苦笑したペリドットが手招いている。ルナは猛然とペリドットのそばへ行き、なにかわめきたてようとしたのを制され、耳打ち――その瞬間、ぴーん! とうさ耳が立ち、何度もこくこくとうなずいた。

 「なんだい? あの偉い人と、ルナちゃんは知り合いかい」

 エマルがアズラエルに耳打ちしたが、アズラエルは「ああ」と短く返しただけだった。

 「ルゥ」

 いったいどういうことだ、とアズラエルもペリドットのそばに行ったが、ルナは言った。

 

 「アズ、“バラ色の蝶々”です」

 「……!」

 アズラエルも思い出した。

 ZOOカードから、ジャータカの子ウサギと、導きの子ウサギが歌いながら現れたときのことを。

 

 “三枚のチケット。だいじなチケット。一枚は、「傭兵のおおきなクマ」に。”

 “一枚は、「誇り高き母ライオン」と、「お茶目なペンギン」さんに。”

 “最後の一枚は、「月夜のウサギ」と「バラ色の蝶々」に。”

 

 あのとき二匹が言ったチケットとは、地球行き宇宙船の乗船チケットのことだったのだ。

 

 「傭兵の大きなくまは、アズのパパのアダムさん……ほかは、」

 

 “忘れないで、忘れないで。チケットをだれにもあげちゃダメ。たいせつなチケット。たいせつな五人のためにあるの。三人が乗ってもどうかひと席あけておいて”

 

 ルナの脳裏に、あのときの歌が、一言一句間違えずにひらめいた。

 「乗るのは――」

 「ルナちゃん」

 「うきょっ!?」

 いきなりめのまえに、アダムがぬんっと突っ立っていたので、ルナは絶叫した。

 「おい、親父! びっくりさせるな!」

 「す、すまん」

 アズラエルもびっくりしたらしい。アダムは、焦ったような、緊迫した顔で、チケットとルナを見比べ、ごくりと喉を鳴らした。

 「これは、ほんとに、ルナちゃんが……」

 

 「そうだ」

 ペリドットが答えた。

 「彼女が、宇宙船株主に、価値ある絵画が届くように手配した――その報酬によって購入したものだ。やましい金ではない」

 ルナは、でどころがわかって口をO型にしたが、ペリドットはどこ吹く風だ。

 

 「……」

 アダムは、より深刻な目でチケットをながめ――いきなり土下座した。

 「う、おい、親父!?」

 「ルナちゃん! ありがとう!」

 アダムは、絞るような声で叫んだ。ルナは慌てて、アダムに立ってもらうように自分もしゃがんで、支えたが、

 「この地球行き宇宙船のチケットは、名前が書いてねえ」

 ルナが、アダムに突き出されたチケットをよく見ると、たしかに名前が書かれていなかった。

 「俺ァ、ここに来るまで、地球行き宇宙船のことは、すこし調べてきた。地球行き宇宙船のチケットってなァ、名前を書くまえは、他人に譲渡できるんだよな!?」

 

 「そうです」

 うなずいたのは、艦長だった。

 「こりゃ、今期のチケットだが、来期のチケットに振り替えるわけにゃァ……」

 「可能ですよ」

 若い副艦長のほうが説明した。

 「今期から来期への振り替えは、無料でできます。ですが、乗船する方本人が、来期の宇宙船が出発するまえに、振替の手続きを行わなければなりません。ナンバーの変更も必要ですから」

 「わ、わかった」

 アダムは何度もうなずき、今度はルナに向かった。

 「ルナちゃん、これは、あんたが俺にくれたものだが、俺が、こいつをだれかにやってもかまわねえだろうか……?」

 「えっ?」

 「俺ァ、こいつで、たすけたい人がいる」

 「あんた……!」

 気づいたのは、エマルだった。

 

 「エマル、エマル、すまねえ……せっかくツキヨさんも宇宙船に乗るんだ。おめえも乗せてやりたかったが……俺は、こいつを、」

 「なに言ってんだ! あたしは、もともと地球行き宇宙船に乗る気なんてなかったよ!」

 エマルは、夫を支え起こした。

 「ルナちゃん、あたしからも、お願いします」

 エマルにまで頭を下げられて、ルナは困惑した。

 「あたしたちの恩人を、この宇宙船に乗せてあげたいんだ」

 

 “三枚のチケット。だいじなチケット。一枚は、「傭兵のおおきなクマ」に。”

 

 クラウドが言っていたように、どうしてアダムに「一枚」なのか、分からなかったが、今はようやく分かった。アダムに渡すべき「一枚」は、アダムたちの恩人を助けるためにあったのだ。

 

 「そ、それは、もう、あの、アダムさんにあげたものなので、」

 ルナはやっと言った。

 「お、恩人さんを助けてあげてください!」

 アダムとエマルの顔が、かがやいた。

 「ありがとう! ルナちゃん!」

 「待て、アダム」

 ドローレスが、アダムの肩をつかんでいた。

 「もしや、恩人とは――」

 「ああ」

 アダムの肯定に、ドローレスも、その「恩人」の名が分かったようだった。

 ドローレスはしばらく黙して――決意したように、告げた。

 

 「わたしが行こう」

  

 「!?」

 デビッドたちが、ソファから立ち上がりかけた。リンファンも、絶句してドローレスを見つめた。

 「あなた……」

 「エマル、君は、リンファンのチケットで、いっしょに地球行き宇宙船に乗れ」

 「えっ?」

 「ツキヨさんの心臓病は悪化している。いっしょにいてやったほうがいい」

 「母ちゃん……!」

 エマルは、信じられない顔で母親を見た。ツキヨは、チケットをにぎりしめた両手で、口を覆った。ドローレスに対する感謝の言葉を、見つけられないように。

 「かわりに、わたしが行く。傭兵仕事は二十年ぶりだが――相棒はアダムだ。フォローしてくれるだろう」

 「ドローレス、おめえ……」

 アダムが目を潤ませた。

 

 



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