逆立つくらいに、激怒しながら。

 「なにをそんなに怒ってるのさ、ミシェルちゃん」

 レオナが、不思議そうな顔で言った。いつも一定のテンションを保っているミシェルがこれほど激怒しているのは、見たことがなかった。

ミシェルが、腹に据えかねた、といった顔でプンスカ怒った。

「詐欺だって言うの! クラウドのことをさ! 心理作戦部なんて部署はないって、なにも知らないくせに! キー!!」

「ちょ、落ち着いてミシェル……。ルナちゃん以上にカオスになってるよ?」

「どういうことかね、話してみたまえ、ミシェル」

心理作戦部の語句をひろったエーリヒが、読んでいた雑誌を閉じて、言った。

 

ミシェルの話は、こうである。

今日は、ルナがひさしぶりの事後のせいで、午後から起き出してきたため、ミシェルはひとりでK12区に遊びに行った。(クラウドは、エーリヒと出かけていた。)そこで、久しぶりに、イマリに会ったというのである。

「え? イマリ?」

今朝、あんな夢を見たルナは、どきりとして聞いた。

ミシェルは、イマリを見かけたのではなく、会った――K12区に最近出店されたばかりのコーヒースタンドで、ばったり会った。真正面から対峙してしまったのだが、最初はお互い、無視し合った。互いに一人だった。

なんでこんなところで、こんなやつに会うんだという顔を、ふたりともした。あまり気分の良くない出会いは、それで終了するかに思われた。

けれどもイマリが、ミシェルの座っている席まで来たのだ。来ただけで、座らず、立ったままだったのだが、彼女はものすごくためらう様子で、ミシェルに聞いてきた。

「あんたのカレシ、し、心理作戦部? っていってたけど――ホントなの?」

どこから聞きつけたのかは知らない。だが、ミシェルは、なんだか嫌な感じがして、

「そうだったら、どうなの?」

と逆に聞き返してやった。すると、彼女は意地悪気に、

「それってマジなの。あんた、だまされてるんじゃない?」

「は?」

「そんな部署、ないってさ。――あたしの義兄、ホンモノの軍人なの。だから、あんたたちの言ってることが、間違い」

とあざ笑うように言って、去っていった。

ミシェルは呆気にとられて、イマリの細い後ろ姿を見た。そのすぐあとだ。猛烈な怒りが込み上げてきたのは――。

 

 「ああ、うん。心理作戦部のことは、知らない軍人もいるよ」

クラウドはあっさりと言った。毛の逆立った子ネコをいっしょうけんめいなだめながら。

「L22あたりの軍人なんかは、心理作戦部のことまで知らないよ」

 「おそらく、本物の軍人ということは、イマリという子の義兄は、L22あたりの、広報担当の軍人じゃないかね」

 エーリヒも言った。

 「すくなくとも、L18じゃァねえな」

 聞いていたグレンも、肩をすくめた。

 「心理作戦部がないなんて、L22あたりの、戦争にも出たことない事務職のいうことだろ! ミシェルちゃん、心理作戦部はあるよ! そんな奴の言うことを信じることはないよ」

 「ミシェルちゃん、あのな、L22とL18あたりってのは――ぜんぜん違うんだ。とくに、L22ってのはな、あそこは、はっきりいって軍事惑星じゃねえ」

 「そうだな。最近、アーズガルドが入って、昔ほどじゃなくなってきたが、あそこは軍部っていうよりかは、軍事惑星の事務担当みてえなもんだから、」

 「あたし、心理作戦部を信じてないってわけじゃないのよ?」

 レオナにバーガス、グレンが口をそろえて説明をしだしたので、ミシェルはとりあえず言っておいた。

 「こんなに軍事惑星出身者でかためられた環境に住んでて、どっちを信じるかなんて、言うまでもないわよね」

 「よくいった! ミシェルちゃん!」

 レオナに背中をバシッとやられて、ミシェルは「おえっ」と変な声を上げた。

 「それより、なぜイマリが、心理作戦部のことを知っていたかってことだよね」

 今日は一日ご機嫌だったアズラエルが焼いてくれた、ピーナツクッキーをつまみながら、怒りを収めたミシェルはぼやいたが。

 



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