翌々日のことだ。

オルティスが、手土産を持って、ルナたちの屋敷に姿を見せたのは。

 「話には聞いていたが、ほんとうにお屋敷だな」

 オルティスの目はもとからまぶたが厚ぼったいので、泣き腫れたとしても分からない。

ルナが、手土産のケーキを切り分けてコーヒーと一緒に出すと、オルティスはうまそうにコーヒーを啜り、「ケーキは、ルナちゃんたちが食え」と言って皿をルナのほうへ押しやった。

ソファには、グレンとアズラエルがいる。ルナもすわった。

リビングにはみんながいたが、オルティスはかまわず話し始めた。

 

「このあいだは、悪かったな」

「いや……」

「アンは、けっこういい歳だから、ほんとは手術するの、無理なんだが、この宇宙船で滋養を取って、体力がついたら、もしかしたら手術もできるかもしれねえって話で。今のところは転移もないみてえだし、よかった」

「そうか」

「ちゃんと治療すれば治るって」

 

オルティスは、それから、訥々と、昔話をはじめた。

ずっと胸におさめていた――仲間内以外では、だれにも話すことのなかった、「アンドレア事件」の真相を。

 

オルティスは、乳飲み子のうちに傭兵の親を亡くし、アンに引き取られた。

「俺の親は、白龍グループじゃなくて、あんまり名も売れてねえ、小さいグループだったらしいけど」

アンのもとには、オルティスのような子がたくさんいた。みんな、兄弟のように育ってきた。

バンクスの本には、アンが傭兵グループ「ラ・ヴィ・アン・ローズ」をつくったのは、38歳を過ぎてからと書かれていた。傭兵の子どもを引き取る活動が公になったのは、そのころからだが、アンが個人的にみなしごを引き取っていたのは、もっとずっと、昔からだったのだ。

「アンに、軍への出頭命令が出たのは、俺が14歳のときだった」

 

後世の歴史には、「銃殺刑」と、残っているが、アンはたすけられたのだ。アンを慕う、数々の将校たちに。

その日は、軍が出頭を命じた期限の日だった。アンは、行けば殺されることが分かっていた。だから行かなかった――あの大雨の日、オルティスの幸福の日々が崩壊したその日、アジトであるアパートに、なだれをうって、軍が押し寄せた。

 

その前の晩だ。

アンのファンであり、恋人でもあった将校たちが、アンを逃がすことを決意した。

「子どもたちを置いていけない」というアンを、彼らはだまし、睡眠薬をつかって眠らせて――そう、マルセルのように――逃がした。

「アンは、こんなところで死なせちゃいけない」

その意見で、皆が一致した。オルティスは、アンに育ててもらった恩もあるし――なによりアンが大好きだった。だから、その意見には賛成した。

しかし、アンを逃がした将校やおとなの傭兵たちは、「アンの志」を尊んでいた。

「アンには生きてもらい、傭兵たちの希望になってもらう」のだと。

 

アンに育てられた一部の子どもたちと、「ラ・ヴィ・アン・ローズ」の傭兵の半数は、アンを逃がすために囮になった。

オルティスは、14歳にしては体格も立派で、射撃の腕もなかなかだったので、アジトに残った。

軍と、アジトに残った傭兵たちのたたかいは、凄惨をきわめた。

傭兵も子どもたちも、次々と殺されていった。残ったのは、オルティスと、傭兵のニコルだけ。オルティスは足を撃たれ、出血が激しくて、気絶していたのだった。

 

オルティスは気づいたら、宇宙船の中にいた。

ニコルが涙声で、アジトが全滅したことを告げた。ニコルが、まだ息のあったオルティスをかついで、逃げたのだ。

ニコルはまるで、エマルのようにでかくて、カンタンには死なない女傭兵だった。

オルティスも、生死の境をさまよった。もとから頑丈な身体――命はとりとめたが、治療が遅れたせいで、一生足を引きずる羽目になった。

 

辺境惑星群のL04に飛んだふたりは、しばらくかくれるばかりの生活を送った。

ニコルが、アンを捜しにあちこちを回り――オルティスは、ままならぬ身体で、チンピラ同然の生活をして金を稼いだ。今でこそ言えるが、盗みも、恫喝も、詐欺まがいのこともしてきた。

ある日、やっかいな組織に関わってしまい、オルティスは半死半生の目に遭った。のたれ死にしそうになったところを、宇宙船役員だという男に助けられた。

オルティスが16歳の年だ。オルティスはニコルを呼び戻し、宇宙船に乗った。

 

「俺を助けてくれたのは、アンソニーさんってひとだ」

「アンソニー!?」

ルナは叫んだ。

「アンソニー・K・ミハイロフさん!?」

「知ってんのか」

オルティスは少し驚いた顔をしたが、話をつづけた。

 

「俺たちは、アンをこの宇宙船に乗せてやりたかったが、そのころ、アンはどこにいるか分からなかった」

 



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