百五十六話 再会 \



 

 地球行き宇宙船は、予定どおり、23日に、人工惑星エリアE353へ到着した。

 「それじゃ、しばらく留守にします」

 三人分の着替えがはいったトランクは、アズラエルが持っている。アズラエルはスーツ姿、ルナも、いつもより上品なワンピースに、パンプスの格好だ。

 そしてピエトも、子ども用のスーツを着ていた。ピエトの表情は、暗くはなかったが、すこし固かった。あの日、さんざん泣いて、泣き疲れて眠りに落ちたが、すべてが解決したわけではないのだ。

 つらいことの多かったピエトは、まだ安心しきってはいない。それは、アズラエルにもルナにもわかった。朝からずっと、ピエトはルナとアズラエルと手をつないでいて、離さない。

 

 「おう、じゃあ、そっちの話が落ち着いたら連絡くれ。俺たちも会いに行く」

 「わかった」

 屋敷からルナたち三人を見送ったのはバーガス夫妻と娘のチロル、そしてセルゲイだ。

 クラウドとミシェル、エーリヒとジュリは、すでにE353に降りていた。彼らは彼らで、クリスマス休暇を過ごすためだ。セシルとネイシャは、ベッタラのもとへ。そしてグレンは、昨日からラガーの手伝いに入っている。

 セルゲイもマタドール・カフェに手伝いにはいり、デレクたちとささやかなクリスマスをする予定だ。

 

 「留守はまかせておくれ」

 レオナが腕の筋肉を見せびらかしながら言った。これ以上頼もしい留守番役などいないだろう。

 「うん! じゃあ、行ってきます!」

 ルナは元気よく手を振って、あいさつをした。

 三人を送り出して玄関ドアを閉めてから、セルゲイが思い出したように言った。

 「わたしも、E353に行ってこようかな」

 「一緒にかい?」

 「まさか! カレンからメールが入っていて、E353に降りるなら、どんなところか見てきてくれっていうんだ」

 「そうだなァ」

 バーガスも顎髭をつまみながら考えた。

 「クリスマスから新年までは、E353も混むだろうな。23日のうちに行っておいたほうが、人ごみに巻き込まれずに済むんじゃねえか?」

 「お待ちよセルゲイさん、それじゃあ、あたしも行きたいな」

 クリスマスプレゼントを見るついでに……などと、セルゲイに着いていこうとするレオナの襟首を、バーガスはひっ捕まえた。

 「俺たちは、屋敷のすす払いをするって約束だったろ!」

 屋敷の掃除をしておいてくれるバーガス夫妻のために、でかけたみんなは、いち早くクリスマスプレゼントを置いて行ってくれた。

どうせ、E353には、来年降りるんだからというバーガスに、レオナはしぶしぶ了承した。

「E353の繁華街の様子を撮ってくるだけですから、すぐもどりますよ。帰ったら、掃除も手伝いますから」

セルゲイは言い、玄関を出た。

 

 

 

 ルナたちは、シャイン・システムで一気にK15区の繁華街に躍り出た。

 宇宙船の出口でパスカードをチェックしてもらい、長い回廊を歩いて、移動用の小型宇宙船に乗り込む。アズラエルは、この時点で嫌な予感はしていた。いつもはひとっこひとりいない回廊が、すさまじいまでの渋滞なのである。やっと順番が来て乗り込んだ、移動用小型宇宙船は人でぎっしりだった。

こんな超過密状態の宇宙船に乗ったことはない。

 

 「こいつらみんな、E353に行く奴らか?」

 クリスマス効果のものすごさを、ルナたちは身をもって思い知ることになった。

 アズラエルは閉口し、ルナとピエトがつぶされないように気を配るので精いっぱいだった。ルナはピエトが迷子にならないように、ちゃんと手をつないだ。

 十分ほどで、E353のスペース・ステーションに着いた。

 クリームを絞り出すような勢いで通路に押し出される。ルナは転びかけ、あわててピエトが、ルナを支えた。

 ベルトコンベア式の通路から、外壁はすっかりクリスマス仕様だった。流れている音楽も、クリスマスのそれで、ピエトは華やかな緑と赤の展覧会を見つめ、「ここもクリスマスなんだな」とやっと笑顔を見せるようになった。

 

 さすが、リリザと並ぶ観光惑星――もとい、人口エリア星。スペース・ステーションは、ショッピングセンター街と合体した総合施設だ。

 目移りするほど、ファッションビルや、ブランド店、飲食店などが立ちならぶ、幅広の通路に出たとたん、あまりの人ごみに、ルナは絶句した――。さっきの小型宇宙船の内部そのままに、充満した人間たちが、流されるように一定方向に進んでいる。

 この人ごみに逆らって、待ち合わせ場所に行くのはおそろしく難儀であることは分かった。

 

「べつの待ち合わせ場所にすればよかった」というアズラエルのぼやきを聞いたピエトは、アズラエルのポケットにつっこんである携帯電話が鳴っているのに気付いた。

「アズラエル、携帯、鳴ってるぜ」

 「ほんとか? ちょっと待て、」

 さわがしくて、携帯が鳴っている音も聞こえない。相手は、オリーヴだった。

 「――ああ、オリーヴ、俺だ――そうか。じゃあ、そっちにしよう。待っててくれ。今、着いたところだ」

 アズラエルは手短に会話して、電話を切った。

 「東の通路が空いてるらしい――待ち合わせはそっちにするぞ。ルゥ、ツキヨばあちゃんたちに連絡してくれ」

 「う、うん、わかった」

 

 アズラエルたちは、なんとか通路のすきまに身を寄せた。ルナはバッグから携帯を引っ張り出し、リンファンに電話をした。

 「ママ? ママ、いま、どこにいる?」

 『それがねえ、ママ、迷っちゃったの〜』

 「ええ!? またあ!? パパとツキヨおばーちゃんは!?」

 『いっしょにいるよ? でも、ものすごい人ごみで、ルナとアズ君がどこにいるか分かんない』

 「あのね、ママ、待ち合わせ場所、東通路の――えと、入り口にしようって。そっちはすいてるって」

 『ほんと? わかった、じゃあ、そっちに行くね』

 すぐに電話は切れた。リンファンたちがいる場所も、相当の人ごみのようだった。

 

 「よし、じゃあ、突っ切って、東へ行くぞ」

 ピエトを肩車したアズラエルは、トランクを引きずりながら、人ごみのなかに突撃していった。ルナはあわてて、はぐれないように、アズラエルのスーツの裾をつかんだ。

 

 



*|| BACK || TOP || NEXT ||*