「それとは、すこし意味合いがちがうのだ、ミラ」 エルドリウスは、笑った。 「ママとは? 母親だ――息子のためになら、なんでもしてしまう母親だ。ミラ、母である君の方が、わたしより母親の気持ちは分かるとおもうが。ピーターの秘書陣のおそるべき力は、おそらく母親の力なのだよ」 「……」 ミラは、そうなのか、と思っただけだった。 だが、エルドリウスの次の言葉は、ミラにとっても意外なものだった。 「傭兵組織が、いちばん警戒しているのは、ピーターだよ」 「……なんだと?」 ミラは愕然とした。 「もはや傭兵組織は、ドーソンなど見てはいない。すでに次の手にかかっているのだ」 (次の手……?) ミラの背中を、冷や汗が流れ落ちた。 「世間も軍事惑星も、ドーソンの巻き添えを食らって、アーズガルドが半分の力に落ちたことを憐れんでいるが、――もともとそれは、ピーターの策略だったとしたら?」 「まさか!」 ミラは笑い――それが冗談にも思えなくて、真顔にもどった。 「ピーターは、自分の理解者である将校だけを残し、ドーソン派である半分を、自ら切ったのさ。家の力が半減することを承知で」 「……!?」 そうだとしたら、アミザ以上の思い切った行動だった。 「もはやアーズガルド家に、ピーターのジャマをする者はいないといっていい」 エルドリウスにしては、興奮していた。顔つきは変わっていないが頬は紅潮している。彼は酒を一口飲んで気を鎮めた。 「L18にもだ――今のドーソンは、もはや風前の灯火だよ。わたしはね、ミラ。L18はアーズガルドが台頭すると思っていた。ピーターが、急に動き出したのは、L18の支配に動くためだと思っていた――だがちがう。ピーターはドーソンの力が半減したL18を乗っ取りには動かなかった」 「なぜだ」 ミラにも理解しがたかった。――そうだ。今のL18は、おそらくアーズガルドが本気を出せば、ドーソンに代わって台頭できるだろう。 「そこが彼のしたたかなところだ。彼は、本拠地をL22にうつした。L18の、今の混乱を傍観しているわけではない。L22であらたなアーズガルドの足固めに精を出している。――不測の事態に備えて」 「不測の事態――とは」 ミラにはすっかり予想ができた。だが念のため、聞いた。 「ドーソンがいなくなって空白化したL18を、傭兵たちが乗っ取るときのために」 さすがにミラは、笑い飛ばせなくなった。 L20にとって、メルヴァの逮捕が最優先事項だから、その他のことは後回しになっているが、それらしきことは、アイリーンの口からすでに聞いていたからだ。 アイリーンは、“あの”エーリヒが、心理作戦部の機密書類をL20におくったことを、しきりに不審がっていた。 そして、彼女は気づいた。 今はアーズガルドが踏ん張ってL18を守っているが、L18にのこった傭兵グループがその気になれば、いつでも軍部を乗っとることができる状態にあると。 それを聞いたときミラは戦慄したが、さすがにそこまで手を回せる状態ではなかった。だからそちらのほうはL19に一任したが、 「それはだいじょうぶだ。ピーターが調整役になっている」 というオトゥールからの返事があった。 どのように交渉しているのか定かではないが、たしかにL18の傭兵グループは、静寂を保っている。 アーズガルドがL18の支配に乗り出していたら? 今度は、アーズガルドが「ドーソン」になってしまう。 傭兵の敵となるのだ。 ただでさえ、最近のドーソンの弱体化のせいで、いままで抑圧され続けた傭兵たちのあいだに、不穏な動きがひろまっている。 L18は、いちばん傭兵が多い。 白龍グループの大きなアジトも、メフラー商社も、ヤマトの分社も、L18にある。 もし、傭兵たちが「ドーソン」の代わりとなったアーズガルドをつぶしにかかったらひとたまりもない。 そうなったら、ロナウドとマッケランが、傭兵たちのせん滅に動く。 ――結果、軍事惑星群が戦場と化す。 ミラはぞっとして、体温が下がった。 ピーターは、そこまで見据え、L18を「空白化」しているのだ。 傭兵たちを刺激しないように――。 「ピーターはL22で足固めしながら、L18の混乱を、最低ラインで押さえている。そして、“将校擁護派”の傭兵たちをかきあつめ、軍事惑星全土のバランスを保とうと尽力している。――あの若さで、これだけ先を見据え、全体を俯瞰し、決断できる! それにともなった実行力! すべてが水面下で行われている――すえおそろしいと思わんかね」 エルドリウスにここまで言わせる人物も、稀有だ。だが、エルドリウスの言葉が本当なら、ミラもピーターに対する見方を変えねばなるまい。 ミラは、エルドリウスの言葉に、気になるところがあった。 「“将校擁護派”の傭兵、だと?」 「将校にも“傭兵擁護派”と“傭兵差別派”があるように、ひっくりかえせば、傭兵だってあるわけだ。擁護派と差別派が」 「……」 「もちろん、差別派が、L18の全土をおおえば――軍事惑星内で、傭兵と将校の、戦争となるだろうな」 「――!」 「おそらくピーターは、その戦争を食い止めようとしている、たったひとりの人物だ――今のところは」 ミラは、カレンが熱心に、フライヤの名をメルフェスカにもどすことを勧めて来た意味を、ふかいところで理解しはじめた。 「ピーターのもとにいるオルドがそうであるように、フライヤもそうだ。これから、傭兵と将校との間に立てる人物が重要になってくる」 「――そうだな」 ミラはうなずいた。 彼女は、かつてサルディオネに言われた言葉を思い出していた。 |