『軍事惑星には、“大変革”の象意が』 サルディオネはそう言った。 『L18に、一番おおきな変革が起こります。三千年に一度の大変革。L18は百八十度、変わってしまう。ここ十年のうちにそれは起こり、あたらしくL18は生まれ変わる』 『ですが、生まれたばかりの新生児は、だれかが育て上げねばなりません。その役割を、L20とL19が担うでしょう』 『“新”L18には、ドーソンの身の置き所は、ないでしょう』 サルディオネの占いどおりになろうとしている。だが、それはロナウドの計画が成るといった、一本筋なものではない。 (あたらしい――L18) 『軍事惑星群のバランスは、いままでどおり、L18、L19、L20の三星でとっていかねばなりません。ひとつでもくずれると、大惨事になる。新生児を放って置くわけに行かないのは、母であるあなたならおわかりでしょう』 『つまり、新しくなったL18を、L19とL20で抑えねばならないということだね』 『そうです。そのときに、L20の軍事力や立場が劣化していますと、新生L18を抑えられない――抑止力とならない。ですから――これからL20が背負わねばならない責務を、L19に投げてはなりません』 『L20は、おそらく、これから混乱したL18の役目を背負わされることになるでしょう。それは大変困難な道ですが、L19に助けを求めてはなりません。L20がすべてを成し遂げねばなりません。 L19に助けを求めれば、L19は引き受けます。それは一見すれば、素晴らしいことのように見える。L19とL20が協力して軍事惑星を支えていく――ですが、後々を見ればよくないのです。 L19の抑止力だけでは、新生L18を抑えることはできない。L20の、マッケランの抑止力がすたれてはならぬのです。L20がL18の肩代わりをすることは、それだけで、おそらくじゅうぶんな抑止力となり得る。――それが成し遂げられなければ、マッケランの抑止力は落ちます』 もし、L18が、傭兵たちに乗っ取られたなら。 そのおそるべき事態が起こったなら、たしかに、それはあたらしいL18だった。 そして、そうなったとしたら、確実に、マッケラン、ロナウド、アーズガルドの三家が全力を尽くして抑えていかねばならない。 もしそのときにL20の抑止力が廃れていたなら――L20のなかでも、軍部を舐めきった傭兵たちの群れが、なだれをうって軍部に押し寄せることも、あり得なくはないのだ。 『その改革期に、カレン様のお力が必要なのです』 ミラは、深々と嘆息した。まさしく、そのとおりになろうとしていた。 カレンは戻ってくる。 これを奇跡と言わずして、なんと言おうか。 カレンが帰ってくることは、ミラの中では、すっかりあきらめていたことだったのだ。 カレンは、まだ帰ってきてはいないが、電話の声ひとつとっても、前のカレンではない。 すっかり変わっていた。 まるで、最盛期のアランであり、ツヤコのようでもあった。 口調にも言葉にも、すっかり当主の威厳がそなわっている。 覚悟がまるで、ちがうのだ。 (カレンを変えたのは――地球行き宇宙船なのだろうか?) あのバクスターですら、百八十度ちがう人間に生まれ変わらせた、あの宇宙船。 (そういえば) サルディオネにはあのとき、五枚のカードをもらった。 “嘆きの白鳥” “パンダのお医者さん” “月を眺める子うさぎ” “布被りのペガサス” “残虐なフクロウ” “嘆きの白鳥”は、ミラ自身のカードで、“パンダのお医者さん”は、おそらくセルゲイだろうと思っていた。 最近やっと、まちがいないだろうと思い始めたのは、“残虐なフクロウ”がアイリーンで、“布被りのペガサス”がフライヤだということだ。 フライヤのカードは、“幸運のペガサス”という名称に変わっていた。 (ペガサスはフクロウが連れてくる――サルディオネはそう言った) まさしく、フライヤは、アイリーンが連れて来た。 ゆいいつ分からないのは、“月を眺める子うさぎ”だったが――。 (ちっちゃなうさこちゃん?) かつて、カレンが笑い交じりに話したことがある、ルームメイトの存在。 ララも、最近は、かわいいうさこちゃんと会う時間を捻出するのに、余念がないそうだ。 「ちっちゃなうさこちゃんだって?」 ミラは思わず、声に出してしまった。エルドリウスも、不思議な顔で、「うさこちゃん?」と首をかしげた。 『すべての縁を結ぶのが――“月を眺める子ウサギ”。彼女のもとに導くのが、“パンダのお医者さん”。この子ウサギに導かれた暁には、カレン様は、生まれ変わって戻って来られる。――どうかそれまで、ミラ様はお待ちください。フクロウとペガサスを見出し、カレン様のためにお育てになって』 カレンを生まれ変わらせたのが“月を眺める子ウサギ”なのだろうか。カレンが笑って、楽しげに話す、“ちっちゃなうさこちゃん”なのだろうか。 「……」 ミラには、到底分からなかった。 「ミラ?」 エルドリウスの心配そうな顔に、ミラは頭を抱え込んでいた姿勢をもどした。 「な――なんでもない」 ミラもエルドリウスも、やっと雨音に気付いた。外は豪雨といってもいい天候になっていた。 「泊まったらいいよ」 ずいぶん、会話が白熱していた。ミラにとってエルドリウスは、ブラッディ・ベリーのアリシアと一緒で、夜通し話をしていても尽きない、数少ない友人の一人だ。 「ふふっ、うさこちゃんね」 エルドリウスまでがおかしげに笑うものだから、ミラはにらんだ。 「セルゲイがルーム・シェアしている子に、“うさちゃん”呼ばわりされている子がいるらしいよ」 「……たぶん、その子ではないよ」 ミラはそう思ったが、じっさい、その子だったと知ったときのミラのおどろきは、尋常ではなかった――それを知るのは、まだだいぶ先となるが。 ふたりはしばし雨音を聞いて、一杯目を干した。二杯目をつくりながら、エルドリウスは、つぶやいた。 「フライヤに翼があることを発見したのは、わたしとアイリーンかもしれないが、飛び方を教えたのは、君だよミラ」 エルドリウスは、ZOOカードのことも、サルディオネのことも知らない。だが、彼の口から出た言葉は、それをにおわせるようなたとえだった。 「……そう思うかい」 「焦りたくはなかった」 エルドリウスはめずらしく感傷的になっているようだった。 「フライヤを羽ばたかせるのを、焦りたくはなかったが――君の言うとおり、おそらくものごとには、時期というものがあるのだろう」 ミラの目に、唐突に、飛び込んできたものがあった。クルミ材のドアに彫刻された、二対のペガサスの紋章。これがウィルキンソン家の紋章だということも知っているし、このドアを見たのも、二度、三度ではない。だが、今夜はじめて、とてつもない存在感を持って、ミラの目に飛び込んできた。 ――あのペガサスは、エルドリウスと、フライヤか。 フライヤは、エルドリウスとともに羽ばたこうとしているのか。 「……」 「そして、フライヤにも、君だけでなく、アイリーンやスターク――サスペンサーや、サンディ、バスコーレン――信頼に足る友人も増えた。――そういう時期なのかもしれない」 エルドリウスは、しばらく琥珀色の水面を見つめていたが、顔を上げた。 「ミラ――妻を頼む」 エルドリウスは、ミラと固く握手を交わした。 ふたりはそのあと、ウィスキーを楽しみ、尽きない話をした。 アストロスに向けて、L20の軍機が出発したのは、それから一週間後のことだった。 |