百五十七話 バラ色の蝶々 U



 

 「アン、行こう」

 中年男性が、不審な顔でルナたちを見、老女の袖を引いた。

 「そうね、マルセル」

 アンもうなずいた。

 「ではねお嬢さん。“バラ色の蝶々”を知っていてくれて、嬉しいわ」

 「……あ、あの、」

 ルナは呼び止めようとしたが、地球行き宇宙船のチケットのことを、どういっていいものか分からずに、固まってしまった。

 マルセルと呼ばれた中年男性は、ルナたちを怪しんでいるようだった。老女の手を取り、そそくさと、逃げ出すように去った。

 

 「いったいどうしたんだ、ルナ」

 二人の姿が、海岸から消えるのを見届けてから、ルナはグレンに向きなおった。

 「グレン、あのひと、アン・D・リューだよ!」

 「ああ、歌を歌っていたな」

 「そうじゃなくて! あのひとが、アンさんなの!」

 「はァ?」

「アンドレアさんは、生きてるの!」

 「……」

 グレンは、ルナが言っていることを理解できなかった。――しばらくして。

 「なんだと!?」

 と叫んだ。

 

 コテージにもどったルナは、「おいルナ、グレン君のことは――」とドローレスに話しかけられ、「ご、ごめんねパパ! あとでね!」と叫んで、慌ただしく、銀色の化粧箱をかかえてホテルのほうへ走っていった。

 ピエトとアズラエル、セルゲイも一緒だったので、ドローレスとリンファンは、

 「やはり、ルナを取りあって、修羅場なのか……?」

 「だ、だいじょうぶよあなた! ピエトちゃんがいるもの!」

 「修羅場という空気には見えなかったが……心配だ。ルナは可愛いから」

 ピエトの登場でなりをひそめていたドローレスの親バカが、息を吹きかえした。

「アズ君がダメってわけではないけど――セルゲイさんとくっつかないかしら――」

「リン、それはアズラエルが気の毒だろう」

「ここだけの話よ! ここだけの!」

エマルが「ボートで向こうの島まで行かないかい?」と呼びに来るまで、延々と、不毛な会話を繰り返していた。

 

 「オルティスが、借金だと? 信じられねえ……」

 「わたしもそうだけど、たしかに、エヴィとデレクがそう言ったんだ」

 アズラエルはなかなか信じようとしなかったが、セルゲイはクリスマスの夜に、ふたりから聞いたことを説明した。グレンも、じっさいにイエローカードの通知を、自分が受け取ったことも。

 ZOOカードの占術を、皆に見られるわけにいかないので、ホテルにわざわざ部屋を取る羽目になった。グレンは仕方ないといった顔でチェックインし、決して安いとはいいがたいスイート・ルームで、ルナはZOOカードボックスに向かって叫んだ。

 

 「これでだれも出てこなかったら、グレンが無駄遣いしたことになるんだからねっ!」

 ZOOカードが動かなかったら、グレンが出した部屋代は、無駄である。

 ルナは憤然として叫んだが。

 『なあに?』

すぐにチョコレート色のうさぎと、軍服を着たトラ――「孤高のトラ」がいっしょに姿を現したので、ルナは拍子抜けした。

 「いつもは呼んでも来ないのに!」

 ルナは、これからはこのテで行こうと考えた。

 

 『グレンがどうかしたのか』

 孤高のトラはそう言ったが、とくにグレンに問題はない。ルナがそう告げると、彼はさっさと姿を消した。

 「みんな、薄情だ!」

 ルナはぷんすかした。

 『あけましておめでとう、ルナ』

 「おめでとうございます」

 ルナと導きの子ウサギは、とりあえず挨拶をしあった。

 「あのね、“シャイカーを振る大ワニ”さんのカードを出せる?」

 『いいよ!』

 導きの子ウサギがたちどころに出した一枚のカードを見、ルナ以外の四人はプーッと噴き出した。

 カードのワニは、オルティス以外の何者にも見えなかった。

 

 「笑いごとじゃないのですよ!」

 ルナはたしなめ、さっそく、導きの子ウサギに聞いた。

 「このワニさんが悩んでることを解決するには――なにを調べたらいいかな」

 『う〜ん、謎は、真実をもたらす動物を呼んだ方が早いけど、……この場合は、縁の糸を出した方が早いかも……?』

 導きの子ウサギは、なんだかそわそわしているようだった。うさ耳が、ひっきりなしに揺れている。

 「……なにか? 隠してる?」

 ルナは座った目でうさぎを見、チョコレート色の耳がぴんっと立つのを、ルナもピエトも見た。

 「隠しごととか、するなよ! ウソついちゃ、ダメなんだぞっ!」

 ピエトが、自身の分身を叱ると、うさぎは耳をぺったり、垂れさせた。

 『そうじゃないんだ。……ルナの勉強だから、あんまり教えちゃダメだって言われてて』

 自分で考えろということか。

 ルナは、腕組みをし、気難しい顔で考えた。

 「もしかして、おおわにさんは、お店の店長さんだから、縁の糸を出すと、ものすごいことにならない?」

 『! そうだよルナ、よく覚えていたね!』

 

 ルナは以前、ベッタラの恋人であるイルカを探すために、リサのカードを呼び出したときに、リサの縁の糸があまりに多くて、カードすべてを出すのにずいぶん時間がかかり、その中からイルカを見つけ出すのも、たいそう難儀だったのを思い出した。

 あれでも、「友人」と限定して出したのだ。「すべての縁の糸」にしていたら、数時間かかっていただろう。

 オルティスもたくさんの知り合いや客がいそうだから、縁の糸も相当数あるのではなかろうか。

 「……」

 「ルゥ?」

 「ルナちゃん?」

 「ルナ」

 「ちょっと、黙っててください」

 考え込んだルナを、三人の男が呼び、ルナは叱った。

 

 今日はクラウドがいない。ルナは、すべて自分で考えねばならないのだ。でも、このあいだイシュメルをリカバリさせてから、ずいぶん賢くなった自覚はある。

 (……)

 「オルティス」と「バラ色の蝶々」――もしかしたら、なにか関係があるのではないかと、ルナは思いはじめていた。

 日常と違うことが起こる、そして、ZOOカードからメッセージがある。それはたいてい、事件を解決に導くフラグだ。

 いままでもそうだった。

 ZOOカードから、意味深な歌を歌いながら飛び出してきた二羽のうさぎ。

 「月夜のウサギ」――つまり、ツキヨのチケットで宇宙船に乗ることができる人間は、「バラ色の蝶々」。

 マタドール・カフェで、アンドレアの話を聞いたのも、きっと偶然ではない。

 ルナは、あのCDジャケットを見ていたから、さっきの女性がアンドレアだと分かったのだ。

 そこへ、オルティスの借金話。

 ルナは、一見、まるでつじつまの合わないこのできごとが、つながっているのではないかと思いはじめた。

 



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