「――マクタバさんが、カーダマーヴァ村を出た、ですって?」

 カザマの言葉に、ZOOカードを見つめていたペリドットとアントニオも顔を上げた。

 「村を出たって――どうして」

 

 カザマは困惑していた。無理もない。

彼女は今、カーダマーヴァ村に送ったポテトチップスが無事届いたか、確認するために電話していたのだった。村の向かいのL19の陸軍本部に連絡し、その電話を村の門まで持っていってもらって、長老と会話していた。

 イシュメルが石室から出て、村人にも心の余裕ができたのか、カーダマーヴァ村の者と、陸軍本部の軍人たちとの距離は、すこし縮まっていた。門の近くに住む住民と、世間話をかわすくらいにはなった。

 あいかわらず村には入れないが、こうして、電話の取次ぎができるくらいには、なったわけである。

 

しばらくカザマの言葉はやみ、電話向こうの相手――カーダマーヴァ村の長老が、事情を説明するのに聞き入っている。

 「ええっ!?」

 カザマの悲鳴のような声。

 「そう――そうですか。わかりました――ポテトチップスは、みなさんでいただいてください」

 カザマは慌ただしくもどってきて、ふたりに告げた。

 

 「マクタバさんが、サルディオーネになるために、村を出たそうです」

 「え?」

 「サルディオーネになったら、村の慣習はなくすと宣言して――二度と村にもどれないとか、そういった慣習を、ですわね。それで、パズルの道具もいっさい置き去りにしたまま、十日前に村を出たそうです」

 サルディオーネになったら、また村に戻るつもりだったのでしょうね、とカザマは嘆息した。

 アントニオは呆気にとられた顔で眼をしばたかせ、

 「……思い切ったことをするなあ」

 とつぶやいた。

 「それで、サルディオーネにはなれたのか」

 苦笑気味にペリドットは聞き、カザマは首を振った。

 「いいえ。今は、ユハラム殿のところで小間使いを」

 「なるほど。そりゃ、いい傾向だ」

 ペリドットはカードの配置を変えながら、いいかげんに相槌を打った。

 

 「そんな、てきとうに仰らないでください」

 カザマはたしなめた。

 「どうも、宇宙儀の占術をするサルディオーネ様にお会いしたそうなのですが、月の女神さまのご指図とかで、パズルはゲルごと、燃やしてしまったのだそうです」

 

 カザマの悲鳴の意味が、やっと分かった。

 「なんだと?」

 それは大問題だった。ペリドットも、てきとうに相槌をうつのはやめた。

 「だとすれば、“パズル”の占術は、もうできんということか?」

 

 ペリドットは、ZOOカードでパズルを起動してみた――ロビンのリカバリをしたときのように、たくさんのモニターが現れ、今度は、ZOOカードボックスがキーボードの装置に変わった。――これが、完成型「パズル」か?

ペリドットのZOOカードでは、パズルは起動できるようだった。

 

 「まずったな。マクタバに、パズルのくわしい操作を聞こうと思ったのに」

 ペリドットは惜しい顔をした。

 「ルナさんにご連絡して、月の女神さまを呼んでいただきますか?」

 「いや、それより先に、“賢者”を捜さんとな」

 ペリドットは腕を組んだ。

 

 年は、あけてしまった。今年の十月には、アストロスに着いてしまうが、アンジェリカの不調を改善する手立てが見つかっていなかった。

ルナのところにも、ペリドットのところにも、それらしき通達はまったくない。

 今日アズラエルが持ってきた回覧板には、先日ルナのもとに月の女神が現れて、いろいろ話していったことが書かれていたが、ペリドットが読み終わった途端に、回覧板はいきなり燃え上がって焼失した。

 太陽の神の気配があった。いよいよアストロスが――メルヴァが近づいているせいで、ラグ・ヴァーダの武神に気取られることを避けたのだろう。これからは、回覧板は回せない。

 どこか、ラグ・ヴァーダの武神に気づかれない場所で、相談しあうことはできないものか。夢の中での、ZOO・コンペティションだけでは限界がある。

 ペリドットは、その場所も捜さなくてはならないし、「賢者」捜しもしなくてはならない。

 「賢者」がいなくては、「白ネズミの女王」を助け出せない。

 

 アンジェリカの、おそらく真名である「白ネズミの女王」――。

 彼女は牢獄に閉じ込められている。

 

 おまけに、彼女を牢獄から救出しようとするのを、ネズミたちが邪魔している。ネコや犬の助力もあって、邪魔をするネズミたちを間に合わせの牢獄に閉じ込めているが、なにしろネズミ――かなり数が多い。

 白ネズミの女王が閉じ込められているのは、ZOOカード世界の遊園地のアトラクションで、城の地下にある牢獄だ。そこに行くにはチケットが5枚必要で、牢獄のまえには結界が敷かれている。さらに奥には、チェスのような駒があるのも見えた。

 そこまでが、分かったことだ。

 それ以外はまったくなぞのまま。

 ネズミたちが邪魔する理由もわからないし、とにかく、結界は抜けられるだろうが、その先に行くには、おそらくチェスの勝負が待っている。

 「賢者」の位を持つカードがチェス盤をつくったとなると、「賢者」でなければ勝負に勝てない。

 だからペリドットは、「賢者」の位を持つカードを捜しているのだが、頭の良さでは最高位をあらわす「賢者」を頭文字に持った人物は、なかなかいない。

 

 「賢者――賢者――賢者って――いねえもんだなァ」

 ペリドットは苛立たしげに頭を掻いた。

 「クラウドは結局、“賢者”じゃないの」

 アントニオに聞かれ、自分がまとめたファイルをたどっていたクラウドは、顔を上げた。

 「うん。俺は、もしかしたら“賢者”じゃなくて、“生き字引”系じゃないかと踏んでいたんだけど、」

そのとおりだった。

 「クラウドは、“生き字引のライオン”だった」

 ペリドットが残念そうに言った。

 「俺は頭がいいっていうよりかは、記憶力に特化した能力だからね。読解力とかそういうほう――IQ180なんて、科学の星に行けばごまんといるし」

 



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