『ルナちゃんの言うとおり、ツキヨさんのパートナーはいちおうアンドレアさんにしといたわ』 電話向こうで、ヴィアンカが首をかしげていた。 『あたしもイマイチまだ、信じてないんだけど。アンドレアさんってひとは、いちおう銃殺刑になってるはずなのに、生きてるのよね?』 「うん!」 『デジャヴュだわ……』 ヴィアンカは電話の向こうで遠い目をした。カサンドラを宇宙船に乗せるときも似たような感じだった。 『オルティスの野郎、恩人だなんて、そんな大事なことを、あたしにも内緒にしやがって――』 「アンドレアさんは、まだ見つからないの」 『うん。テオと――ああ、ツキヨさんとアンドレアさんの担当役員と待ってるんだけど、宇宙船にはまだ――オルティスも、彼らが住んでたアパートにも行ってみたけど、アパートの大家は、どこに行ったか分からないって』 完全に、引っ越したそうよ、とヴィアンカは言った。 「そ、そうですか」 『アンさんってひとは、末期ガンらしいから、もしかしたら急に病状がわるくなって病院にいるかもしれない。そっち方面でも探してみるけど』 「……!」 ルナは、蝶々のカードを覆っていた、真っ黒なもやを思い出した。 『だいじょうぶよ。1月10日を過ぎても、今年の三月末まではなんとかなるから。じゃあ、アンさんが乗ったら、連絡するわね』 「あ、ありがとうございます」 電話は切れた。 カレンダーの日付は、9日をしめしている。ルナは、地球行き宇宙船にもどっていた。 アンドレアのことも気になるが、みんなが明日、アストロスやL系惑星群に向かって発つ。今日は一日乗船券で、メフラー商社とアダム・ファミリーの面々が、ルナたちがルーム・シェアしている屋敷に来たところだった。 ルナは気持ちを切り替えて、大広間にもどった。 クラウドとミシェル、ジュリとエーリヒも、とっくに屋敷に帰っていた。 エマルたちは、「こんなお屋敷が、アパート程度の家賃で借りれるっていうのかい!?」と、ルナたちが入居したときと同じ驚きをしたり、「心理作戦部の隊長オォ!?」とエーリヒに距離を置きながら眺めてみたり、「ドーソン嫡男に、心理作戦部のボスか……よくいっしょに暮らしてるな、おまえ」とアズラエルを労ったりするデビッドの姿もあった。 「あなた、ハーベストさんのところの、クラウド君だったのね……!」 「そうです。一度しかお会いしたことはないはずだけど、俺は覚えています」 リンファンとドローレスは、クラウドの成長した姿に目を見張った。ミシェルの恋人ということで、写真は見ていたが、まさか、あの「クラウド」だとは思わずにいた。 クラウドがずいぶん幼いころ――四歳かそこらのころ、会ったことがある。 「ずいぶんかっこいい男の子になって! モデルさんかと思ったのよ」 「いまは、どこにいるんだ」 「じつは、宇宙船に乗るまえは、心理作戦部に――」 クラウドと、ルナの両親の会話が弾んでいるあいだ、アズラエルは、今日明日でみんなを連れて行く店の予約にてんてこまいしていた。 「ねえねえねーねー兄貴兄貴! ラガーって行ってみたい!!」 「ラガーはしばらく休みだ」 「ええーっ!! じゃあ、マタドール・カフェとか、ルシアンとか! 兄貴がいってたクラブとか!!」 「分かった分かった。連れてくからおとなしくしてろ」 ソファに座って携帯をいじっているアズラエルの首根っこに抱きつき、せがむオリーヴの姿に、ルナは「兄弟っていいなあ」と、ぽつり、つぶやいた。 それを聞き逃さないセルゲイではなかった――セルゲイは、両手を広げ、「おいで?」とでもいうように、ルナに笑顔を向けたが。 ルナは、真っ赤な顔になって、じり、と後ずさった。 「で、できないです……!」 「「「それで、なんでそっちに行くんだ」」」 セルゲイ、アズラエル、グレンが勢ぞろいでつっこんだ。ルナはエーリヒの後ろに隠れていたのだ。 ルナが、あの心理作戦部のボスに懐いているというのも驚愕の事実だったが、おどろいてばかりいるヒマはない。明日の午後には、宇宙船を降りなければならないのだ。 午後一時を過ぎると、たとえ数分おくれたとしても、さらに一人頭五十万デルが加算される――アマンダは、「明日午後一時だよ! いいね、一時だよ!」と神経をとがらせていた。 ルナたちは、一日で、宇宙船のあらゆるところを、まわれるだけまわった。 