地球行き宇宙船でも、クリスマスはたけなわだった。 セルゲイはマタドール・カフェで、慣れない食器洗いをくりかえし、グラスをひとつと皿を一枚割って、マスターに平謝りする羽目になった。 ようやく客が引けた深夜二時、三人は、しずかになった店内で、シャンパンと、デレクのまかないである湯気の立つ特製パエリアの鍋のふたをあけた。 バーガスがセルゲイに持たせてくれた、手作りのブッシュ・ド・ノエルもデザートに待ち構えている。 「へえーっ。今回は、ルナちゃんたちもE353か。セルゲイが手伝うなんていうから、何ごとかと思ったけど」 デレクが、パエリアを取りわけながら言った。 「じゃあ、ホーム・パーティーはなしか。さみしいね」 「バーガスさんたちといっしょに祝ってもよかったんだけど、たまには、彼らも家族だけで楽しんだらいいんじゃないかと思って」 「じゃあ、グレンは?」 「グレンは、ラガーのほう」 「ルシアンの警備員に、護身術の講師――あの子も、お坊ちゃまのくせに、よく働くねえ」 マスターが感心したように言った。グレンの「お坊ちゃま」あつかいに、ふたりは爆笑したのだった。 ずいぶん世慣れしたお坊ちゃまだ。 「そういや――ラガーのと言えば」 マスターが、言葉をにごしたが、デレクがしゃべってしまった。 「セルゲイたちのところには来た?」 「なにが?」 セルゲイは、パエリアをスプーンで口に押し込んだまま、首をかしげた。 デレクとマスターは顔を見合わせ、言いにくそうに告げた。 「もしオルティスが、セルゲイたちのところに、金の無心に行っても、ぜったいに貸さないでね」 「!?」 セルゲイは噎せかえった。 「か、金……?」 あのオルティスが金の無心? どうにもかみ合わなくて、セルゲイはあわててシャンパンを含んだ。 「いいかい? 船内役員と、船客とは、金の貸し借りはぜったいしちゃいけない」 マスターは真剣な顔で言った。 「どんな親しい間柄でもだ。それが発覚したら最後、オルティスは船内役員の資格を失うし、君も宇宙船を降ろされるからね」 「!!」 セルゲイは、ごくりとシャンパンを飲みくだした。 「ほんとうは、船客同士でも、船内役員同士でもダメ。小金でもダメなんだ。なんにしたって、ひとがもめる原因は、お金であることが多いから」 「……オルティスさんは、そんなに金に困っているんですか」 この宇宙船の役員をやっていて、そこまで金にこまるという事態が、セルゲイにはどうも想像できなかった。 オルティスは話によれば、ひとりで店を切り盛りしていて、昼も夜もあけている。それでほぼ年中無休。信じがたい体力だった。 働きっぱなしで、つかいどころがない。賭け事に興じているわけでもない、女、あるいは男に貢いでいるわけでもない、店が繁盛していないわけでもない――夜は、セルゲイが行く日はいつも混んでいるし、昼間はほとんど人がいないK34区で、昼間でも客がいる、稀有な店と言ってもいいだろう。 この宇宙船は、船内の事情によって、売り上げが見込めなくても存在する店はけっこうある。マスターの話によれば、特殊な状況下で、一定の売り上げを上げていない店――たとえばニックのコンビニとか――そういう店には、補助金が出ているが、オルティスの店は、個人事業ではあるが毎年黒字決算で、補助金が必要ない状況である。 それなのに、なぜ? 「オルティスが金に困っている理由は、長いつきあいの俺たちでも分からないんだ」 デレクも、パエリアをぱくりとやった。 「ほんとにたまに――来るんだ。二年に一回くらい。金貸してくれって」 「……」 年末の今頃。さいしょは、新年を越す金がないのはかわいそうだと思って、貸した。貸した金は、次の年にはすぐもどってきたが、不審を感じざるを得なかった。 オルティスが金に困る理由が、ふたりにもまったく思い当たらなかったからだ。 「でも今回は、どうも様子がおかしくて」 「おかしいって?」 「中央区の派遣役員の知り合いにも、声をかけてるらしい」 「ええ?」 このあいだマタドール・カフェに飲みに来た派遣役員が、そういってこぼした。オルティスが、片っ端から知り合いを捕まえては、金の無心をしている、と。 「だから、セルゲイたちのほうにも、行ってるんじゃないかって」 「いや――さすがに、わたしたちのほうには、」 「さすがに、船客には行ってないか」 マスターがほっとしたように肩をすくめた。 「よかった――この話がおおごとになって、上部にでも行けば、オルティスは、船内役員の資格がなくなるから」 「……」 「なにか訳があるんなら、相談に乗る気はあるんだけど、オルティスは、そのあたりのことをまったく話さないしね」 |