さて。そのルナだったが。

 「ねえ、うさこ」

 『なあに』

 めずらしく、呼んだらすぐにZOOカードから出てきた月を眺める子ウサギと、会話をしていた。むろん、イマリのことについて。

 「イマリは、けっきょくどうすればよかったの」

 華麗なる青大将と出会ってしまったけれど、それでいいの。ルナは聞いた。

 『いいのもなにも、それがあの子の幸せなんだから、しかたないじゃない』

 

 月を眺める子ウサギは、用意されたソファに座り、頬杖をついて嘆息した。用意されたソファというのは、ルナがおもちゃ屋さんで買ってきたものである。ぬいぐるみ用の、ひじ掛け付き一人用ソファ――月を眺める子ウサギは、たいへんにお気に召したようで、今日は長居をしてくれている。

 

 『テーブルと、お茶セットも欲しいわね』

 「うん。今度買ってくるよ」

 ルナは素直にうなずき、「イマリのことだけどね、」と言いかけると、うさこは告白した。

 『わたしも、なんとかしようとしたのよ。あの子を宇宙船から降ろそうと思って』

 「え?」

 『詐欺師に引っかからせたり、借金をさせたり――だって、あの子が理想の恋人と出会うには、もう、お姉さんのもとに帰るしかないんだもの』

 「えええええ!?」

 夢の中で、イマリがぼろぼろだったのは、月を眺める子ウサギのせいだったのか。

 『あなたと友達になっていれば、最高の相手と結ばれた――でも、ダメだったわ』

 「……ベンさんは、最高の相手ではないの?」

 月を眺める子ウサギは、考え込むような顔つきをした。

 『考えようによっては、最高の相手よ。あなたと、アズラエルのようなものだから』

 ルナは、返事に窮した。

 『あなたと友達になっていたら、出会っていた相手は、あなたにとってセルゲイのような相手。お姉さんのもとに帰れば、グレンのような相手と出会える』

 「でも、ベンさんと会っちゃったから……」

 『そうね――イマリを待ち受けるものは――』

 月を眺める子ウサギは言いかけ、やめた。ぬいぐるみの表情は、ひどくわかりづらい。うさこは、ソファから飛び降りて、銀色の箱の上に立った。

 『イマリのことは、もう忘れなさい、ルナ』

 「……」

 『それどころじゃなくなるわ。あなたには使命がある。イマリ一人に頭を悩ませている時ではないのよ』

 ルナがウサギ口をすると、

 『パソコンメールを見なさいな。もう、次の出来事がうごきはじめている』

 そういって、うさこは消えた。

 「……」

 煮え切らない思いのルナは、しかたなくメールボックスをひらき――目を見張った。

 

 「これわ……たいへんだ」

 ルナは、自分のパソコンのまえで硬直した。

 「たいへんだ――たいへんだ――たいへんだ」

 ルナのうさ耳がぴこーん! と勢いよく立ち、せわしなくぴこぴこぴこと揺れ出した。そして、部屋中をぺぺぺぺぺと駆け巡ったあと――すっ転びながら部屋の外に飛び出した。

 

 「たいへんだ! ――アズ! アズ、アズ! あず!!!」

 

 ルナは、屋敷中を、アズラエルの名を呼びながら探しまわった。ルナはぴこぴことあちこちをうろつき――トイレも物置もすべて開けて、天井裏まで行ってアズラエルを呼んだ。しかしアズラエルは、キッチンにいた。バーガスと一緒に、ラークのシチューを仕込んでいるところだった。

 「どうした、ルゥ」

 キッチンに飛び込んできたうさぎを、ラークといっしょに煮込んでしまおうかと思ったくらいには、ルナはうるさかった。

 「アズ! たいへんだ!」

 「大変の先を言え」

 アズラエルは、バーガスと一緒に、K15区で買ってきたワインを飲みながら、大量のジャガイモを剥いていたわけなのだが――。

 

 「パパとママと、ツキヨおばーちゃんが、E353にいるって」

 

 「あ!?」

ルナの台詞を聞いた瞬間、アズラエルは指を滑らせて、じゃがいもが血みどろになった。

 傷口を水で洗い、申し訳程度にエプロンで拭き、エプロンも血みどろにしながら、ルナのあとを追って――いつしか追い越して、部屋にもどった。

 ルナのパソコンのメールボックスが開いている。そこには一通の新着メールが。

 「今朝、けさ、今朝! 来てたの!」

 置いて行かれたルナが、ぜいぜいとパソコンの傍まで来て、アズラエルの後ろからメールを指さした。

 「ママから」

 

 件名:ママで〜す!

