「ふひっ♪ ふひ!」 ルナが奇声をあげて、コテージの中を走りまわる。 部屋は開放的でひろかった。ガラス戸越しに、海に向かって広く取られたテラスには、テーブルと籐椅子。リラックス・チェア。海に降りられる階段もついていて、浴室は、ガラス越しに海が見える。 「むきゃー!!」 ルナは、くるぶしまで浸かるくらいのエメラルドの海で、ぱちゃぱちゃと水を跳ねてはしゃぎまわった。 「ルナったら、アズ君と付き合って、すこしはおとなになったかと思ったら、ぜんぜんそうじゃないのねっ!」 リンファンが、呆れ声でたしなめた。 「いいだろう、ルナだって、こんなところは初めてなんだ」 「うんっ!」 「あなた! ルナを甘やかさない!」 リンファンが腰に手を当てて仁王立ちをしたが、すぐに機嫌はもどった。いつまでも、不機嫌ではいられないような景色だった。リンファンも、テラスへと躍り出て、夕日に染まる水面を、見つめた。 「ほんとに素敵……」 玄関に来ていたルナもてててててっと走ってもどり、リンファンの隣から、海を眺める。 ドローレスも、ふたりを抱きかかえるようにして、夕陽のしずむ水平線を見つめた。 「まるで――別世界ね」 三人は、しばらく無言で、夕日の沈む方向をながめた。 「父さんは今夜、親父さんといっしょにいようと思う。明日は、家族で過ごそう」 ドローレスはそう、ルナに言った。 「ルナもたくさん、話したいことがあると思う。だが、――」 「う、うん、いいの! だいじょうぶ!」 ルナは慌てて言った。 「あたしも、パパたちが来るなんて、ほんと、思わなかった。びっくりしたんだよ。だから、ゆっくりでいいと思う」 「地球行き宇宙船がE353を発つのは、年明け10日以降だって聞いたから、それまではいっしょにいられるのかしらね」 リンファンは、微笑んだ。 「パパたち、お金だいじょうぶ? ここに来るだけでもいっぱいかかったでしょ?」 ルナは不安に思って聞いた。 「お仕事は?」 「ママはお弁当屋さんやめたの。パパは――長期休暇をもらったわ」 「……!」 だいたい予想していたことだったが、ルナは焦った。 「長期休暇って――こんなに長いおやすみとって、クビになったりしない?」 「そのときは、そのときだ」 ドローレスの顔は涼しかった。ルナは、父親の動揺した顔を見たことがない。 「お弁当屋さんも長かったなあ……L77にきて、ルナが小学校に入ったころから、ずっとあそこに勤めてたもんね。メフラー商社より、長く勤めたかもしれない」 リンファンは、なつかしげに目を細めた。ルナは、母親の口からメフラー商社の名が出たことに、不思議な感覚を覚えた――ツキヨおばあちゃんの口から、第三次バブロスカ革命のことを聞いたときと同様。 「ママとパパは、ほんとに――」 メフラー商社の傭兵だったんだ。 ルナは、その先が言葉にならなかったが、両親は、分かっているように、言葉をつなげた。 「……パパも、おまえに内緒にしていたことがある」 ドローレスは、水平線を見つめながら言った。 「アズラエルと出会った以上、話しておかなければならないことも、ある」 「もしかして――お兄ちゃんのこと?」 ドローレスとリンファンは、目を見開いた。 「ごめんね。あたし、お兄ちゃんのこと、知っちゃったの……」 ルナはおずおずと言ったが、両親は、乱れなかった。むかし、急に泣きだした母でさえ、しずかに水面を眺めていた。 「お兄ちゃんは、セルゲイって名前なんだよね?」 両親は、声をそろえて、「そうよ」「そうだ」と言った。 「アズから、聞いたの」 「そっか……」 ウミツバメの鳴き声がする。会話は、いったん止んだ。 「ツキヨさんから聞いたわ。ルナは、アズ君と知り合って、いろいろ知ったんだって。でも、」 リンファンは、ひといきついて、ルナに微笑んだ。 「ママたちは、それをとがめに来たわけじゃないのよ?」 ルナが、ドローレスのほうを見ると、彼もちいさく笑んで、うなずいた。ルナはうつむき――ふたたび、水平線に目をやった。 「さっき、セルゲイが、ツキヨおばーちゃんをおんぶしてたのは、なんで?」 ルナはやっと、そのことを聞けた。セルゲイの名前を出すと、兄の話題に触れることになるかもしれないから、避けていたのだ。 「ショッピングモールの通路で、偶然会ったんだ。リンが、彼にぶつかって、」 「ね、ルナ」 リンファンは、どこか必死な顔で、ルナを見つめた。 「彼――セルゲイさんは、」 「ママ、ゆっとくけど、セルゲイは、お兄ちゃんじゃないよ」 ルナははっきりと言った。セルゲイのためにもだ。リンファンは、目を見開いて、すこし残念そうな顔をした。 「あたしもたしかめたの。ほんとうはセルゲイ、あたしのお兄ちゃんじゃないかって。でも、ちがった。セルゲイはむかし、L7系かどっかで、おじいちゃんとおばあちゃんと暮らしてて、それから――いろいろあって、軍事惑星のエルドリウスさん? の養子になったの」 「ええっ!?」 「ほんとうか」 ふたりとも、驚いてルナを見た。 「エルドリウスさんって――あの、ウィルキンソン家の」 「あたしも出会ったときは、そんなこと知らなかったんだ。L5系で、お医者さんをしてるって聞いたから――でも、そうだった」 「たしかに、ウィルキンソンと名乗っていたな……」 ドローレスが、思い出したようにつぶやいた。 「ルナに聞きたいことが、いっぱいあるわ」 リンファンはためいきをつき、海を眺めながら頬杖をついた。 「もう、あんまりびっくりしすぎて、頭が混乱しそう」 ルナとアズラエルに会うために、仕事を辞めてE353まで来て、まさかアダムやエマル、メフラー商社の面々と再会できるなんて、だれも予想などしていなかった。 ツキヨも、エマルと何年ぶりに再会できたのだろう。 (うさこ。あたしもまだ、びっくりしすぎて、現実味がわかないよ) ルナは、荷物と一緒に持ってきた、ZOOカードの箱を見つめた。 「家族の話は明日だな――それより、予約の時間だ」 ドローレスは腕時計で時間を確認した。 「時間だよ!」 「ホテルのほうで食事だって。リン! ドローレス! ルナちゃん、行こう!」 桟橋を渡って、ルナたちの部屋の前まで来ていたエマルとアマンダが、外で叫んでいた。 「今行くわ!」 リンファンがうきうきとした顔をかくさず、バッグを持って駆け出した。 「あんなに楽しそうなママ、はじめてかも」 ルナは言った。リンファンは、まるで学生時代にもどったようにはしゃいでいた。 「うきゃっ!」 慌てすぎて桟橋で転げたリンファンを、「あんた、変わってないねえ」と笑うエマルとアマンダの声が聞こえた。 |