ルナがメルヴァに狙われているということは、ドローレスにもリンファンにも告げられていない。おそらく、メフラー商社とアダム・ファミリーの面々にも知らされていないのだ。もし知らされていたら、あんななごやかな再会になることはなかっただろう。 大騒動になっていたはずだった。 メルヴァとの戦いか、それともメルヴァ逮捕のための仕事で、彼らはアストロスへ向かった。メルヴァのターゲットがルナだということは、彼らは知らない。 ペリドットもヴィアンカも、艦長だという偉い人たちも、あの場でルナのことは何も言わなかった。 ほんとうに、ルナたちの乗った宇宙船がアストロスに着くまえに、メルヴァを逮捕できるのだろうか。その可能性があるから――リンファンたちには告げなかったのだろうか。 ルナもアズラエルも、なにも言っていない。 だが、リンファンは、気づくところがあったようだ。 すべてではないにしても。 アズラエルがメフラー商社の傭兵だし、ルナも多少は任務の内容を知っているのかもしれない――関わっているのかもしれない、と。 「ママもね、いちおう傭兵だったのよ! みそっかすだったけど、これでもしゅらばをくぐり抜けてきたの!」 リンファンは、ふん! と大きく息を吐いた。 「だから、ルナがいま、なにかをがんばろうとしていることは分かるわ。そういうときはね、ママという存在は、そばにいないで、見守っていた方がいいのよ」 「ママ……」 「あら、ツキヨさんが帰ってきたわ」 インターフォンが鳴り、玄関のドアが開く音と、ツキヨの賑やかな声が聞こえた。ツキヨが、病院から帰ってきたのだ。 ルナはまたたく間に廊下のはしまで行き、「おばあちゃんおかえり!」と叫んだ。 「ただいま、ルナ」 ツキヨが玄関先で傘を持った手を振った。 リビングにいたアンが、ツキヨを見つけて、お辞儀をした。 「こんにちは。今日からよろしくお願いします」 「あらまあ――あんたがアンさん! どうかよろしくしておくれ、あたし、ツキヨっていうんだ」 「オルティからお話は聞いていますわ。アンドレア・F・ボートンです。どうかよろしく」 相手が有名人でも、ツキヨの態度は変わらなかった。そのことに、アンドレアはほっとしているように、ルナには見えた。 その日の夕食は、たいそう豪勢になった。料理人は、いつものバーガス、ルナとアズラエルに、リンファンとグレンとセシルが加わった。おおきなテーブルが料理でいっぱいだ。 ローストビーフの塊に、肉汁がたっぷり染みたマッシュ・ポテトといんげんとニンジンのバターソテー。オリーブオイルとハーブで蒸した魚やエビ、貝類――大皿のサラダに、山盛りのパスタ、三種類のスープに、バリバリ鳥のシチュー、ピザ、くだもの、エトセトラ。 これでもかと料理がならんだテーブルを、学校から帰ってきたピエトとネイシャ、ジュリは、大歓声で囲んだ。 「すっげえー!!!」 「今までで、いちばん豪勢じゃない!?」 「おいしそ〜……!」 まるでホテルのレストランに出てくるような、芸術的に盛り付けられたフルーツ・タワーを見ながら、ミシェルも感激のよだれが出そうだった。 いや、すでに出ていた。 「バーガスさんがこの家に来てから、ゴージャスさが増しました」 ルナは、サラダのうえに、バラ型に生ハムを盛り付けようとしてうまくいかず、アズラエルに交代してもらいながら言った。 「こら! ネイシャ! ピエト、飛び跳ねない!」 「皿が足らないねえ! 紙皿はあったかい?」 セシルの絶叫と、レオナの怒号が広いダイニング・キッチンに飛び交った。 「エーリヒ、グラスを磨いておくれ!」 「どれくらいいるのかね」 「子どもはジュースで、おとなたちは、みんなお酒でいいかな」 「……このワイン、あけちゃう?」 「1200年代の……まァいいか。こういうときのために取っておいたんだし」 「アンさんとあたしは、ジュースでいいよ」 「グレンさん、トマト・スープにクルトンとパセリを散らして。モロヘイヤのほうには、にんにく・チップを――そうそう、砕いちゃって」 「了解」 エマルが、グラスをたくさん乗せたトレイをエーリヒに預け、クラウドとセルゲイがとっておきのワインを物色し、ツキヨが冷蔵庫からジュースを出しながらこたえ、リンファンがグレンと仲良く、スープの味見をしていた。 「よお! ケーキ隊が到着したぜ!」 「わ、わたしたちもお邪魔していいんですか……」 「迷惑じゃありません?」 「すこしですけど、お惣菜をつくってきましたよ」 オルティスがケーキを買って、帰ってきた。ツキヨとアンの担当役員のテオと、エマルたちの役員、シシーもいっしょだった。 セシル担当のカルパナも、惣菜をぎっしりつめたタッパーをもって、現れた。 新しい担当役員のふたりは遠慮がちにダイニングに来て、テーブルの上の料理を見て仰天した。 「わたしたち、何の手土産も――」 シシーがあわてて、テオと顔を見合わせたが、アズラエルが苦笑した。 「いらねえよ。これ以上食い物が集まったって、食い切れやしねえ」 「まァ、座りなよ」 クラウドが、ふたりを席に案内した。 「まあ、まあ、いつもこんなに大勢で?」 アンが目を丸くしていた。 「いつもってわけじゃねえが、バーベキュー・パーティーや、なにかあったときは、こうしてみんなで集まってるんだ」 オルティスが、両腕を広げた。 「どうりで、こんなでかい屋敷に住んでいると思ったよ」 エマルがたくましい肩をすくめ、リンファンも、「こんなに大勢のパーティーは、ひさしぶりよ」と楽しそうだった。 アンが涙ぐんだ。 「なつかしいわ……ずっと昔は、みんなで……」 なにを思いだしているかは、オルティスにもわかった。オルティスも同じ光景を思い出していたのだ。 ずっと、ずっと昔――子どもたちといっしょに暮らしていたころ。 食卓にならぶ料理はこんなに豪華ではなかったけれど、みんなで囲んだ食卓を思い出して。 笑いが絶えない食卓だった。 ――あのころは、いちばん幸せだった。 |