真砂名神社近辺は、まだ工事中で一般客が立ち入り禁止だったが、ニックのコンビニにもいったし、K15区の市場に行ったり、K12区のショッピングセンターも行った。 ルシアンには、グレンの案内で、オリーヴとベックが狂喜乱舞しながら行き、そのあいだ、ほかの大人たちは、集団でマタドール・カフェに押しかけた。 夜は、K08区の高級レストランで夕食。おとなたちは、深夜を過ぎるまで、屋敷の大広間で、談笑しつつすごした。 ベックとオリーヴは、次の日の朝まで帰ってこなかったが、「永久にここにいたい……」とつぶやいて、エマルとアマンダに、おもいきり耳をつねられる始末だった。 次の日、リズンでおそい朝食をとり、まだ午後一時には早い時刻だったが、みんなは出発すると言った。 ルナたちも一度宇宙船を降り、E353のスペース・ステーションで、みんなを見送ることにした。 リンファンとエマル、ツキヨは宇宙船にのこる。 アダム・ファミリーといっても、ボリスとベックとオリーヴだけになったが、メフラー商社の三人と、アストロスへ。 アダムとドローレスは、軍事惑星へもどる。 「ずいぶん予定外の任務になったよ」 アマンダは嘆息し、 「まあ、これだけとんでもないことが立てつづいたんだから、なにを言ってもしようがないけど――それより、ドローレス、二十年のブランクがあるけど、あんた、だいじょうぶかい」 しきりにドローレスを心配していた。ドローレスは、首をコキリと鳴らした。 「冷凍睡眠装置で向かうんじゃない。もどるあいだに、なまった腕は取りもどすさ」 「ルナちゃん! L18に来たら、今度はあたしが街を案内するからね!」 オリーヴが、ハイテンションでルナのほっぺたにキスをした。 「うおい! コラ!」 お兄様が怒ったが、この奔放すぎる妹には、叱責にもならない。 「ドローレス、どうか、きっとあの人を助けておくれ。あたしの代わりに」 エマルが、ドローレスに言った。 「あたしたちの、恩人を」 「ああ」 「ドローレスさん、ほんとにありがとう」 ほんとうなら、エマルとアダムが軍事惑星に向かうところだったが、ドローレスが行くと言ってくれたから、エマルは母のそばにいることができる。 それに、ツキヨひとりでは、ここまで来られなかった。ツキヨもエマルも、深い感謝を込めて、ドローレスとハグをかわした。 「達者で暮らしてください」 「ええ。ええ。ドローレスさんも……」 ツキヨは、ハンカチで目頭をおさえた。ツキヨとドローレスがふたたび会うことは、もう、よほどの奇跡が起きなければないだろう。ツキヨはこのまま、地球に行って暮らすのだ。 「あんたたちがいたから、L77の生活は、本当に楽しかったよ……! ほんとだよ」 ツキヨは、おなじく、永遠の別れになるだろうアダムとも、握手を交わした。 「エマルを――娘を――孫たちを、どうか、よろしく」 「ツキヨさんも、地球でしあわせに」 エマルに背をさすられながら、ツキヨはむせび泣いた。 ドローレスは、最後に、ルナの頭を撫でた。 「参ったな……ルナだけは、軍事惑星に関わらせたくなかった」 途方に暮れているようにも、あきらめているようにも見えた。 「軍事惑星と名の付くものからは、遠ざけて育ててきたはずなのに、どうして傭兵なんかと……」 めずらしくごちるドローレスに、リンファンは苦笑しつつも、「あなた」と言って、終わらない別れのあいさつに区切りをつけるように、そのひろい背中に手を添えた。 「――アズラエル、ルナを、頼むぞ」 「はい」 アズラエルは、知らず、姿勢を正して、返事をした。 「ルナ。よおく、顔を見せてくれ」 メフラー親父は、ルナと別れがたいかのように目を潤ませていた。ルナと別れのハグをかわし、 「軍事惑星にも、おまえのじいちゃんがいるってことを、忘れんでくれ」 「うん……!」 「手紙をくれ。わしも、返事を書くよ」 メフラー親父はピエトも抱きしめ、手紙をもらう約束をし、ドローレスとリンファンの手もしっかり握って、「会えてよかった」と言った。 たった二十日ほどの再会は、またたく間に過ぎた。だが、もう離れ離れではない者もある。 きっとまた、会えるのだ。 それぞれの宇宙船は出発した。ルナたちは、宇宙船が、空のかなたに見えなくなるまで、見送りのロビーから手を振り続けていた。 「行っちゃった……」 ピエトがぽつんと、つぶやいた。 |