朝食を終えたあとのみんなは、なんだかエネルギーに満ち溢れている気が、ルナにはした。

「へんな感じ。朝、温泉に入ったからかもねえ。しわがなくなった気がする」

ツキヨもしきりに鏡を見ていた。アンドレアも同じ気分のようで、すごく満ち足りた顔をしているのだった。

「今なら、アダムも投げ飛ばせる気がするよ!」

とエマルも気力に満ちた顔で腕まくりをした。震えあがった男たちをしり目に。ルナもルチアーノも、ちょびっとだけ、よけいなことをしてしまった気がした。

 

ピエトとネイシャを学校へ送り出し、すっかり片付けが終わったダイニング・キッチンで、ルナはひとり、明太子とごはんとお味噌汁を並べて、もふもふと朝食を食べていた。

(明太子があれば、生きていける……!)

ルナは確信した。

二杯目に突入しようとしたところで、ルナはふと、自分の手のひらを見た。

 

(まるで、別人でした)

今日の食事は、ルナが作ったけれど、ルナではない。あれは“ルチアーノ”だった。陽気なイタリア人シェフ。

つくりかけのピザのドゥがキッチンにある。ピザまでつくりだそうとしたので、あわててルナは止めた。ルチアーノは残念そうな顔をしたが、役目が終わったことを悟ったのか、陽気な歌を歌って、ルナにバイバイをして、消えた。

 

(きのううさこが来てから、なにかが起こっています)

ルナはひとり、うなずいた。

考えごとをしながらお味噌汁を啜っていたら、月を眺める子ウサギが食卓の上に座っていたので、ルナはみそ汁を噴くところだった。

 

「うさこ!」

『おはよう、ルナ』

「おはようございます」

ルナは礼儀正しくお辞儀をした。

『……明太子は、○○が美味しいわよね』

うさこはぽつりと言った。有名な水産メーカーの明太子の商品名だった。

「うさこ、くわしいね……」

ルナははっとした。

「うさこ、もしかして、明太子が好き!?」

ルナも大好きだから、うさこも好きかと思ったのだが。

『明太子は、ピンク色よ』

こたえになっていない答えがかえってきた。ルナは最後の明太子をごはんに乗っけて食べた。

 

『話は変わるけど』

うさこは相変わらずマイペースだった。

『今日のあれは、“ルチアーノ”だけじゃないのよ』

「え?」

『イシュメルもいたのよ? 気づかなかった?』

「え? え!?」

気がつかなかった。

『みんな、若返ったようだと口々に言っていたでしょう? あれは、イシュメルが、料理に“よみがえりの魔法”を混ぜたの。だからみんな、元気になったでしょう?』

「……!?」

ルナは、絶句した。

 

『うさこたん・プラス』

月を眺める子ウサギは、ルナの鼻っ柱をもふっとやった。夢の中でされたおまじないだ。

『あなたの前世をコントロールし、自由に能力を発揮させるのはわたし。あなたの前世ばかりじゃどうにもならないの。わたしという“うさこ”を足してやらなきゃね』

ルナは、鼻の頭をこすった。

「……もしかして、みんなの好きなものを知っていたのは、うさこ?」

ルナは聞いた。

 「そうよ」

 月を眺める子ウサギは、うなずいた。

 

 “ルチアーノ”が、プロ並みの料理をつくっただけではない、イシュメルが、よみがえりの魔法をかけてくれただけではない――ルナは、思いつくままにつくったが、どれもがみんなの好物だったり、食べたがっていたものだったり、かつての食卓に上がっていたものだった。

 母親が、バターとはちみつたっぷりの厚切りトーストが好きなのは知っているし、セシル親子も甘党だし、ピエトがホットケーキを食べたいと、このあいだからうるさかったのは、ルナも知っている。

だが、みんなの好物を、ルナはすべて知っているわけではない。

 ましてや、アンドレアが取っていた朝食や、エーリヒが取っていた朝食の内容など知る由もない。

 おまけに、ルナだったら、クラウドの朝食は、エーリヒと同じにしているかもしれなかった。だが、クラウドが求めていた朝食は、和食だった。

 (――クラウドはパンとコーヒーだって言ってたけど)

 クラウドが幼いころから食べていた朝食は、パンとコーヒーだったが、ミシェルと暮らすようになって、和食が好きになったのか、――そういえば、最近は、クラウドは和食にばかり手を付ける。

 (……)

 ルチアーノも、イシュメルも、みんなの好物は知らないはずだ。

 イシュメルはその気になれば知ることはできるかもしれないが、それ以前の問題がある。昨夜のパーティーで、あらかた材料はつかい切ったはずなのに、調理につかう食材が、すべてのこっていたことも不思議だった。

 

(まるで、この宇宙船と同じ)

かつてサルーディーバは、この宇宙船はなにもかもがそろうといった。欲しがっているものが、求めているものが、必要としているものが、すべてそろう、と。

 

ルナは、ごくりと息をのんだ。

『あなたの原点はわたし――原始の自分と、いっしょになろうっていう意味は、わかった?』

「う、うん――?」

『あなたとわたしがいっしょになれば、あらゆる前世をよみがえらせ、なんでもできるようになる』

「……」

月を眺める子ウサギは、ルナの考えを読んだかのように言った。

『そうよ、ルナ。ほんとは、あなたにできないことなんて、ない』

「……!」

『あなたには、歌手の前世も、シェフの前世も、学者の前世だってある。娼婦だったことも、スパイだったことも、軍人だったことも、』

うさこは、ちょっと首をかしげて言った。

『忍者だったことも、あるかもしれないわね?』

 

ルナは、今日の出来事が、どうして起こったのかわかった。

うさこは微笑んだ。

 

『あなたは、ほんとうは、この屋敷にいるすべての人間と、同じことができるのよ』

「ふえ!?」

『よく考えてね、わたしとともにあるということを』

「……」

ルナが言葉を失っているあいだに、ウサギは消えた。

 

「……」

「ルゥ、いまごろメシ食ってんのか」

アズラエルが帰ってきた。ルナの目が、たちどころに座った。アズラエルは嫌な予感がし、かまえたが――気づいたときには、ルナの姿が食卓から失せていた。

「……!」

一撃目は交わしたが、ルナは忍者にでもなったように、身動きが素早かった。

ズドン。

「ぐおっ!!」

アズラエルはついに、背中への頭突きを食らった。

背中をおさえて悶絶しているアズラエルを見てクラウドが笑ったが、彼も今日は、ルナの頭突きを食らった。

なんでも、「セルゲイのレストランの顧問税理士で、アズラエルの店をつぶすのに、一役買った」らしい。

「不条理だ……!」

クラウドとアズラエルのうめきは、黒幕であるセルゲイに向かったが、なぜかセルゲイは頭突きを食らっていなかった。

「なんでおまえは食らわねえんだ!」

「ルナちゃん、こいつが黒幕だろ!」

「?????」

セルゲイの頭には、クエスチョンマークが数個、ならぶだけだった。

 

 



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