次の日は、だれもコテージから出なかった――といえば話が早いのだが、皆が皆、いまままでの空白の時間を埋めるように、静かに過ごした。

 メフラー親父のコテージに、自然と皆が集まった。

 ドローレスは、ピエトを膝に乗せたまま、三十分くらい微動だにしなかった。

 無言の「冷蔵庫」に睨み据えられ――ドローレスはにらんでいたつもりはないのだが――ピエトが泣き出しかけたころ、

 「ほんとうに、アズラエルの隠し子じゃないのか……」

 と、ぼそりと言った。

 「違います」

 アズラエルは、そこのところはしっかり否定しておいた。そんな失敗は、した覚えがない。

 皆は、ピエトがラグバダ族の子、というのはどうでもいいようだった。とにかく、だれもが、口を開けば「アズラエルの隠し子じゃないのか」と問うので、アズラエルは閉口した。ルナが最終的に、「あたしが生んだ」と混乱しきった顔で言いだしたので、もうそのネタでアズラエルをからかうことは、やめた。

 

 しずかでなごやかな時間をたっぷり過ごした翌日、コテージで朝食を終えたころ、ヘリコプターが海岸に着陸したのをルナは見て――ぽっかりと口を開けた。

 ドローレスが、窓の外をながめて言った。

 「そういえば、アダムたちは、任務でこちらに来ていたんだったな」

 「詳しい話は聞けなかったけど、けっこうおおきな任務らしいわよ」

 「パパとママも、おっきな任務とか、したの?」

 ルナは、声を低めて聞いたが、ドローレスは苦笑いし、リンファンは、自慢げに言った。

 「ママは、みそっかすだったからね。メフラー商社では事務職だったわ。パパは、一番上のランクの傭兵だから、大口の任務にはかならず入ったわよ」

 「ママはみそっかす……」

 予想はしていたが、あきらかになった真実に、ルナが重々しくうなずくと、

 「悪かったわね!」

 リンファンはふて腐れた。

 

 「あれ?」

 ルナは、ヘリコプターのほうから桟橋を渡ってくるのが、ヴィアンカだということに気付いて、窓から身を乗り出した。

 「ヴィアンカさん!」

 「おーっ! ルナちゃん、メリークリスマス!」

 ヴィアンカは、相変わらず元気に両手を挙げて振り、ドアがあけ放たれた玄関で、いちおうノックした。

 

 「こんにちは。ただいま、カザマの代理でルナさんの担当役員をやっていますヴィアンカ・L・ヴァレンチーナです。はじめまして」

 ヴィアンカは軽く会釈をし、部屋に招いたリンファンと、ドローレスと、ツキヨ――と交代で握手をした。

 「よっ! ピエト、メリークリスマス!」

 「メリークリスマス!」

 ヴィアンカは、ピエトの頭をがしがしとやり、ひととおりのあいさつを済ませた。

 「そういえば、クリスマスだったのよね。忘れていたわ」

 リンファンが、思い出したように言った。

 「そうなんです。今日はクリスマスなんですよ」

 ヴィアンカは、にっこり笑って、

「じつは、ルナさんのご両親と、ツキヨさんに、クリスマスプレゼントが」

 と外出を促した。

 「ご一緒頂けますか?」

 

 

 

 「エマルと会えたことが、一番のクリスマスプレゼントだっていうのに、これ以上はいらないよ」

 ツキヨは、戦々恐々としながら、ピエトとルナの手をしっかり握って、あとをついてきた。ドローレスもリンファンも、同じ気持ちだった。アダムたちや、メフラー商社の面々と再会できたことがこれ以上ない贈り物だ。これ以上は、贅沢というものだ。

 ルナは、さっぱりクリスマスプレゼントの内容は見当がつかなかったが、ぴょこたんぴょこたんと、いつものうさぎウォークで、ホテルへ向かった。

 昨夜の宴会場とは違う、海が見渡せる最上階のスイート・ルーム。

 そこには、アズラエルほか、メフラー商社とアダム・ファミリーの面々が顔をそろえていた。そして、ルナが見たことのないスーツ姿の中年男性がふたり、若い男性がひとり、――そして。

 

 「ペリドットさん……」

 ペリドットは、めずらしくスーツ姿だった。ペリドットがスーツを持っていたということにも驚いたルナだった。いつもは汚れっぱなしの民族衣装なのに。彼はかるくルナにウィンクして、知らぬふりでソファにふんぞり返っていた。

 ペリドットがいるということは、なにかあるぞ。

 ルナは疑わし気に目を座らせた。

 任務の打ち合わせの席に、ルナたちまで来たのが不思議で、アダムたちは「どうした」と不思議な顔で不意の来訪者を見た。

 

 「こちら、今期の地球行き宇宙船の艦長と副艦長二名です」

 「どうも」

 「よろしく」

 ルナが見知らぬ男性は、ヴィアンカの紹介で一人ずつ立ち、名乗り、ルナやドローレスたちと握手を交わした。

 

 「では、ルナさんからの、クリスマスプレゼントを」

 「あたし!?」

 ルナは、クリスマスプレゼントをまだ用意していなかった。けれどもヴィアンカは、綺麗に包装された、細長い箱をみっつ、恭しく持ってきた。

 なぜ、任務の話し合いの途中にクリスマスプレゼント? 

ルナ自身も、クリスマスプレゼントなど用意した覚えはない。突然の幕間に、みんながみんな、クエスチョンマークを頭上に掲げている最中、ヴィアンカは小箱をひとつずつ、渡していった。

 

 「アダム・E・ベッカーさま」

 「……」

 アダムは、不思議そうな顔で、プレゼントを受け取った。周りが一斉に、アダムの手元をのぞきこんだ。

 「こちらは、ドローレス様とリンファン様、おふたりに」

 「えっ……?」

 リンファンは、戸惑いがちに受け取った。リボンがかけられた、縦長の薄い箱の紙包みを。

 「こちらは、ツキヨさまに」

 「あ、あたしかい?」

 ツキヨも恐る恐る、受け取った。

 

 三人に行きわたったところで、ヴィアンカは言った。

 「ご開封ください」

 三人は――ツキヨとアダム、そしてリンファンは、ルナのほうと包みを、交互に見ながら、包装紙をやぶいた。

 そして――出てきた紙切れを見て、ツキヨは腰を抜かし、リンファンは、とっさにこれがなにかわからずに、メガネをさがし――アダムが、それが何かわかっておどろくより先に、のぞきこんでいたオリーヴが「ウソ!? マジで!?」と叫んだ。

 

 「地球行き宇宙船のチケット!?」

 とついに、ベックが叫んだ。

 

 「ルナさんからの、クリスマスプレゼントになります」

 ヴィアンカは、くりかえした。

 「ルナ、あんた――!」

 「ちょっ……どういうことなの、これ」

 ツキヨとリンファンに詰め寄られたルナは、起こったことが理解できずに、うさぎ面で硬直していた。

 そして――はっと気付いた。

 

 「ペリロッロひゃん!?」

 噛んだ。――あまりのことに。

 



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