百六十話 うさこたん・プラス



 

ルナは目をしょぼしょぼさせながら、四時に起きた。

うさこと話してから、ギンギラに目がさえて、まったく眠れなくなってしまったのだ。――いや、寝るには寝た。寝たというか、一時間ほど、意識を失った。

目覚めが悪いというのは、そのあいだに、リハビリが実行されたからだ。

「ジャータカの黒ウサギ」が夢枕に現れ、「リハビリ ] 開始」と声がして、ルナはまた前世の夢を見た。

 

ルナは、“ルチアーノ”という名の、陽気で歌が大好きな、あかるい小男だった。

自分の身体のようにちいさいが、街でも人気の、客が絶えないレストランを経営していた。

妻とは死別していて、ひとり息子がいた。息子はグレンだった。アズラエルが幼馴染みで、隣町の大きなレストランのシェフだった。

ルチアーノの腕を聞きつけたセルゲイが、自身の経営するレストランのシェフにならないかという話を持ってくる。セルゲイは、あちこちに大きなレストランを開業していた。 

ルチアーノは、店を切り盛りするのに忙しくて、息子をあまりかまってやれないことを悲しんでいた。息子のグレンは、父親のために家事をして、あまり遊びに行くこともない。

おおきなレストランへ行けばシェフの仕事だけすればいいので、休みは今より、格段に多くなる。

ルチアーノは惜しまれながらも店をたたみ、都会へ出た。給料もよく、休みも多くくれるというセルゲイの店を選んだ。

 

ルナの嫌な予感は的中した。

それからいろいろ、悶着があって、ルチアーノは殺されてしまった。

 

(パターンが同じです)

また、アズに殺された、とルナは座った目で起きた。

セルゲイも、ルチアーノを気に入ったのか、仕事でもプライベートでも縛ろうとし、レストランをひとつ与えるというのを断ったら、クビになりかけた。セルゲイの家の専用シェフにされるところを、慌てて、アズラエルのところに逃げ込んだら、みごと殺された。

アズラエルの店は、セルゲイの店との競争に敗れてつぶれ、アズラエルはセルゲイの店に勤めないと、どこにも勤め先がなくなるように、手を回されていた。

ルチアーノはそんなときにアズラエルのところに逃げ込んで、「俺と死んでくれ」などと言われたのだ。心中さわぎになるところが、ルチアーノだけ死んだ、というわけ。

 

(どうして、あそこで、アズの家なんかに……)

ルナはルチアーノを――自分の前世を責めた。行けば殺されるのが分かっていたはずだ――でも、それは前世の夢を何回も見たルナだからわかるのであって、ルチアーノとして生きていた時代は、わかるわけもない。

13歳の思春期に父親を亡くしたグレンは、苦労しただろう。おまけに、グレンに父ルチアーノの面影を見たセルゲイに、ことあるごとに悩まされる。

またも彼に、“父親に振り回される”生涯を歩ませてしまった。

 

 「……」

寝不足も加えて、目覚めは最悪だった。

ルナはうんざり顔で起き上がろうとした。だが、まだ目覚めていないのか、身体が動かない。

いつものリハビリと違ったのはそのあとだった。

見覚えのある古時計が――あれはたしか、椿の宿の、櫟の部屋にある古時計だ。

ルナが初めてあそこに泊まったとき、アズラエルやグレン、セルゲイの過去を見せてくれた、古時計。

あの時計が、ボーン、ボーン、と鳴った。

「リハビリ ] ルチアーノ、終了」

うさこの声がした。

ぱっと月を眺める子ウサギがルナの前に現れ、「うさこたん+(プラス)」と、ルナの鼻っ柱を、もふもふの手で、ちょい、とさわった。

 

ルナは四時に目覚めて、あとはさっぱり眠れなくなった。しかたなく起き――前世の夢を見て、アズラエルに殺された場合は、アズラエルに頭突きをして溜飲を下げるのだが、今日はヤツもいない。

ルナは怒りのやりどころがなくて、もやもやした。

もしょもしょとふてくされながら起き、着替え、洗面所へ行き、顔を洗い、キッチンに入った。さすがに四時では、だれも起きていない。バーガスは昨夜アズラエルと一緒にマタドール・カフェに行って帰ってこないし、朝食係は、ルナとセシルだろう。もしかしたら、ママが手伝ってくれるかもしれない。

ルナは、キッチンにいつも置いてある、自分のエプロンを手に取った。

「?」

エプロンの紐を結ぶと、急に気分が切り替わった。

(さあ。ルナ、行きますよォ!)