 本文:ルナ〜♪ ママたち、いま、どこにいると思う?

    (E353のスペース・ステーションの写真が二枚)

    ジャジャ〜ン♪ E353にいます!

    (パパとママとツキヨの三人で撮った写真)

    ルナたちの宇宙船は、クリスマス前後に着くってインフォメーションのひとが言ってたわ。

    今年のクリスマスは、家族と、それからアズ君とで過ごせるかな?

    ではでは、E353で待ってま〜す!

    宇宙船がE353についたら、連絡ちょうだいネ☆彡

    アズ君にも、よろしく☆彡  ママより

 

 

 「アズ君!?」

 アズラエルが絶叫したが、ルナはあわただしく言った。

 「たぶん、おばーちゃんは、あたしとアズのことを、パパとママに話したんだよ」

 もしかしたら、アズラエルに会いたくて来たのかも、とルナは言い、メールを見たまま固まっているアズラエルに、やっと、「――だいじょうぶ?」と聞いた。

 「お――おう――」

 アズラエルは、かろうじて返事をした。写真に写っているドローレス。アズラエルは、かの「歩く冷蔵庫」――が自分を睨み付けている錯覚を起こしていた。

 

 「アズ。あのね、いますぐ、アズのパパとママに連絡して」

 「は? ――なんで」

 アズラエルはすっかり冷静さを欠いていた。

 「なんでって、アズのママはずっと、ツキヨおばーちゃんを捜してたんだよ!? やっと、E353で会えるんだよ!?」

 ルナの主張に、アズラエルはやっと気づいた。

 「E353で待ち合わせして、アズのママと、ツキヨおばーちゃんを会わせてあげなきゃ!」

 

 アズラエルの親の傭兵グループが、そしてメフラー商社のメンバーが、E353に向かっている。

 再会がかなうのは、エマルとツキヨだけではない。ルナの父親であるドローレスを息子のようにかわいがっていた、メフラー親父も来る。アマンダも、デビッドも。

デビッドとドローレスは、メフラー商社にいたころは、相棒同士だった。ドローレスは、もちろんアダムとも仲が良かったし、ルナの母リンファンと、アズラエルの母エマルは、学生時代からの親友だ。

 

 アズラエルは、ルナの肩をがっしりつかんで、叫んだ。

 「おまえが仕組んだのか!?」

 「!?」

 ルナはうさ耳と首をぷるぷる振った。

 「まさか!」

 ルナだってまさか、両親とツキヨがここまでくるなんて、思いもしなかったのだ。

 しかし、だれが仕組んだのか、見当はつく。どうあっても、ピンクの子ウサギが、ルナのアホ面を最高級にかしこくしたような笑顔で「ふふふ♪」と笑っている気がした。

 

 アズラエルはあわてて、自身のパソコンのメールボックスをひらいた。

 オリーヴとアマンダのメールを受信した。彼らも明日、E353に到着する。

 アズラエルは、慌ただしく日付を確認した。今日は21日――あと二日で、地球行き宇宙船は、E353に着く。

 

 「……」

 「あじゅ?」

 顔を両手で覆い――「了解」と打っただけのメールを、オリーヴとアマンダに返したあと、アズラエルはふらりと立った。

 「ルゥ。予定は明日立てよう。すこし待て。リハーサルを、――いや、気持ちの整理をしてくる」

 「……うん」

 ルナはぴょこたんとうなずき、アズラエルがふらふら、部屋を出ていくのを見送った。

 

 



*|| BACK || TOP || NEXT ||*