「あじゅ! あたしの日記はどこでしょう?」 「ホレ」 アズラエルは、ルナのバッグから、日記帳を出してやった。ルナはそれをペラペラめくり、メモしてあったアンドレアの略年表を見つけた。略年表ともいいがたい、アンドレア事件のあった年号と、アンドレアが何歳のときに銃殺されたかを記しているだけだ。 (アンドレア事件があった年は、L歴1380年……つまり、えっと、) 「ピエト、計算して」 ピエトはこの中でいちばん暗算が早い。 「1380年引く、1416年!」 「36」 ピエトはあっさり数字を出した。 「すごい! やっぱピエトは、算数がすごいね!」 「へへっ!」 (アンドレアさんは36年前、銃殺刑で亡くなったとき、40歳。生きていたら76歳。さっきのおばあさんは、やっぱりそのくらいじゃないかな) ツキヨと、だいたい同じくらいだ。 「ルゥ、考えてることを口にしろ」 アズラエルが言った。ルナは頭突きでフィアンセをだまらせた。 「オルティスさんは、今年でいくつになるかな」 ルナはグレンに聞いた。 「49――今年は50になるか」 昨日、1416年になったのを、グレンは忘れていた。 「じゃあオルティスさんは、36年前は――」 「14歳だよ」 ピエトが言った。 「いったい、なにがどうなったの? 36年前って、どこから出てきたの」 セルゲイも、さっぱりついていけない顔で言った。 “可愛い子ワニが蝶々を待っている。” ZOOカードから飛び出たうさぎたちが歌った歌の最後。リピートされたこのフレーズ。 (可愛い子ワニとはいいがたいけど) 14歳だったころのラガーの店長は、可愛い子ワニだったかもしれなかった。 「うさと」 『「うさと!?」』 ピエトと導きの子ウサギが同時に叫んだが、ルナが勝手につけた、導きの子ウサギの二つ名にちがいなかった。 「“バラ色の蝶々”さんと、可愛くない大ワニさんの、縁のカードを出して」 「なんだと!?」 『すごいルナ! そこまで自分で考えられるようになったんだね』 「だれか、“可愛くない大ワニ”に突っ込むやつはいねえのか」 グレンは目を剥き、アズラエルは致し方なく自分がツッコミ、導きの子ウサギは、もふん、と両手を合わせた。同時に、音楽が鳴りだし――やはりそれは、バラ色の蝶々だった――アンのアルバムに入っている曲だ。 赤い蝶のカードがキラキラと輝きながら現れ、すでにある「シェイカーを振る大ワニ」のカードとのあいだに、いろの濃い糸が現れた。 運命を感じさせる、太い糸が。 「彼らは強いきずなの仲間であり、親子でもある」 導きの子ウサギは、待ってましたとばかりに説明した。ここまでは、導きの子ウサギも知っていたが、ルナが自分でたどり着くまで黙っていろと言われたのかもしれない。 赤い蝶のカードには、かつてのセシルたちのカードほどではないが、黒いもやがかかっている。 「もしかして、この人も呪い?」 「いいや。これは、病気にかかっているんだよ。――長くないかもしれない」 「――!」 うさ耳が、ぴーん! と勢いよく立った。 ルナはついに、謎を解き明かしたのだ。 “バラ色の蝶々”は、アンドレアだ。 アンドレアとオルティスとをむすぶ、太い糸。 あきらかになったオルティスの借金。 おいつめられて、方々に金を借りに動きはじめたオルティス――。 彼はグレンに、「恩人の命が関わっている」と言った。 病気で、もう先が長くない“バラ色の蝶々”を乗せるために、一席あけられた、地球行き宇宙船のチケット。 銃殺となったはずのアンドレアがなぜ生きているのかはさだかではない。だが、彼女は生きていた。 E353まで逃げてきて、さっきの様子から見ても、逃げ続ける生活をしてきたのではないだろうか。 オルティスが、借金を重ねた理由は――アンドレアを地球行き宇宙船に乗せるためのチケット代のためだとしたなら。 三月すえには、今期の宇宙船の、あたらしい船客の受け入れはなくなる。 そのために、オルティスは、焦って金を借りはじめた――。 「わか……分かったよ!」 ルナはたちどころに説明をはじめたが、男たちの首は、傾げられる一方だった。 やがて、ルナは業を煮やして、結論だけ言った。 「グレン!」 「おう?」 「可愛くない大ワニさんに電話して! アンドレアさんを、地球行き宇宙船に乗せてあげることができます! 今日でもいいんです!」 「なんだと!?」 「ええっ!?」 「なぜ、アンドレアの話を、オルティスに?」 「そもそも、アンドレアは銃殺――」 「電話するのです!!」 ますます混乱した男たちだったが、ルナに叱り飛ばされ、グレンは電話に走った。 「可愛くなくなったけど、可愛い子ワニさんが、アンドレアさんを待ってるんです!」 |