自分の中から、だれかの声がした。ルナはその、ハイテンションな声が、“ルチアーノ”だと、すぐ気づいた。

ルチアーノはダンスみたいなステップを踏んで、自身の舞台であるキッチンに躍り出た。

 

 

 

「ルナちゃん、どうしたんだい、コレ」

ルナの次に起きて来たエマルとリンファンが、びっくりして食卓を見つめた。

「ルナ、あなたがつくったの」

「うひっ♪」

ルナのうさ耳がぴょこたんと揺れた。

 

テーブルには、昨夜の残りのローストビーフとグリーンサラダを巻いたトルティーヤと、昨日のトマト・スープを辛めにしたもの、はちみつを混ぜたヨーグルト・ドリンクが、ランチョンマットの上に、きれいに並んでいた。

「こりゃ、あたしの好物ばかりだ」

リンファンの前にはバターとはちみつたっぷりの厚切りトースト、ゆでたまごとサラダ、コーヒーがそろえられた。

ピッチャーに入ったレモン入りのミネラルウォーターが、グラスになみなみと注がれる。

「どこかのレストランみたいだねえ」

「……」

エマルもリンファンも、感激と戸惑いをごちゃまぜにした顔でルナを見たが、ルナは次の料理に取り掛かっていた。

「あったかいうちに食べて♪」

 

エマルが、トルティーヤのソースの絶品具合に目をカッと見開き、リンファンが、「いいバターねえ♪ ルナ、はちみつ足したいんだけど」と甘党ぶりを見せつけている間に、ツキヨとアンドレア、セシルとネイシャ、そしてレオナが起きて来た。

チロルはまだ寝ているらしい。

彼らの食事も、すぐさま目の前にならんだ。

――まるで、レストランの予約席に、たちどころに料理が並ぶように。

 

ツキヨのまえには、エマルと同じものを――トマト・スープとモロヘイヤ・スープをチェンジして。

セシルとネイシャのまえには、イチゴとキウイ、生クリームをたっぷりはさんだサフルーツ・サンドイッチ、バジルとチーズ入りのオムレツ、ざくろジュース。

レオナのまえにはあたたかいトマトとチーズのリゾット、コーヒーと甘いオムレツ。

アンドレアのまえには、ハムエッグとひとかけらのチーズ、クロワッサン、ニンジンとリンゴ、バナナのスムージーが乗ったすくなめのワンプレートを。

ダージリンの紅茶に、メープル・シロップをひとさじ入れたものも添えられた。

 

セシルとネイシャは、このフルーツ・サンドを雑誌で見て、「食べたいなあ」と言っていたことを思い出した。

「あたしの好物ばっかりじゃないか!」

ツキヨはエマルと同じことを言って、いそいそと食卓に着いたが、アンドレアは不思議そうな目でプレートを見つめた。

「……わたしが食べていた朝食を、どうしてルナちゃんが」

アンドレアの前に置かれた朝食は、彼女がかつて軍事惑星にいたころ、毎朝取っていた朝食と、そっくりそのまま、同じだった。

子どもたちを引き取るまえ、歌手活動をしていた時期、毎朝ホテルでだされていたメニューで、オルティスだって知らないはずだ。

 

しばらく、ぼうぜんと皿を見つめていたアンドレアだったが、

「冷めないうちに、食べましょうよ」

ツキヨに促されて、紅茶をひとくち、飲んだ。――そのとたん、力がみなぎるような気がした。

歌手として生きていた時代の、わかい息吹が、身体の奥底からよみがえってくる感じがした。

そう感じたのは、アンドレアだけではなかった。

「うまい朝めしだ。元気が出るよ!」

「なんだか――うまくいえないけど――ニンニクを丸飲みしてる感じがする?」

首をかしげながらも、率直なレオナの言葉に、食卓の女たちは笑った。朝から盛大に、笑った。ネイシャは涙を流して笑っていた。

アンドレアも、ひさしぶりに、声を上げて笑った。

 

 “ルチアーノ”の快進撃はつづいた。

エーリヒとセルゲイには、うすくカリカリのトーストを数枚と、サラミとハム、チーズ、白ワインとバターで蒸した魚、コーヒー。

「……君のカオスには、たまに絶句するよ」

エーリヒは無表情ではあるが、「こんな朝食はひさしぶりだ」と満足げに、ほのかなバターの香りをかいだ。

「ルナちゃん、この魚、ものすごくおいしい」

セルゲイも、目を見張るほど、魚はふっくらとやわらかく蒸されていた。

グレンには、グレンのゲンコツみたいな固い丸パンと、目玉焼きにソーセージがたっぷり、温野菜に、コーヒー、ヨーグルト。

あきらかに卵より、ソーセージが幅を利かせている皿に、グレンは嬉しそうだった。

 

クラウドと、ミシェルとジュリには、和食が並んだ。

ほかほかごはんにお味噌汁、サケの切り身に出し巻卵、海苔に小松菜のお浸しに、明太子。

「ルナちゃん、愛してるううううっ!!」

「ンおいしいいい!!」

ひさしぶりの和朝食に、ジュリとミシェルは感動の涙を流した。最近は外出が多かったし、パーティーの連続で、和食はまったく口にしていなかったらしい。

「明太子と白米があれば、生きていける」

クラウドは真面目くさった顔で言った。

 

「……これ、食っていいの!?」

ピエトは、バターとメイプルシロップたっぷりのホットケーキタワーを、興奮状態で見つめた。シナモンとはちみつ入りのホットミルク、そして果物が添えられた、ホットケーキプレートを。

「今日だけね」

ルナは腰に手を当てて厳しく言い聞かせたが、ピエトはルナの話が終わるまえにフォークをホットケーキに突き刺していた。

 

 



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