「ルナちゃんって、いま忙しいの」

 ベッタラと刀剣を打ち合わせているアズラエルへ声を放り投げると、彼はいったん打ち合うのをやめて、汗を拭きながらドリンクを手に取った。

 「いや? 今日は家で、本でも読んでるんじゃねえか。ドーナツ全集とか借りてきてたぜ」

 「ルナちゃん、そんなにドーナツ好きだっけ?」

 「さあ。最近は、ドーナツにハマってる」

 アズラエルはスポーツドリンクを飲み干した。

 「家にいないとすりゃ、エーリヒとその辺で茶を飲んでるはずだ」

 「エーリヒ?」

 ペリドットが聞き返し、クラウドがはっと気づいた顔をした。

 

 「最近は、あのふたり、べったりなんだよ」

 グレンも忌々しげにミネラルウォーターを呷った。

 「エーリヒさんは、アントニオもお会いになられたでしょ。“地獄の審判”のときに、ルナさんのそばにずっとついていらっしゃった――」

 「ちょ、ちょ、ちょ!」

 クラウドが焦り顔でペリドットの腕をつかんだ。

 「エーリヒのZOOカードをさがして! “英知ある黒いタカ”っていうんだけど!」

 「――英知ある黒いタカ」

 つぶやいたペリドットは、目を大きく見開いた。

 「もしかして、“賢者”か!?」

 「もしかしたら!!」

 

 

 

 「これからあたし、ツキヨおばーちゃんのところに行くの」

 ルナは揚げたてほやほやのドーナツをかご一杯に詰めたのをぶらさげ、電話に出ていた。

 通りすがりのエーリヒが、ドーナツを一個かっさらって、もぐもぐしていた。彼にしては、行儀の悪い所作である。

 「ルナ、ツキヨ嬢の見舞いに行くまえに、どこかでお茶を、」

 エーリヒは小腹が空いていた。このままではドーナツが食べつくされそうだった。

「ちょ、ちょっと待って――クラウド! エーリヒ! だめです! ああ、うんとね、でかいタカにドーナツが食べられそうなの! ええ? だから、あたし、ツキヨおばーちゃんのとこにいくの。ドーナツも揚げちゃったし」

 『そのドーナツを持って、ぜひ来てほしい。こっちには、腹をすかせた野獣どもがうようよしている』

 電話口でクラウドは言った。

 「野獣の巣になんか行かないよ!」

 ルナは絶叫したが、エーリヒが横から電話を取り上げた。

 「なにか用かねクラウド」

 『ほら、やっぱりエーリヒもいた』

 クラウドは背後に向かって言っていた。

 『エーリヒ、とにかくルナちゃんとドーナツを連れて、K33区まで来てほしいんだ。待ってるから』

 「承知した」

 エーリヒは、うさぎの襟首をひっつかんで、シャイン・システムに乗り込んだ。

 

 「たいへんだ!」

 ドーナツはエーリヒに持たせておくべきであった。

ルナが到着したとたん、野獣の群れがドーナツに襲い掛かり、カザマが思いもかけぬ脚力で野獣どもを追い払い、平等に分けなければ、ちっちゃなうさこちゃんはもみくちゃにされ、ドーナツごと消失していたかもしれなかった。

 

「カザマさん!」 

野獣どもにむしり取られたドーナツかごを見捨て、ルナはカザマに飛びついた。ずいぶん早い帰還だ。

カザマの帰りは、もっと先だと聞いていた。

 「帰りも、数日、冷凍睡眠装置をつかいましたの」

 「えっ!? だいじょうぶ? 一年のうちに一回以上つかっちゃいけないんでしょ?」

 「ええ。乗るまえに、お医者様に診ていただきましたから。健康上問題ないということで、一週間分の冷凍睡眠装置のチケットを手配していただきました」

 「カザマしゃん、いろいよと、あじがとうごじゃいまひた……!」

 ルナの顔がみるみる、ぐしゃぐしゃに崩れた。カザマが無理を押して、冷凍睡眠装置でカーダマーヴァ村に飛んでくれたからこそ、ルナもイシュメルもたすかった。

 そうでなければ、ルナはまだ、階段の真上で眠り続けていたかもしれない。

 「よろしいんですのよ。ルナさんが無事で、よかったわ」

 「ふぎ……」

 

 ルナとカザマの感動の再会をよそに、ペリドットはエーリヒのまえにたたずみ、じっと凝視していた。

 「……なんだね、君は」

 「おまえのたましいが、出てこん」

 初対面の人間に、あいさつも自己紹介もされず言われたなら、即座に通報しているレベルの台詞だった。

 クラウドがあわてて、紹介をした。

 「エーリヒ、彼はペリドット。ZOOカードの正式な術者だよ」

 「ほう」

 エーリヒはうながされるまま、切り株に腰かけた。

 

 「おまえのカードが“英知ある黒いタカ”であることはわかった――カードは出てくるが、たましいとなる方が、出てこん」

 ペリドットは説明した。

 彼が言う「たましいの方」というのは、ルナがよく見る、ちいさなぬいぐるみのほうだ。動いたりしゃべったりして、会話できるほう。

 「わたしに言われてもだな……」

 「ぬいぐるみが、出てこないの?」

ルナもエーリヒの後ろから覗き込んだ。そして、ルナとエーリヒは同時に言った。

「いるよ?」

「いるではないか」

ふたりは、なにもないところを見てそう言った。

 

「え?」

ペリドットとアントニオ、クラウドとカザマは首をかしげた。

四人には見えない。だがたしかにルナとエーリヒには見えているらしい。黒いタカのカードの横を、指さしている。

「……」

てきとうなことを言っているわけではない。ふたりが同時に指さした場所は、同じ場所だった。

 

「……おまえたちには見えるのか?」

ペリドットは、目を凝らしてもまったく見えない空白場所を見つめながら聞いた。

「これだけでかいタカが、君には見えんというのかね」

エーリヒが無表情でそう言ったが、アントニオはこめかみを二度、こつこつ叩いた。

「これと同じようなことが、このあいだもあったな」

「例の、ルナちゃんにしか見えない遊園地の話?」

クラウドが反応し、

「あたしだけじゃなくて、アズとピエトと、エーリヒも見えるよ!」

とルナは主張した。

 



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