フライヤは、このことばかりは、事前に告げられてはいなかった。一瞬何を言われたのか分からなくて呆けたが、すぐ、その言葉の重要さに気づいた。

 フライヤだけではない――全員のあいだに緊張が走った。

 「ミラ様、それは――」

サスペンサー大佐は、冷や汗を拭きながら、止めようとした。

 

 フライヤが“ウィルキンソン”ではなく、“メルフェスカ”の名で総司令官になる――それがどんなことかは、ここにいるだれもが承知していた。

 総司令官になるということは、フライヤの階級は大佐まで、最低昇格しなければならない。

 フライヤに、傭兵の名で、大佐になれと言っているのである。

 

 「――危険すぎます」

 サンディが、やっとの思いで言った。

サンディもサスペンサーもバスコーレンも、けっして差別の意志があって反対しているのではなかった。

 フライヤがここまで無事にこられたのも、“ウィルキンソン”の名に守られていたからだといってもいい。とんでもない昇格も、手柄も、フライヤが嫉妬の風当たりをほとんど受けずに来たのは、フライヤが「名家、ウィルキンソン」の家の者だったからだ。

 彼女が「傭兵」だということを明るみに出せば、どこから攻撃が加えられるか分からない。

 サスペンサーたちは、フライヤに潰れてほしくはなかった。

 

 「俺は賛成です」

 無言のアイリーン以外は、みな反対するなかで、スタークだけが、賛成の意をしめした。

 「フライヤ少佐には――いや、大佐には、傭兵から出た、はじめての大佐になってほしい!」

 

 「バカを言え! 貴様、それがどれほど危険なことか分かっているのか!」

 サンディが激高した。

 「でも、メルフェスカの名を出すだけです。べつに傭兵だと言ってまわるわけじゃない。フライヤ大佐は、旧姓で、大佐になるだけです!」

 スタークの言葉に、将校たちはぐっと詰まった。

 「黙ってても、知られちまうときは来るかもしれない。俺だって、ガキの頃はいろいろあったから、神経質になるのもわかるけど、――この作戦が成功したら、フライヤのことを傭兵出身だからなんだとか、言う奴はいなくなるとおもう」

 「……」

 スターク中尉の出自を、ここにいる者はだいたい、知っている。彼はユキトの孫だ。それゆえ受けてきた迫害は、彼自身がいちばんよく知っている。

 

 「スターク中尉、フライヤ“少佐”だ」

 「すんません!!」

 おもわずフライヤを呼び捨てにしたのをサスペンサーにたしなめられたスタークだったが、まだ鼻息は荒かった。

 「スターク中尉の気持ちも分かる。だが、いまはたいせつなときだ」

 サスペンサーは、フライヤの肩に、そのはちきれそうな手のひらを置いた。

 「危険を増やすのはよせ。ご辞退申し上げろ」

 なだめるように言ったが、フライヤは、目にいっぱい涙をためて、言った。

 

 「う、――受けます」

 「――!?」

 

 大佐たちは絶句したし、アイリーンは黙って、フライヤを見た。

 しかし、反対派の誰もが口をつぐむことになったのは――勇気ある言葉に反して――フライヤの身体が、カタカタと、震えていたからだった。

 

 「受けます。わたし――わたし、怖いけど――」

 フライヤは怖さのあまり、ぼろぼろ泣いていた。その有り様に、ミラもあっけにとられた。

 「わたしもう――逃げたくないんです」

 

 志半ばで死んだシンシアのためにも。フライヤをいつでも守ってくれた、ホワイト・ラビットの仲間のためにも。

 フライヤは、皆の言葉が素通りしていくほど、ずっと考えた。考えていた。

 

 「きっ、きっ、きっ――と、い、い、つか、あたしは、シ、シンシアの、親友だったって――ほ、誇りを持って、いえ、言えるように、い、言えるように――」

 

 しゃくりあげ、全身をガタガタと揺らしながらフライヤは、それでも言いつのり――ミラは、苦笑してフライヤの背を撫でた。

 「……怖いか」

 「――ふごっ! こっ、こわ、怖いです……っ! ものすごく怖いです!!」

 へんなしゃくり声をあげ、涙でぐしゃぐしゃの顔でそう主張したフライヤに、ついに三将校も大笑いした。ソヨンも苦笑いし、アイリーンの補佐ふたりも、笑いを止められない顔でそっぽを向いている。

 

 「フライヤ――貴様は偉大だ」

 サンディが、呆れかえった顔で苦笑した。

 「情けないが――偉大なやつだ」

 

「心配ないッス! フライヤは俺が守ります!!」

噴火しそうな鼻息でそう言い切ったスタークに、サスペンサーはあらためて「スターク、少佐をつけろ」とたしなめたが、「大佐、でもいいか」と言い直した。

 「フライヤが傭兵の名で向かおうが、将校の名で向かおうが、死しても生きても、名は残る」

 サスペンサーも、その巨大な腹を据えた。

「フライヤにその覚悟があるなら、それもかまわんだろう」

「――貴様が持つ不思議な“ラッキー”に、賭けてみるしかないな」

 「そうですな。傭兵だとか、将校だとか、些末なことです。――生きて帰れることのほうが、可能性は低いのですから」

 サンディはやっと笑みを見せ、このなかで、ゆいいつの生粋の男性であるバスコーレン大佐もうなずいた。

 「では、皆――よいのだな」

 「はっ! フライヤともども、必ずやメルヴァの軍を掃討してみせます!」

 サスペンサーは舌を噛みかねないフライヤの代わりにそう言って、敬礼した。

 

「では、あらためて、フライヤ・G“メルフェスカ”大佐――」

ミラは、フライヤの手に、マッケラン家の紋章が彫られた銃剣をわたした。この銃剣を手にするものは、まさしく、ミラの代理である。

 すべての決定権が、フライヤに委ねられたのだ。

 「メルヴァ討伐総司令官に、任ずる」

 「ひゃいっ!」

 フライヤは、ガチガチ震える手で銃剣を――裏返った声で、勅命を受けた。

 

 

 会議室を出たあと、アイリーンは、心配を押し込めた表情でフライヤの両肩に手を置いた。

 「フライヤ、僕は、アストロスには行けない」

 フライヤも、すでにそれを知っていた。アイリーンはL20に待機して、そなえねばならないことがある。

 「そばにいてやれないのが、心配でならないけど、フライヤ――」

 「だいじょうぶ、アイリーン。きっと、無事に戻ってくるわ」

 二人は誓った。すべてが終わったら、かならず真っ先に、あの“穴倉”でお茶会をする、と。

 「まだ震えてるけど、ほんとにだいじょうぶかい?」

 アイリーンは苦笑して、フライヤの肩を撫でさすった。

 「正直、ちょっとちびった……」

 フライヤが半泣きで言い、アイリーンは「ブホォっ!」と噴いた。側近二名は、その様子を全身でかくし、隊長の威厳が損なわれることを、断固として阻止した。

 「今のは、わたしの屁です!」

 金髪のエマは、身をもって隊長の威厳を守った。

 

 



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