「この“居場所”を作ってんのが、ルナちゃんだ」 オルティスはこっそり言い、リンファンとツキヨは、「えっ」という顔で、オルティスを見た。 「俺はそう思う。ルナちゃんがいなきゃ、この集まりはねえ――そもそも、ルナちゃんがいなきゃ、グレンもセルゲイも、ここにはいねえからな。きっと、最初はルナちゃんとミシェルちゃんからはじまって――今は、こんなに増えてる」 「……」 リンファンはそういったオルティスを見つめ――ルナを見た。 「いい娘さんをお持ちだわ」 アンは、微笑んだ。 ツキヨとリンファンは、いっしょうけんめいケーキのろうそくの数を数えているルナを見つけた。 「あっ! よだれ!」 「……」 ルナは一心不乱すぎてテーブルに涎を垂らし、あわてて拭いていた。すなわち、いつものルナである。 「……たまに、カオスなところがあるけどね」 クラウドがそう言いながら、通り過ぎて行った。 「クリスマスから、大盤振る舞いをしすぎじゃないかい」 ツキヨは苦笑しながらも、バーガスが音頭を取った「乾杯!」の言葉に、グラスを掲げた。 「あたらしいルームメイトに、乾杯!」 「乾杯!」 「乾杯! ようこそ、お屋敷へ!」 みんなでグラスをかかげたあと――テーブルの上は、大混乱になった。 傭兵が大多数を占める食卓は、好物をとりあう奴らで、一気に戦場と化したが、みんなの胃袋のすきまがなくなっても、ありあまるくらいに料理はあった。 「うんまい! なにこれ、うますぎる!! ごはんください!」 「ローストビーフって、こんなにうまかったっけ……? ソースが絶品だ……!」 「こっちにワインを回して! え? もうないの?」 「ピザが大きすぎるよ! 半分こしよ」 「このスープ、おいしい! レシピ教えてください!」 「もちろんよ。まずはモロヘイヤをゆでて、粘りが出るまで包丁でたたくの」 シシーが、人生初のバリバリ鳥のシチューに感激し、ご飯を入れてもらい、三杯もおかわりして、アズラエルを怯ませた。テオは、今まで食べたこともないくらい、おいしいローストビーフに目からうろこが落ちていたし、レオナは、ワインを要求したが、もうないので倉庫に取りに走った。 ジュリはルナと、巨大なピザの一片を半分こにして、セシルはモロヘイヤ・スープのレシピを、リンファンに聞いた。 「シ、シシー、君、よく食べるね……」 テオが絶句して、となりの役員を見たが、シシーは両手にフォークとナイフを武器のようにたずさえ、ローストビーフとマッシュポテト、バター蒸しの魚を一気に口に入れて、リスみたいなほっぺたのまま、叫んだ。 「ほんはふはいへし、ひまふっへほはひゃや、へっはいほうはいふふ!!(こんなうまいメシ、食っておかなきゃ、絶対後悔する!)」 おら、食え! といわんばかりに、シシーは、さっきから優雅にワインとパスタを楽しんでいるテオの皿に、どでかいチキンを乗せてやった。むろん、自分の皿にもだ。 ツキヨとリンファンには、エマルがいっしょうけんめい取り分けたし、アンのためにオルティスが尽力したので、食いっぱぐれる人間はひとりもいなかった。 ピエトは最後のチキンを両手ににぎってデザートに突入したし、ネイシャも、まだ手持ちの皿にピザが二枚乗っかっていて、お腹をさすりながらも食べることをあきらめようとはしなかった。 ありあまった料理の皿は、みんなが口々に「もう食べられない」と言いだしたころに、キッチンのテーブルに押しやられた。 そして、代わりに大きなケーキが、テーブルに置かれた。 「アンとツキヨさん、エマルさんとリンさんが、宇宙船に乗れたことを祝して」 オルティスはそう言って、注文しておいた大きなケーキのろうそくに、火をともしていった。 (そしてマルセル、おまえに) オルティスは心の中だけでそういって、目を瞑った。 ケーキは、テーブルを半分も覆い尽くすほど大きくて四角いもので、五人の名が書かれたプレートが乗っている。 「キラとロイドの結婚式も、こういうケーキだったよね」 ルナとミシェルが目を輝かせてケーキを見つめたが、 「なんかこれ、墓石みたいじゃないか……」 エマルが苦い顔で呟いたのに、オルティスだけがどきりとし、みんなは笑いだした。 「エマルさん! 記念日のケーキは、高く積み上がった形のだけじゃないんだよ」 バーガスが苦笑し、 「まったく、そろそろ入らなきゃいけない人間を目の前にして、およしよ!」 ツキヨがエマルの尻っぺたを引っぱたいたので、さらに笑いがこだました。 「なんで、あたしはライオンなの……」 エマルは不思議な顔で、自分のプレートに描かれた動物を見ていた。エマルは欲しそうな目をしていたピエトにそれをやり、リンファンのプレートを見て、「あんたのはペンギンだ。可愛いね」とうらやましそうな目をした。 ちなみに、プレートに着くマスコットは、ルナが選んだ。 ツキヨはもちろん、月の形のお菓子がくっついていて――バラのお菓子がついたアンのそれは、ジュリとネイシャが「キレーイ!」と見つめた。 「ネイシャ! それはアンさんのよ」 困り顔で言うセシル。 「バラはネイシャちゃんにあげましょうね」 アンは優しい目で、ネイシャにプレートをあげた。 「いいの? ありがとう!」 「じゃ、あたしのお月さまは、ジュリちゃんにあげようかね」 ネイシャとジュリは、それぞれ、お菓子の付いたプレートをもらって満足げだ。 「オルティ、わたし、マルセルのをもらっていい?」 「あ、ああ! もちろんだ」 アンは、じっとマルセルの名がついたチョコプレートを見つめた。もしかしたら、アンはマルセルの不幸を悟ってしまったのではないか。オルティスはプレートを付けるなんてよけいな真似をしたことを後悔したが、アンは、隣のオルティスにだけ聞こえる声で、ぼそりと言った。 「……オルティ、今度は、マルセルを宇宙船に乗せてあげましょうね」 「アン」 「わたし、もう一度、マルセルに会いたいから――生きるわ」 オルティスはたまらなくなって、目を覆った。 「“可愛いオルティ、子ワニのオルティ”……」 アンの唇から、陽気なメロディーが流れた。「バラ色の蝶々」のアルバムには入っていない、皆がはじめて聞く曲だった。 アンは、オルティスの肩を撫ぜながら、ゆったりとしたメロディーを紡ぐ。 「“お口のおおきな、子ワニのオルティ”、“子ザルみたいにやんちゃなマルセル”に、“ゾウもびっくり、食いしん坊のサラ”、“タカのようにかしこいガラ”に、“子リスみたいにお茶目なビル”……♪」 ずいぶん明るい歌だった。場を盛り上げるためにあるかのような歌は、皆の心を和ませ、――震わせた。 にぎやかだった食卓は、急にしずけさに包まれた。 その声は、だれをも聞き入らせた。 「“みんな可愛い、わたしの子”……♪」 オルティスの嗚咽をかくすように、アンは歌いつづけた。 |