「冗談だろ!?」

 「うさこちゃんのご両親が、あのドローレスさんとリンさんだっていうのかい!?」

 

 バーガスとレオナは、屋敷が揺れるほどの大声を上げた。無理もなかった。

 「ああ。俺も、最初聞いたときは信じられなかった」

 アズラエルはもくもくとラークのシチューを口に運びながら言った。

 動揺のあまり、ジャガイモをほったらかして外に出たアズラエルだったが、ひと気のいっさいない住宅街をぐるぐると散歩してくる程度で、動揺はおさまったようだ。

 ルナがアズラエルの代わりに、山のようなジャガイモを剥いていた。おまけに、アズラエルのワインをちょっぴり拝借していた。アズラエルは一時間ほどでもどってきて、「しぶい」と文句を垂れているルナのワイングラスを取り上げてジュースを与え、今度はべつの野菜を刻みはじめた。

 ラークのシチューは、ぶじ美味しく出来上がって、みんなの胃におさまりつつある。

 

 「ルナちゃんがもしかしたら、軍事惑星で生まれるって可能性もあったわけだね」

 「ルナ姉ちゃんが、もしかしたら傭兵だったなんて、想像できないよ」

 アズラエルの多少長い説明が終わってから、セシルとネイシャが口々に言った。

 「そうだね――その、空挺師団の事件がなかったら、ルナちゃんは、傭兵の子として、育っていたかもしれないんだ」

 セルゲイも、感心したように言った。バーガスの秘伝スパイスが加わって、グレードアップしたシチューの味にも、ルナとアズラエルの、奇縁の話にも。

 「おまけに、ルナちゃんのお兄さんが、“セルゲイ”だなんてね」

 セルゲイは、嘆息をこぼした。ルナがかつて、「セルゲイは、あたしのお兄ちゃんじゃない?」と言ったのは、思い付きの台詞ではなかったというわけだ。

 しかし、そのころは、ルナも自分の兄のことはくわしく知らなかった。

 

 「でも、セルゲイさんは、ルナちゃんのお兄さんじゃないんだろ?」

 セシルが聞き、セルゲイはうなずいた。

 「うん。わたしは、ちょうど空挺師団の事件があったころに、義父さんの養子になった。ルナちゃんの兄ではないよ」

 レオナとバーガスが、ちょっとがっかりした顔をしたのを、セルゲイは見ないことにした。

 

 「まあ、ちょっと待て――冷静に。冷静になろう――」

 バーガスが焦り顔で言った。

「冷静じゃないのは、あんただけさ!」

 バーガスを小突いたレオナも、冷静でないことだけは分かった。

 「ドローレスさんとリンさんが来てるってンなら、俺たちも会いてえな」

 「そうだよ! あたしたちだって、ふたりには世話になったんだ。懐かしいし――チロルも、見せたい」

 レオナも、興奮して叫び、ベビーベッドで眠る娘を見つめた。

 

 「ドローレスさんとリンさんがいなくなっちまったのは、俺たちが二十歳になる前だった」

 急にしんみりとした面持ちで、バーガスは言った。

 「メフラー親父の手前、そんなこたァ口が裂けても言えなかったけど、もう、亡くなってると思ってたんだ、俺たちは」

 それはアズラエルも否定しなかった。メフラー親父だけは、彼らが生きていると信じていたが、ほかの皆は、ドローレスたちを死んだものと思っていた。あの当時、逃げ遅れて命を落とした者や、つかまった者も数知れなかったからだ。

 

 「でも、――生きていて、ほんとによかったよ。親父さんがどんなに喜ぶことか」

 レオナは、テーブルのうえの布巾で豪快に涙をぬぐった。バーガスも、そんな妻の肩を撫ぜるようにして、

 「ルナちゃん、知らねえだろうが、ドローレスさんは、そりゃすごい傭兵だったんだぜ」

 とまるで自分のことのように自慢気に言った。レオナも鼻息を荒くした。

 「そうだよ! 軍事学校のドラフトで、ものすごい数の指名が来て――、でも、ドローレスさんはメフラー商社を選んだんだ。白龍グループじゃ、最初っから幹部の席を用意してたっていうよ」

 「ああ。銀龍幇のシュウホウが、――当時は若頭だったが――ドローレスの指名に躍起で。最初から三番目の幹部席を用意してた。でも、ドローレスさんはそれを蹴って、ウチに来たんだ」

 

 「マジかよ!」

 ネイシャがおどろいて、身を乗り出した。

 「ルナ姉ちゃんの父ちゃんって、そんなすごい傭兵なの」

 

 「――ここだけの話」

 バーガスは、めずらしく生真面目な顔で言った。

 「親父はマジで、ドローレスを跡継ぎにする気だった。――アマンダやデビッドも、それを認めてた」

 「そう――あの、事件がなけりゃ――」

 レオナの言外には、空挺師団の事件と、バブロスカ裁判のやり直しの事件――アズラエルたち家族もL18を追われた、あの事件があった。

 

 急に食卓が静かになった。

 「……」

 セシルとネイシャもこの事件は知っている。いや、軍事惑星の者なら、知らない人間はいない。

 ルナは、事故で亡くなったと言われた兄が、空挺師団の事件で死んでいたなんて、知る由もなかった。

 ツキヨも父も母も、ルナには、けっして軍事惑星群の話はしなかったからだ。

 そして、バブロスカ裁判のやり直しの一件――アズラエルたちの一家も、軍事惑星外に逃亡しなければならなくなった、あの事件。

 アズラエルの祖父母にあたるアダムの両親は、無実の罪で捕らえられて亡くなり、アズラエル家族も、L系惑星群内を転々とした。

 ドローレスとリンファンが、メフラー商社のだれにも言わず、姿を消したのは、リンファンのおなかにルナがいるときだった。

 第三次バブロスカ革命の、オークスの遠縁だということで、ドローレスの逮捕命令が出されたからだ。

 

 なんとなく、ルナはこの席にグレンがいなくてよかったと思った。今日はエーリヒとジュリ、ミシェルとクラウドもいない。

 ここにいる皆はグレンを責めたりはしないだろうが、グレンが居心地の悪い思いをすることぐらいは想像できた。

 空挺師団の事件も、アズラエルたちが追われる原因になった事件も、すべてがドーソンのたくらんだことだ。グレンがしたことではない。だが、そのことが原因で、アズラエルとグレンはかつて、一触即発になったこともある。

 けれども、グレンの父バクスターが、ルナたち親子を助けてくれた。ほかの星に逃亡する手助けをしてくれたのだ。

 彼がそうしてくれなかったら、ルナは今、ここにいないかもしれない。

 これもたしかに、奇縁だろう。

 ルナは、楽しそうな顔で、ルナの知らない両親の話をするバーガスたちを、ふくざつな顔で見つめた。

 

 



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