「母ちゃん、」

ルナたちは、なぜセルゲイが、ツキヨを背負っているのかさっぱりわからなかったが、エマルはひと目で、セルゲイの背に背負われているのが、だれなのか分かった。

「エマル、おまえ、エマルかい」

セルゲイの背から降りたツキヨが、ふらふらとエマルの肩にすがるのを、みんなは見た。

 

「母ちゃん――?」

「なんで? なんでだい、エマル――どうしてこんなところにいるの?」

ツキヨもエマルも、しばらくは互いの存在があるのを信じられない顔をしていた。

 

「エマル――ほんとだね? エマルだね?」

「母ちゃん! 母ちゃん、ごめんなさい……!」

「良かった、よかったよ会えて――無事で、よかった」

膝をつき、支えあいながら泣きじゃくる親子の再会に、ルナもぼろぼろと涙を流し始めた――すこし遅れて到着したルナの両親は、愕然とたたずんでいた。

ルナのほうに気づくことができないほど――ふたりは、見知った面々の姿を見て、声もないほどにおどろき、卒倒しかけていた。

もう二度と会えないと思っていた人たち――あきらめた歳月と、あまりに突拍子もない邂逅に、だれもが、すぐには動けなかった。

だが。

 

「ドロォレスウ……」

メフラー親父の喉からこぼれた名に、皆がこみ上げるものがあった。メフラー親父が、ふらふらと立ち上がり、ドローレスに近づいた。まるで幻でも見ているように。本物かどうか、触れるのを怖がっているように。

メフラー親父の手の中でくしゃくしゃになったハンチング帽が、彼の込み上げる想いを表していた。

 

「ふぐっ……」

ベックが、くしゃみで涙をごまかした。ボリスも、背を向けてタバコに火をつけた。

「こりゃァ――反則だぜ、アズ坊」

存在を忘れられているふたりも、見られないように鼻を啜った。

 

「親父さん……!」

ドローレスとリンファンは駆け寄った。

メフラー親父は言葉もなく嗚咽し、ふたりを抱きしめた。それが合図だった。

 

「リン……リンちゃん!」

アマンダがリンファンの背中に飛びついてきて、デビッドが、ドローレスの背を叩いて、堪えきれないように目を覆った。

ツキヨと再会を十二分になつかしんだエマルが、今度はリンファンと抱き合い――アダムが、目を潤ませたまま、ドローレスの肩をがっしりとつかんで――言葉を持たない再会は、ひどくしめやかに、時間を見送った。

 

――だれもが、しばらく動こうとしなかった。

 

この東の通路は、たったいまは、彼らのためだけに存在していた。中央通路の人ごみから切り離された空間は、喜びのすすり泣きで満ちた。

 

やがて、アダムが、のっそりとおおきな身体を持ち上げて、言った。

「立ち話もなんだ――移動しようや」

だれも反対はしない。当然だったが、思いもかけない邂逅を、これで終いにするつもりは、だれにもない。

積もり積もった話は、場所を移動してすることにした。アダムは、妻とツキヨをやさしく助け起こしながら息子に尋ねた。

「アズ、おめえ、予約しといてくれたんだろ。宿はどこだ」

「先に宿に行くか。レストランも予約しといたんだが」

ルナとピエトが、滂沱の涙で顔じゅうぐっしょぐしょにしていたので、アズラエルは自分のささやかな涙をだれにも突っ込まれずに済んだ。

 

「ドローレス、おまえさん、宿はどうしてる」

「来た日から、同じホテルに泊まっている――キャンセルしてこよう」

ドローレスは、アダムたちと同じホテルに宿泊する気持ちでいた。尽きぬ話は、レストランで食事をした程度では、時間が足りない。

セルゲイは、いつのまにかいなくなっていた。リンファンは、しきりにセルゲイの姿を捜していたが、いないと分かると、残念そうな顔であきらめた。

(やっぱりセルゲイは、お兄ちゃんに似てるんだ……)

ルナはやはり、まだ兄のことは聞けなかった。

 

 

E353は、最後のアミューズメント観光惑星である。リリザとマルカを合体させたような人口エリア星――つまり、陸地と、水中のアミューズメント施設が両方ある惑星だった。

アズラエルの案内に従って、みなは駅の複合施設から出て、貸し切りのバスに乗って、先にドローレスたちの宿泊先のホテルに向かった。彼らがホテルをチェックアウトし、荷物を運びこむのを待って、海辺の宿泊施設に向かってバスは出発した。

大人数が乗れるバスである。ながれゆく街並みを見ながら、デビッドがめずらしく不機嫌そうに言った。

 

「最初から、おまえの手の内ってわけか。気に食わねえなァ、アズ坊」

アズラエルは言いわけをした。

「こっちもいろいろあったんだ。説明が足らなかったことは詫びる。だが、ドローレスさんたちまでE353に来ているなんて、ほんの二、三日前まで、俺もルゥも、知らなかったんだ」

「ルゥ」

兄貴が三ヶ月以上女と続いていることを信じられないオリーヴが、呆れ声で反復し、アズラエルのゲンコツを食らった。

「イデエ!」

「俺もまあ――話すことを、ためらってた部分もあった。だから、連絡が遅れたというか――」

「そりゃァ、そうだな」

ドローレスに、ルナをくれと、真正面から言うのは勇気がいるだろう。

メフラー親父の隣で、おだやかな表情を見せるドローレスを見、そちらをチラチラと見つつ、なんとなく、冷や汗をかいているアズラエルを見て、デビッドは、小僧の手のひらで泳がされた溜飲を下げた。

ドローレスとアダムはふたりとも体長の関係で、隣同士には座れなかった。アダムひとりで、二人分の座席がいる。ドローレスとデビッドも1.5人分――デビッドは、通路を挟んで、アズラエルと隣同士だ。

 

「――で、うさちゃんじゃなくて、あのガキがおまえの隠し子か」

一番後ろの席で、ルナとツキヨに挟まれて、おとなしく座っているピエトを見て、デビッドは言った。

「隠した覚えはねえ。あいつは俺の息子だ。ラグバダ族のみなしごだったがな」

「え!?」

アズラエルの隣のオリーヴと、デビッドの隣のアマンダが、アズラエルのほうを向いた。

「兄貴が生んだ子どもじゃないんだ!?」

「俺が生めるか!!」

「待ちなよ、じゃあ――養子にしたってわけ!?」

「は? ラグバダ族? マジ? 正気なの兄貴。母ちゃんたち知ってんの」

オリーヴが、ポテトチップスを口から飛ばしながら小声で叫んだ。

「きたねえ! 知らねえよ、文句あるか!」

「――アズ坊、アンタ、どうしちまったの」

アマンダが、見たこともない化け物を見るかのような目つきで言ったので、アズラエルは鼻を鳴らして怒りを収めた。

 

 



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