「こちらをごらんください」 マヒロは、白魚のような美しい手で、時計をていねいにひっくり返した。 「ルーシー・L……ウィルキンソン寄贈……!?」 ルナはついに叫んだ。時計の裏側には、ルーシーの名が刻んであったからだ。ルナの叫びを聞いた、クラウドとエーリヒとミシェルが、後ろから覗き込んだ。 「椿の宿自体が、ルーシーさんの会社がおつくりになった物件です」 「そうなの!?」 「はい。この古時計は、椿の宿創業当時からある、貴重な品物です。ですが、リニューアルした部屋にはどうもそぐわなくて……でも、処分するにはもったいなくて、真砂名神社にお納めしようとおもいましたら、イシュマール様がそうおっしゃられて」 「……」 ルナは、「ルーシー・L・ウィルキンソン寄贈」の文字を凝視した。目に焼き付けるほどに。 「いきなりこんなものを押し付けられて、ご迷惑かもしれませんが、よろしかったら――」 マヒロが苦笑気味にそういうのに、ルナは、 「ありがとうございます! 大切にします!」 と言って、もらうことにした。 マヒロは、アズラエルが焼いたパウンドケーキとコーヒーを喫しながら一時間ほど談笑して、帰っていった。 「椿の宿の女子会プラン、二名様から〜」と書かれた、刷り上がったばかりのチラシも置いて。 ルナはマヒロが帰ったあと、自室に時計を飾ろうとしたが、どうもしっくりこない。 なので、リビングに持ってきた。 リビングの暖炉近くのサイドボードのうえに置いたら、すごく雰囲気がよくなった。 ルナがにへら、と笑うと、 「ふむ――悪くはないな」 エーリヒも満足げにうなずいていた。 「ちょっと見せてみろ」 アズラエルが工具の箱を持ち出して、時計を膝の上に乗せ、いじりはじめた。――数分後、時計から、チクタク、チクタク、と音が。 「うごいた!」 時計はほかの時計と変わらず、ふたつの針をうごかしている。ちょうど三時を指し、ボーン、ボーン、ボーンと、三回鳴った。 「夜中には、ならないからだいじょうぶだ」 「クラシカルでいいね」 「あじわいがある」 クラウドとバーガスも覗きに来て、あたらしいインテリアに、満足げだ。 翌日のことである。 「ルウシィ!!!」 みんなは一瞬、なにが起こったか分からなかった。玄関ドアから、ララが飛び込んできたからだ。ララの後に、のほほん顔のセルゲイが遅れて入ってくる。玄関を開けたのは彼か――セルゲイは、ちょっと離れたコンビニエンスストアに行ってきた帰りだった。 ララは広いリビングを、ぐるりと見渡して、暖炉そばにルナとミシェルを見つけ――満面の笑みを見せた。 「ルーシー! ミシェルっ!!」 子ネコと子ウサギを抱きかかえたララの腕のなかで、「むぎゅっ」という断末魔の悲鳴が聞こえた。 「でかけよう! 見せたいものがある!」 子ネコと子ウサギを両脇に抱え上げ、出て行こうとするララに、男たちのツッコミが被さった。 「ちょォ待てコラァ!!!」 ――数分後である。 ララがルナにプレゼントした「ノーチェ555」という車に、定員オーバーの五人が乗って、そのうしろを、セルゲイの運転するワンボックスカーが追いかけるという、意味不明な状況と化していた。 「どこに行くのだね」 「さあ……」 セルゲイの車には、エーリヒが乗っている。 ノーチェ555はアズラエルが運転し、助手席にはクラウド、後部座席には、小動物を両手に抱えてふんぞりかえっているララがいるはずだった。 なぜか車は、K38区内を一周し、屋敷に帰ってきた。 「……なんなんだね」 「……」 セルゲイも返答のしようがなかった。屋敷まえに停まったノーチェ555からルナたちが出てくる。アズラエルが車を車庫に入れていた。 「もしかして、乗ってみたいだけだったのかも」 セルゲイの意見は当たっていた。ララがルナたちを連れてシャイン・システムに入ろうとしているので、セルゲイとエーリヒはあわててあとを追った。 「どうだい、あれの乗り心地は」 「意外と広かったね、内装」 軽自動車ほどのおおきさなのに、なかは広かった――ミシェルはそう言った。 「車のなかが、イチゴの匂いがしました!」 ルナの言うことはほんとうだった。ララからプレゼントされて相当経つのに、車内はまだ、ストロベリーフレーバーであふれていた。ルナたちは喜んでいたが、アズラエルは吐きそうな顔だ。 「気に入ってくれてなによりだよ♪」 ララは上機嫌だった。ミシェルに送った絵画も、あのリビングに飾られていたことだし。 「約一名、ジャマなやつがいるけど」 ララはエーリヒをにらんだが、まったくかまわないエーリヒは、「どこへ行くのかね」としつこく聞いた。 「おまえには関係ないよ」 シャイン・システムの扉が開いた場所は――なんとK33区役所のロビーだった。 ララのことだから、セレブの巣窟である西地区のほうに出ると思っていたが。 ルナもミシェルもあっけにとられて、区役所内に、一歩、踏み出した。 「さあ、行くよ」 「お待ちしておりました、ララ様」 原住民の区画でありながら、案内役として先頭に立ったのは、スーツ姿の役員だ。ルナたちは、彼の案内にしたがって、区役所を出、馬車に乗り込んだ。 「すまないね。ちょっと揺れるけど、我慢しておくれ。ここは、自動車禁止なんだよ」 ララはそう言ったが、ルナたちはこの馬車に乗ったことがあった。セシルたち親子の呪いを解くときに、この馬車に乗って中央広場に向かった。 |