そのころ、セルゲイも、大混雑の通路をまえに、絶句していた。 (写真を撮るどころの話じゃない……) 移動式小型宇宙船にならぶひとびとの大行列を見た時点で、「もどろうかな」と一瞬思ったのだが、今日でこれなら、クリスマスから新年は、もっとひどいはずだ。 そう思って、三十分行列に並び、E353はこれほどではないだろうと思って来たセルゲイの当ては外れた。 身動きさえとれない、この大渋滞。 (まあ、この大混雑も、ネタにはなるか) それでも、クリスマスの華やかな賑わいの店舗を数枚撮ったところで、セルゲイはあきらめた。まさか、ずっとこの調子ではないだろう。空く時期もあるはずだ。船内のニュースをチェックして、混んでいない時期にあらためて来ようと、セルゲイは決めた。 セルゲイは、頭一つ高い長身を生かして、西から中央区へ移動した。東の通路のまえを過ぎる人数は多いけれど、そっちへ入るひとがすくないのを見て、とにかくそちらへ行こうとした。 混雑で、足元をよく見ていなかったのが災いした。 「あっ! すみません!」 「うきゃっ!」 セルゲイは、小柄な女性にぶつかってしまい――その悲鳴が、どこかで聞いた声だな、と思って立ち止まった。 女性の、どこかマヌケな悲鳴は、ルナのそれに似ていた――だが、ルナではなかった。黒髪のボブヘアの、中年女性だ。尻もちをついていたので、セルゲイはあわてて助け起こした。 「す、すみません――思い切りぶつかってしまって」 「い、いえいえ、こちらこそ――地図ばっかり見ていたの。わたし――ごめんなさい」 やっと立ち上がって、顔を上げた女性は、セルゲイの顔を見て、目を見張った。 「――セルゲイ?」 セルゲイは、この女性と知り合いだっただろうかと、首をかしげた。だが、セルゲイの記憶の中に、この女性はいなかった。 「お知り合い――だったでしょうか?」 セルゲイは、一応尋ねてみた。 「え?」 女性はあまりにうろたえて、セルゲイを見ていた。 「たしかにわたしはセルゲイという名ですが――失礼、あなたのお名前は、」 「セルゲイ」 セルゲイは再び、見も知らないだれかに、名前を呼ばれた。今度は、中年男性だ。セルゲイとおなじくらいの背丈を持つ、体格のいい紳士だ。プラチナブロンドにメガネ――あまり表情を持たないだろう紳士の目は、やはり驚きと困惑で揺れていた。 「――あの?」 「あなた、セルゲイって仰るんですか? え? ほんとうに?」 女性がすがるような顔で尋ねるので、セルゲイは、 「そうです、わたしはセルゲイ・E・ウィルキンソンといいます」 と、きちんと自己紹介をした。 とたんに女性の目が潤みだし――両手で口を覆いつつ、後ずさった。 「まさか! セルゲイがこんなところにいるはずがないわ。だってあの子――」 紳士が、女性の肩を抱きしめた。セルゲイから、目をそらすことなく。 このふたりは夫婦だろうか。 「……失礼。驚かれたでしょう、すみません」 「あ、いいえ」 セルゲイは、立ち尽くした。べつに急ぎではないのでいいのだが、すぐには立ち去れない気配があった。 ふたりが、セルゲイから視線を外さないからだ。まるで亡霊でも見るように――しかし、怯えた表情ではなく、懐かしさと、慈しみをたたえた目で。 それはきっと、亡霊でもいいから出会いたかった者と、出会ったときの衝撃だ。 セルゲイの想像は、当たった。 「……すみません」 紳士は、我に返ったように、セルゲイから一度、目をそらした。 「あなたが、あまりに、息子に似ていたものですから」 彼は苦笑し、「行こう、リンファン」と妻の肩を押して急かした。 (リンファン?) セルゲイは、あまりの邂逅に、めまいを起こしそうだった。だが、口が勝手に、彼らを引き留めていた。 「し、失礼――あの――リンファンさんですか? ――もしかして、ルナちゃんの、お母さん?」 動揺して目に涙すらためていたリンファンとドローレスが、顔を見合わせた。 「え、ええ――わたし、リンファンです。こっちは夫のドローレス。ルナの親です。――あ、あなたは?」 そこへ、ツキヨが合流した。 「悪いねえ、ドローレスさん、リンファンさん、トイレもずいぶん混んでて」 ツキヨは、セルゲイと夫婦の間の、微妙な空気を感じ取った。 「どちらさんだい?」 ツキヨの問いに、セルゲイは、正体を明かすことにした。セルゲイも、彼らがだれなのか、すっかりわかったからだ。 「わたしは、セルゲイ・E・ウィルキンソンという者です。ルナちゃんと宇宙船で同居して――い、いえあの、誤解を招きかねないので言っておきますが、ルーム・シェアしてるんです。今日のことも伺っています。L77からはるばると、その――長旅、お疲れさまでした――」 セルゲイは、絶句している三人を見つめながら、宇宙船役員のような台詞で締めくくった。 |