ホテルでの食事は、まるで宴会だった。レストランではなく、海が見える大部屋を貸しきってのパーティーに急きょ変更されたので、大層な騒ぎになったが、ほかの客の迷惑になることはなかった。

 彼らは再会を祝し、食べ、飲み、笑い、マイクはなかったが、歌うものまでいた。

 長旅と、再会の衝撃でだいぶくたびれていたツキヨも、「海を見たらすっかり元気が出た」と言い、ずいぶん長く、食事の席にいた。ピエトも、今夜は九時をすぎても目こぼしされていた。

 とにかくアズラエルが、幹事らしき立場で、てんてこまいしていたので、ルナは十時ちかくには、ツキヨおばあちゃんとピエトを連れて、宴会場を出ようとした。

 「待って、ルナ。ママも行く」

 リンファンがついてきた。

 「エマルとアマンダとは、まだお話しする日にちはあるから。いいの」

 四人は、盛り上がったりしんみりしたり、急に笑い出したり泣き出したりと、浮き沈みの激しい宴会場をこっそりあとにした。

 

 「ピエトちゃんって言ったかな?」

 リンファンの声に、ピエトがびくりと肩を揺らした。――拒絶を恐れている態度だった。

 「ルナの、ママです」

 リンファンは、ピエトの様子をまったく見ていないふりをして、微笑んだ。

 「つまり、ピエトちゃんのおばあちゃんかな?」

 「あたしは、ひいばあちゃんってことだね」

 ツキヨも、ピエトとつないだ手を揺らしながら言った。

 

 「ふえっ……!」

 いきなり、ルナのほうがしゃくりあげ始めたので、ピエトはびっくりした。

 「ふべっ……ふひゃっ……びええええええ」

 「ルナ」

 貸し切りのコテージの桟橋で、謎の奇声を上げて泣き始めたルナに、ツキヨもリンファンも、ピエトまで慌てたのだった。

 

 部屋にもどったころには、ルナは落ち着いていた。ティッシュボックスを独占して鼻をかみながら、

 「ピエトはあたしの子どもなの」

 とついに言った。ピエトを抱きしめつつ。

 リンファンもツキヨも、もはやなにも言わなかった。

 「おどろいたはおどろいたけど、もう、おどろきすぎて、いろんなことがどうでもよくなってきたわ、ママ」

 リンファンは、両手を広げた。

 「ルナとアズはまだ結婚していないんだから、一応、ピエトはアズの子だろう?」

 ツキヨが言い、ルナはうなずいた。

 「うん。最初はね、タケルさんはダメってゆったの。あたしももっともだと思ったけど、でも、一緒に暮らしてるうちに、アズが……」

 ルナはおいおいと泣きながら、ピエトを撫で繰り回したので、ピエトはもみくちゃになった。

 「アズ君そっくりなんだもの。アズ君が生んだのかと思ったわ」

 「ママ、あじゅは産めないと思う」

 「さっきアズから聞いて、あたしもびっくりしたよ。この子はラグバダ族で、アズがだれかに産ませた子じゃないんだね」

 「お――俺は、エルトから来たんだ」

 ずっとおとなしかったピエトは、やっと、自分の口で自己紹介をした。

 

 ピエトとルナは、出会った日のことを、ふたりに話した。

 K19区にアズラエルと海を見に行った日――ピエトと出会ったこと。ピエトがアバド病だったこと。ピエトは、アバド病で、両親と弟のピピをうしない、天涯孤独になったこと。

アズラエルは、最初、ピエトと一緒に暮らしたいと言ったルナに、大反対したこと。ピエトの担当役員であるタケルも反対したが、日が経つにつれ、アズラエルの養子となることを了承してくれたこと。

みんなで暮らすうち、ピエトのアバド病はすっかり、治ったこと。

 

 「あたしは、地球に行って、K19区の役員になるの」

 「アズラエルもなんだ。傭兵をやめて、ルナと結婚するために、地球行き宇宙船の役員になるって」

 ピエトは言い、うつむいた。

 「俺は、将来は傭兵になりたいって思ってたけど――今はわかんねえ。でも、ルナとアズラエルは、ずっといっしょにいようって、言ってくれた」

 

