「アン、行こう」 中年男性が、不審な顔でルナたちを見、老女の袖を引いた。 「そうね、マルセル」 アンもうなずいた。 「ではねお嬢さん。“バラ色の蝶々”を知っていてくれて、嬉しいわ」 「……あ、あの、」 ルナは呼び止めようとしたが、地球行き宇宙船のチケットのことを、どういっていいものか分からずに、固まってしまった。 マルセルと呼ばれた中年男性は、ルナたちを怪しんでいるようだった。老女の手を取り、そそくさと、逃げ出すように去った。 「いったいどうしたんだ、ルナ」 二人の姿が、海岸から消えるのを見届けてから、ルナはグレンに向きなおった。 「グレン、あのひと、アン・D・リューだよ!」 「ああ、歌を歌っていたな」 「そうじゃなくて! あのひとが、アンさんなの!」 「はァ?」 「アンドレアさんは、生きてるの!」 「……」 グレンは、ルナが言っていることを理解できなかった。――しばらくして。 「なんだと!?」 と叫んだ。 コテージにもどったルナは、「おいルナ、グレン君のことは――」とドローレスに話しかけられ、「ご、ごめんねパパ! あとでね!」と叫んで、慌ただしく、銀色の化粧箱をかかえてホテルのほうへ走っていった。 ピエトとアズラエル、セルゲイも一緒だったので、ドローレスとリンファンは、 「やはり、ルナを取りあって、修羅場なのか……?」 「だ、だいじょうぶよあなた! ピエトちゃんがいるもの!」 「修羅場という空気には見えなかったが……心配だ。ルナは可愛いから」 ピエトの登場でなりをひそめていたドローレスの親バカが、息を吹きかえした。 「アズ君がダメってわけではないけど――セルゲイさんとくっつかないかしら――」 「リン、それはアズラエルが気の毒だろう」 「ここだけの話よ! ここだけの!」 エマルが「ボートで向こうの島まで行かないかい?」と呼びに来るまで、延々と、不毛な会話を繰り返していた。 「オルティスが、借金だと? 信じられねえ……」 「わたしもそうだけど、たしかに、エヴィとデレクがそう言ったんだ」 アズラエルはなかなか信じようとしなかったが、セルゲイはクリスマスの夜に、ふたりから聞いたことを説明した。グレンも、じっさいにイエローカードの通知を、自分が受け取ったことも。 ZOOカードの占術を、皆に見られるわけにいかないので、ホテルにわざわざ部屋を取る羽目になった。グレンは仕方ないといった顔でチェックインし、決して安いとはいいがたいスイート・ルームで、ルナはZOOカードボックスに向かって叫んだ。 「これでだれも出てこなかったら、グレンが無駄遣いしたことになるんだからねっ!」 ZOOカードが動かなかったら、グレンが出した部屋代は、無駄である。 ルナは憤然として叫んだが。 『なあに?』 すぐにチョコレート色のうさぎと、軍服を着たトラ――「孤高のトラ」がいっしょに姿を現したので、ルナは拍子抜けした。 「いつもは呼んでも来ないのに!」 ルナは、これからはこのテで行こうと考えた。 『グレンがどうかしたのか』 孤高のトラはそう言ったが、とくにグレンに問題はない。ルナがそう告げると、彼はさっさと姿を消した。 「みんな、薄情だ!」 ルナはぷんすかした。 『あけましておめでとう、ルナ』 「おめでとうございます」 ルナと導きの子ウサギは、とりあえず挨拶をしあった。 「あのね、“シャイカーを振る大ワニ”さんのカードを出せる?」 『いいよ!』 導きの子ウサギがたちどころに出した一枚のカードを見、ルナ以外の四人はプーッと噴き出した。 カードのワニは、オルティス以外の何者にも見えなかった。 「笑いごとじゃないのですよ!」 ルナはたしなめ、さっそく、導きの子ウサギに聞いた。 「このワニさんが悩んでることを解決するには――なにを調べたらいいかな」 『う〜ん、謎は、真実をもたらす動物を呼んだ方が早いけど、……この場合は、縁の糸を出した方が早いかも……?』 導きの子ウサギは、なんだかそわそわしているようだった。うさ耳が、ひっきりなしに揺れている。 「……なにか? 隠してる?」 ルナは座った目でうさぎを見、チョコレート色の耳がぴんっと立つのを、ルナもピエトも見た。 「隠しごととか、するなよ! ウソついちゃ、ダメなんだぞっ!」 ピエトが、自身の分身を叱ると、うさぎは耳をぺったり、垂れさせた。 『そうじゃないんだ。……ルナの勉強だから、あんまり教えちゃダメだって言われてて』 自分で考えろということか。 ルナは、腕組みをし、気難しい顔で考えた。 「もしかして、おおわにさんは、お店の店長さんだから、縁の糸を出すと、ものすごいことにならない?」 『! そうだよルナ、よく覚えていたね!』 ルナは以前、ベッタラの恋人であるイルカを探すために、リサのカードを呼び出したときに、リサの縁の糸があまりに多くて、カードすべてを出すのにずいぶん時間がかかり、その中からイルカを見つけ出すのも、たいそう難儀だったのを思い出した。 あれでも、「友人」と限定して出したのだ。「すべての縁の糸」にしていたら、数時間かかっていただろう。 オルティスもたくさんの知り合いや客がいそうだから、縁の糸も相当数あるのではなかろうか。 「……」 「ルゥ?」 「ルナちゃん?」 「ルナ」 「ちょっと、黙っててください」 考え込んだルナを、三人の男が呼び、ルナは叱った。 今日はクラウドがいない。ルナは、すべて自分で考えねばならないのだ。でも、このあいだイシュメルをリカバリさせてから、ずいぶん賢くなった自覚はある。 (……) 「オルティス」と「バラ色の蝶々」――もしかしたら、なにか関係があるのではないかと、ルナは思いはじめていた。 日常と違うことが起こる、そして、ZOOカードからメッセージがある。それはたいてい、事件を解決に導くフラグだ。 いままでもそうだった。 ZOOカードから、意味深な歌を歌いながら飛び出してきた二羽のうさぎ。 「月夜のウサギ」――つまり、ツキヨのチケットで宇宙船に乗ることができる人間は、「バラ色の蝶々」。 マタドール・カフェで、アンドレアの話を聞いたのも、きっと偶然ではない。 ルナは、あのCDジャケットを見ていたから、さっきの女性がアンドレアだと分かったのだ。 そこへ、オルティスの借金話。 ルナは、一見、まるでつじつまの合わないこのできごとが、つながっているのではないかと思いはじめた。 |