東の通路は、ほかの通路がすきまもないくらい、人、人、人でごったがえしているのが不思議なくらい、別空間だった。オフィスがたちならぶ通路なので、ひとが少ないのか。だから、人ごみを突き抜けてやってきたアズラエルたちを、待ち人はすぐその目で捉えることができた。

アマンダとエマルは、あんぐりと口を開けた。

「え? ちょ、ま、」

「ほんとに、うさこちゃんだ……」

アズラエルのうしろを必死でついてくる女の子は、まちがいなく、かつてロビンがメフラー商社に送ってきた写真の子である。

「兄貴マジ!? まだつきあってたの」

オリーヴも、世界がひっくり返ったような衝撃を受けていた。

 

「よう」

アズラエルはかるく手を挙げたが、彼の母親を含む一行は――だれしもが、とにかく、片っ端から指摘したい顔をしていたが、つっこみたい要素がありすぎると、ひとは言葉を失うらしい――アズラエルは、ルナのほかに子どもをひとり、肩車していた。ルナの存在だけではなく、アズラエルの肩に乗っかっている子どもも、由々しき事態だ。

子どもは、まるでアズラエルのミニチュアだった。

ついに、母親たちから声を上げた。

「こっちがアンタの隠し子かい!?」

「あんた、なんでそんな立派な格好を、」

アマンダが絶叫し、エマルも尋ねた。

アズラエルそっくりの、よそ行きの服を着せた子どもを担ぎ、自分もスーツ姿。不審を感じたのは彼女たちだけではない。

だがアズラエルは、ふたりの質問には答えなかった。

 

「理由があってな。とにかく、先に話す。――相手がここに着いちまう」

アズラエルは慌ただしく言った。低速ウサギのルナは、やっと追いついた。ぜいぜい息を切らすルナを、オリーヴは、口をあんぐりと開けて覗き込んだ。

ついにルナは、アズラエルの家族と、メフラー商社の面々と、ご対面した。

 

「あ、あの、ルナ・D・バーントシェントと言います! こんにちは! 今日はお日柄もよく――」

「ルゥ。あいさつはあとだ。おまえの親が来ちまうだろ」

「う、うん!」

「おまえの親? なんだって? うさちゃんの親も来るのかい?」

 

エマルが焦って聞いたが、アズラエルがさえぎった。

「その質問には、あとでこたえる――つうか、だから、時間がねえ」

アズラエルは、自分の親やメフラー商社の面々への説明のために、ルナの両親との待ち合わせ時間をずらしていたのだが、予想外のひとごみと、待ち合わせ場所の移動のために、時間がなくなりかけていた。

 

「いまここに、ドローレスさんと、リンファンさんと、ツキヨばーちゃんが来る」

「!?」

 

アズラエルの言葉に、全員が、瞬間冷凍したように固まった。メフラー親父の口から、パイプがぽろりと落ちた。

「――いま、なんつった」

ルナの姿にも、ピエトにも、めっぽう驚いていたが、口には出さなかったメフラー親父が、ついにこぼした。

「説明の時間がなくなっちまったが、――つまりだな、ルナの親が、ドローレスさんとリンファンさんなんだよ! それから、ツキヨばーちゃんは、L77で、ルナの近所に暮らしていた」

エマルが、腰を抜かした。オリーヴがあわてるほど、エマルの動揺はひどかった。エマルの尻の下敷きになったトランクは、ガッシャンと音を立てて、真横に倒れた。

 

「ツキヨさんが! い、いるのか、来てるのか、ここに!」

「ドローレスが!? おい――生きてたのか!」

「リンが、リンちゃんが生きてんのかい、そりゃ、ほんとに!?」

アダムとデビッド、アマンダが叫びながら同時にアズラエルにつかみかかったので、さすがのアズラエルも尻もちをついた。

 

「だから見ろ! ルナを! 似てんだろ、リンファンさんに!」

みんなが、たちどころにルナを凝視したので、ルナはしゃきーん! と姿勢を正した。

「……ほんとうだ。リンちゃんそっくりだ」

「髪の色なんか、ドローレスといっしょじゃねえか!」

「生まれたんだなあ……無事に、あのときの子が……」

アズラエルを押しつぶした連中が、今度はルナへとなだれ込み、ルナはもみくちゃにされた。

 

「お、お待ちよ――お待ち。母ちゃんが、ここに来てるっていうのかい? リンと、ドローレスも――」

やっと立ち上がったエマルは、自分でそう言いながら、そのことに動揺して、またへたりとしゃがみこんだ。

「か、母ちゃん!」

滅多に見ない母親の動揺した姿に、オリーヴも絶句だ。

 

「だから、俺は言ったじゃねえかよう……」

メフラー親父が、ぼろぼろ涙をこぼしていた。

「この子は、リンとドローレスの子だってよう」

メフラー親父は、送られてきたルナの写真を見たとたんに、リンファンとドローレスの子だと見破った。まわりは、親父がボケたのではないかと危ぶんでいたが、そうではなかった。

メフラー親父の言葉は、当たっていたのだ。

 

 「おい――ほんとか」

 「あんた――いや、ルナちゃんと言ったかい? あんたはほんとに、リンとドローレスの――」

 エマルが、這いずるようにしてルナに近づき、ルナの肩をがっしりとつかんで、聞いた。エマルの表情は、今にも泣きそうだった。

 「そ、そうです。あたしのママはリンファンで、パパはドローレス。ママはお弁当屋さんに勤めていて、ケーキが大好きなのです。パパは、デパートの、ファッション売り場の部長でした」

 エマルは、いちいちうなずきながら聞いた。

 「あたし、ツキヨおばあちゃんの本屋さんで働いていたんです。ちいさいころから、おばーちゃんとは仲良しだったの。カエデ書店ってゆって――」

 エマルが口を覆って泣き出したので、アダムが背をさすった。

驚愕の事実にだれもがおどろき、うろたえ、アズラエルとルナばかりを見ていた。だから、あたらしい登場人物の存在に、なかなか気づかなかったのだ。

 

回廊の入り口――とおくからでも、すぐに娘の姿を見つけたツキヨは、それこそ、すぐに、自分の足で走っていきたい衝動に駆られていた。だが、ずいぶんな人ごみに疲れ果てていたツキヨは、走ることができなかった。

セルゲイは、背こそ高いが、枯れ枝のようなツキヨを背負い、声に突き動かされるようにして、待ち合わせ場所まで走った。

 

「――あんた、エマルかい」

 



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