 ピエトの目に、たっぷりと涙が浮いているのを見て、ツキヨとリンファンは、顔を見合わせた。

 「そうかい、そうかい。ルナもアズも、役員さんになるのかい」

 「試験はむずかしそうね。資格とか、いるのかしら」

 リンファンも、ピエトの頭を撫でながら、言った。

 「ルナ。K19区の役員さんっていうのは、大変だよ?」

 ツキヨが、ルナの手をにぎってそう言った。

 「だけどあんたが自分で選んだ道なら、ばあちゃんは、応援するよ」

 「ママもよ」

 リンファンは、ピエトに向かって両腕を広げた。

 「おばあちゃんにも、抱っこさせてちょうだい」

 

 

 そのころ、宴会場はだいぶしずかになっていた。ドローレスが眠ってしまったメフラー親父を背負ってコテージに連れて行き、ベックとボリスが、つぶれたアマンダとオリーヴをかついでコテージのベッドに放り投げ、アダムがエマルを運搬した。めずらしくつぶれたデビッドは、アダムが二往復して運搬――アズラエルが、余分に追加した酒や食事の支払い手続きを済ませて出てくると、ホテルの外でドローレスとアダムが待っていた。

 すっかり日付変更線をまたいで深夜、三人は、なにを話すこともなく、波の音を聞きながら、海岸に突っ立っていた。

 

 「アズラエル」

 長い沈黙のあと、ドローレスが、ぽつりと言った。

 「は……はい」

 妙にちいさくなっている息子に、アダムがプーッと吹き出し、「親父! そこは笑うところじゃねえ」と威嚇されたが、その声にもまるで迫力がなかった。

 

 「わたしは、おまえとルナの仲を反対しに来たわけじゃない」

 ドローレスの声は静謐だった。そのせいで、迫力が増している気が、アズラエルにはした。

 「だが、ルナを――軍事惑星に連れて行くことだけは、認められない」

 アダムも、その大柄な体を丸めるようにしゃがみこんで、水平線を見つめていた。

 アズラエルは、ドローレスのほうを見て、言った。

 「俺は、傭兵をやめます」

 アダムが、驚いて息子を見た。ドローレスは、あいかわらず静かなままだった。

 「おまえのことは、さっきデビッドたちから聞いた。おまえは手練れの傭兵だ。傭兵の仕事にやりがいを感じて生きて来たんだろう。そのおまえが、別の仕事について生きていくことができるのか?」

 「……ドローレスさんも、それができました」

 アズラエルは言った。

 「わたしの場合は――そうしなければならない状況だったからだ」

 

 ドローレスの口調は終始しずかだったが、そこには、悔しさも混じっている気が、アズラエルにはした。アダムもそう感じた。

 ドローレスはおそらく、傭兵をやめたくは、なかった。

 けれどもリンファンと、生まれくる娘を守るために、傭兵をやめる道を選んだ。

 アダムたちは、軍事惑星を離れても、傭兵をやめなかった。けれども、ドローレスはおそらく、リンファンとルナを連れては、アダムたちのような生活はできなかった。

 それに、息子を亡くした妻を癒すことも必要だったし、ひとり娘には、軍事惑星とはかかわりなく、生きていってほしかった。

 その結果、えらんだのが、傭兵をやめるという選択だった。

 

 「俺は、地球行き宇宙船の役員になろうと思ってます」

 その返答は予想外だったのか、ドローレスも目を見開いた。

 「ルナも、役員になりたいと考えている。――俺も、そうしたいと思っています。だから、」

 ルナを、俺に下さい。

 アズラエルはなぜか、その先が言えなかった。

 話の流れで、それが来るものと思っていた、ドローレスとアダムが、不思議そうな顔でアズラエルを見たが、やはりアズラエルの口から、続きが出てこない。

 ドローレスもアダムも、しばらく待った。だが、アズラエルの口から、「ルナをください」のひとことは、出てこなかった。

 「もう明け方になる。今日は休もう」

 長い沈黙のあと、アダムがそう言った。

 

 



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