「ルナ、泣きすぎ」

ルナはすでに持ち合わせのタオルハンカチがぐしょぐしょで、リサが仕方なく、自分のハンカチを貸した。

「らってっ、らってっ、レイチェルがっ、行っちゃったっ……!」

ルナ自身も、レイチェルたちが去ってしまった衝撃が、かなりおおきいことに驚いてもいた。涙が止まらないのだ。

「……ルナの気持ち、わかるよ」

リサも、しおれ顔でリズンのカフェテラスのテーブルに、頬杖をついた。

「だって、この宇宙船に乗って、いちばんはじめにできた友達だもんね」

 

「あたしの赤ちゃんを見てから、降りてほしかったな」

キラはそろそろ出産時期を迎えていて、おおきなおなかを抱えていた。

「……ホントよ。……っていうか、あの子たちが降りるなんて信じられない」

リサは嘆息し、

「かならずいっしょに、地球に行こうって、最初にパーティーした日に、約束したじゃない……」

「ルナはホント、レイチェルと仲良かったもんね」

キラが、泣き止まないルナを見てぼやいた。

 

ルナは、レイチェルと学生時代に会っていたらどれだけ幸せだったかな、と考えたこともあった。いつもぼんやりしているし、動作も鈍いルナは、いじめられたこともあるし、友達も少なかった。

レイチェルは、ルナをまるごと認めてくれた、数少ないひとりであったかもしれない。

彼女と一緒にいるのは、すごく居心地がよかった。

 

「……いやマジで、あたしもヘコむわ」

ミシェルもアイスコーヒーのストローを口に突っ込んだまま、ぼんやりと言った。

軍事惑星のことや、アストロスの武神の儀式やら、セシルの呪い、カレンの暗殺騒ぎに、地獄の審判――。

数々のおおごとを乗り越えてきたなかで、レイチェルたちの存在は、ルナとミシェルが日常にもどることができるスイッチみたいなものだった。

彼らとくだらないことを話して笑い、買い物をし、カフェでお茶をする。

そのことにどれだけ癒され、救われていたかしれない。

 

――その四人は、もう、いない。

 

キラの出産予定日をあらためて聞き、そのときにもう一度会おうと約束して、ロイドがキラを迎えに来たのをタイミングに、四人は解散した。今日はリサも、すこし元気がなかった。

リサとキラと別れて、屋敷にもどったルナとミシェルは、なんとなくテンションも低迷したまま、自室のベッドに寝そべった。

ルナは完全に泣きはらした顔でベッドにうずくまっていた。今日はふて寝するのだと誓ったルナの耳に、呼び出しの音が聞こえた。

インターフォンが鳴ったのだ。

「今日は出ないぞ」

顔もすごいし。

かたくなにそう誓ったルナだったが、だれも出る様子がない。もういちど、インターフォンが鳴った。ルナは仕方なく立ち上がり、「はいはーい!」とインターフォンに向かって返事をして、ひろい屋敷をぺぺぺと走った。

全速力で駆け抜け――息を切らせながらドアを開けた。

 

「はいはいっ!」

「こんにちは」

 

ルナは一瞬、だれかと思った。派手な百合の模様がついた着物を着た、うつくしい女性――椿の宿の女将の、マヒロだった。

「マヒロさん!?」

マヒロは、にこりと笑んだ。おおきな風呂敷包みをたずさえて。

「お久しゅうございます」

 

ルナはすっかり、自分の顔の大惨事をわすれて、女将をリビングに通した。

「おかまいなく――素敵なお屋敷ですわねえ」

たかい天上にある、豪奢なシャンデリアをながめて、マヒロは感嘆したように言った。ルナの顔のことはなにも言わなかった。

「K08区のお屋敷にも勝るとも劣らない、素敵なインテリアですわ」

 

「あれ? もしかして、マヒロさん?」

ミシェルが、三階から顔を出していた。書斎からクラウドとエーリヒも出てくる。ルナはぷんすかした。

「いるなら出てくれればいいのに!」

三階から降りてくるの大変なんだよ! とルナは一階の書斎にいたふたりを責めた。

「ごめん。ちょっと話に夢中で」

「ただいま、おや、お客さん?」

バーガスとアズラエルが、買い物袋を引っ提げて帰ってきた。

「あんた、たしか――」

「ご無沙汰しております。椿の宿の女将、マヒロと申します」

マヒロはソファから立ち上がって、うやうやしく礼をした。

「いったいどうしたんだ」

「ええ。今日は、ルナさんに、ご用が」

「あたし?」

ルナは自分を指さした。

「ルナちゃん、俺がコーヒー淹れてきてやるよ、座ってな」

「ありがとう、バーガスさん」

 

ルナはマヒロの向かいに座った。マヒロはさっそく、手にしていた風呂敷包みをひらいた。

そのなかにあったものは。

 

「これ――もしかして、櫟の部屋にあった、時計?」

「そうです」

マヒロが持ってきたものは、もはや時計としては機能していない、アンティークの古時計だった。

ルナがかつて、椿の宿に泊まり、アズラエルやグレンの夢を見続けたときに、案内役ともなった、あの古時計。

針こそ動いていなかったが、きちんと手入れされ、念入りに磨かれた木目は、あめ色に輝いている。

 

「じつは、先日の“地獄の審判”の折りに、本社のほうから補助金が出まして」

マヒロは説明した。

「うちの宿はとくに被害はなかったのですけれども、補助金をいただけたので、古びた個所や、まえまえから気になっていたところをリフォームいたしまして――また今度、いらしてくださいな――櫟の部屋と、花桃の部屋をいっしょにして、大人数が泊まれるようにしたんです」

「大人数!」

「ええ。月兎の部屋として、リニューアルを」

「月兎!」

会合などで、ぜひお使いください、とマヒロはアピールも忘れなかった。

 

「それで、リフォームに際して、この時計もそろそろ処分しようと思っていたのですが、イシュマール様が、ルナさんに差し上げたらどうか、と」

「え? おじいちゃんが?」

マヒロはうなずいた。

「ええ――この時計は、ネジを巻けば、ふつうの時計として、動きますわ。でも、ルナさんはご存知でしょうが――この時計は、その、」

「はい――ふつうじゃないです――」

ルナがアズラエルたちの過去を見た夢に関わっていたのは、この時計だ。ふつうの時計ではないことは、ルナも分かっている。

 



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