これは直感だった。いままで、ZOOの支配者として生きてきた、経験からの直感だ。 (“ラグ・ヴァーダの武神が倒されなければ、運命の相手と結ばれない”呪いを、持っているのかもしれない) ふとアンジェリカは、メルヴァを思い出した。 婚約者となったその日、メルヴァは、待ち構えていたように、アンジェリカにキスをねだった。アンジェリカとキスをするために、ぜったいにほかの女に唇を奪わせることはしなかった、とたよりない幼馴染みは言った。 『わた――わたしは、アンジェがいちばん、好きだったんだもの』 頬を赤らめ、消え入りそうな声でつぶやくメルヴァ。 キスを許したら、飛び上がって喜び、感激のあまり涙ぐんだメルヴァに、呆れさえした。 ――でも、ほんとうは、とてもうれしかったと言ったら、メルヴァはなんというだろうか。 (メルヴァ) あんたは、こんな不細工なあたしを、好きだと言ってくれたはじめてのひとだった。 可愛いといってくれた、はじめてのひとだった。 今でも、そう思ってくれているだろうか。 (どうして、あたしを、置いて行ったの?) アンジェリカは矢も盾もたまらなくなって、ジャケットをひっつかんで玄関に走った。 ペリドットのもとに行こうとしたのだ。 「――!?」 アンジェリカは、戸惑った。おかしい。玄関ドアが開かない。外側から鍵がかかっているわけではない。内側からもだ。 「?」 アンジェリカは、ガチャガチャとドアノブを動かした。そのとたん、玄関のドアが消えた。 「なに!?」 おどろいて一歩下がった途端、部屋が変化した。 クリーム色の壁紙の内装が、石造りの壁面に変わっていく。ソファも、棚も、あらゆる家具が消えた。 なにが起こったかわからず、うろたえたアンジェリカは――ここが、塔の中だということに気づいた。 いきなり右手に現れた半円形の窓から、外の光景が見えたからだ。夜の遊園地――これは、ZOOカードの世界だ――遊園地のなかにそびえたつ、ずいぶん高い塔のてっぺんに、アンジェリカはいた。 ――まだよ。 アンジェリカの奥底から、声が聞こえた。 ――まだ出てはダメ。 いつもの見慣れた玄関扉ではなく、窓と同じ形の半円形の、大きな観音開きの扉がめのまえにある。塔の一番てっぺんである。眼下には遊園地――ふつう、こんなところに玄関口などない。 けれどもアンジェリカは分かった。 自分はここから出ていくのだ。 時が来たら、ここから出ていく。 ――そして。 アンジェリカの目からつうっと涙がこぼれた。 それは、この扉から出て行くときに成さねばならぬ、自分の使命のためだった。 ……もう少し、あと少し。 もうすぐ、ラグ・ヴァーダの女王と、メルーヴァ姫の一行が、やってくる。 王さまが「シャトランジ」をアリーヤと姫に託し、 わたしが「グングニル」をラグ・ヴァーダの女王に託したら、用意はととのう。 そのとき、わたしは塔から出て行きます。 「白ネズミの王」がつくったシャトランジ。 千年の長きにわたり、塔から睥睨してきた盤上よ。 わたしこそが最後の穂先。 誓いのグングニル。 泣かないで、わたしの仲間たちよ。 誇りなさい、微笑みなさい。 決戦は、アストロスの武神とメルーヴァ姫に託せども、 わたしたちは、大地を掘った。 ちいさなものよとさげすまれたわたしたちが、皆で大きな穴を掘ったのです。 待たせたわね、アンジェ。 もうすぐ、扉は開きます。 未来永劫、わたしとともにあれ。 わたしがよみがえることによってあなたが得るものは、「ZOOの支配者」のみならず、 子孫である「アノール族」すべてを動かす位をも持つのです。 あなたの真名は、「白ネズミの女王」。 ラグ・ヴァーダの女王につかえたまいし宰相、アリタヤが妻、シンドラ――。 |