アンを逃がした仲間も、オルティスたちが生きていることを知らなかったのだ。

オルティスとニコルは、地球行き宇宙船に乗った。

あのとき、アンが逃げた先はリリザかE353、それかS系惑星群だと踏んでいた。

S系惑星群は、ニコルがこの二年の間に探しまわったが、ついに見つけることができなかった。

リリザとE353は、大きな惑星とエリアなので、かくれ住むにはちょうどいい。

ふたりは賭けた。なんとかアンには生きていてほしいと願っていた。

リリザもE353も捜したが、ふたりがはじめて宇宙船に乗ったツアーでは、会えなかった。

ふたりは地球まで行き、船内役員になった。

地球まで到達すれば、学費も免除だし、三年間の研修で役員になれる。

ふたりの願いは叶い、役員になってはじめて、E353で、思いもかけない再会を果たした。

アンは、E353で歌手活動を再開しようとしていたのだ。

アンの歌声は、やはり誰をも魅了するものだ。彼女はすぐ有名になっていた――結果、ドーソンの追手も呼び寄せてしまったけれど、ふたりはアンに再会できた。

逃げる際に、バラバラになり、あるいはつかまって、アンと一緒にいるのはオルティスの二つうえのマルセルと、アンのパートナーであったセインだけになった。

 

オルティスとニコルは誓った。

なんとしてもかならず金を貯めて、アンたちを、地球行き宇宙船に乗せようと。

 

ふたりは店を開いた。店を開けば、儲かると思ったのだ。

だが、それは苦難の連続だった。店を開いた際の借金を返し終わるころに、ニコルは身体を壊して亡くなった。

傭兵としての過酷な生活が、すでに彼女の身体をむしばんでいたのだ。

なかなか、金は目標の金額には到達しない。

何年もたった。セインも亡くなり、アンもマルセルも、老いていく。

逃げ続ける生活では、ロクな仕事に着くこともできず、アンもマルセルも、E353でぎりぎりの生活を送っていた。

アンは、地球行き宇宙船に乗る気はなかった。

マルセルもオルティスも望んでいたことだけれど、アンは、オルティスがじぶんのために金を貯めることを反対し、ことあるごとに、「無理はするな」とオルティスに言い聞かせた。

いつしか、アンを宇宙船に乗せることは夢物語のようになっていた。だがオルティスは、夢にする気はなかった。

 

「それでも、五千万は貯まったんだよ――あとちょっとだった」

 

オルティスの話が終わると、リビングは静寂に満ちていた。セシルやリンファン、エマルの鼻をかむ音がひびき、レオナは涙目をかくすように、「コーヒー持ってくる」と立った。

ルナは、マルセルの手紙を思い出して、涙をためた。

地球行き宇宙船のチケットは、ルナたちのように当選する人間もいれば、金で買う人間もいる。買える人間もいる、買えない人間もいる。

乗りたくても、乗れない人間がいる。

――必要としている人間のもとに、チケットが降ってくるわけではない。

二十年間もがんばって貯めてきたオルティスの想いを考えると、ルナは涙しか出てこないのだった。

 

「今日は頼みがあってきたんだ」

オルティスは、ひろいリビングを眺めて、言った。

「部屋があまってるって、まえに言ったよな? ――アンをここに、しばらく置いてくれねえか」

オルティスの頼みと聞いた時点で、なんとなくソファの人間は予想していた。

「俺たちはかまわねえが――アンさんは、平気なのか」

「アンを、ひとりにしておきたくねえんだ」

オルティスは言った。

「俺は昼間も店を開けているし、――まァ、こんなこともあったんで、店はしばらく休業してアンといっしょにいてもいい。でも、」

「――おまえが言いてえことは、なんとなくわかる」

 

マルセルの死の衝撃が強すぎたのだ。アンにも、オルティスにも。

マルセルはアンに睡眠薬を飲ませて眠らせ、つまりだまして、宇宙船に乗せた。アンは納得していない。もしかしたら、E353に帰ると言いだすかもしれない。マルセルを捜して、こっそり、宇宙船を去ってしまうことも考えられる。だから、目を離せない。

オルティスも、アンの顔を見ていると、マルセルのことも思い出して、涙腺が緩む。アンは敏い。オルティスの様子を見て、マルセルになにかあったのではないかと感づいてしまう危険がある。

 

「無理にとは言わねえ――アンは、入院がちだろうし、部屋を貸してくれて、滋養のあるものを食わせてくれりゃァ――アンは自分でも料理ができるし、アンのドーナツは、」

「おまえさん」

オルティスは、初めて見るおばあさんが、いきなり隣に座ったのでびっくりした。

「ともかくも、そのアンさんを、ここに連れてきてごらんよ」

「ど、どちらさんで――」

オルティスは、どもりながらおばあさんとルナを見比べた。

「あたしゃ、アズの祖母だよ」

「アズラエルのばあさん!?」

「ツキヨと言います」

ツキヨおばあちゃんは、しっかり自己紹介をしてから、

「入院って、中央区の? いちばんでっかい病院だろ?」

「そ、そうだ」

「あたしもそこで、心臓の手術を受ける予定なんだよ。ちょうどいい。おたがい病気持ち同士で、ルーム・シェアしようじゃないか」

「ほんとかばあさん――いや、ツキヨさん!」

オルティスは、感激して、ツキヨの手をにぎった。

 

「でもね、アンさんが、あんたと暮らしたいと言ったら、そのときは、どんな理由があっても、いっしょにいておやり」

ツキヨは言った。

「あたしもそうだが、アンさんも、そう長くない。時間が限られてきたらね、いっしょにいたい人間は、決まってくるもんだよ」

 

 



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