「アズラエル、グレン」 ペリドットが二人を呼んだ。ついでにニックとベッタラも寄ってきた。 「おまえらには、ここにタカがいるのがわかるか?」 ルナが指さしたなにもない場所を、ペリドットが指した。 ニックとベッタラは、「え? どこにいるの?」と間違い探しでもはじめたように目を皿にして、アズラエルとグレンは、「見えねえのか?」とニックとベッタラにおどろいた。 「どこにタカがありますか?」 「僕もタカだけど、見えないよ、タカなんて」 ふたりは言い、アズラエルとグレンの首をかしげさせた。 「いるじゃねえか、そこに」 「ふてぶてしいツラのでかいタカが」 「ふてぶてしいとはなんだね」 エーリヒが抗議した。 「つまり、アズラエルとグレンは見えるけど、ニックとベッタラは、見えない、と」 クラウドは、手元の資料に、見える人物と見えない人物に分けて、名前をメモした。 アントニオは、ついでにカザマにも聞いてみた。 「ミーちゃんは?」 「いいえ」 カザマにも、見えない。――クラウドが思考の姿勢で、 「もしかして、K19区にあるノワの墓っていうのは――その、アントニオたちには見えない遊園地のことじゃないのか?」 ぶっとんだ発言をした。 エーリヒのたましいが見えないという話から、いきなり飛躍したので、 「なんでいきなりそうなった」 とグレンのツッコミが入った。 「遊園地が、ノワの墓だって?」 アントニオが、思わず言った。 「アントニオ、“太陽の神”の目で見れる?」 クラウドが不思議な要求をした。アントニオは首をかしげたが、ためしてみる気にはなったようだ。 「ちょっとみんな、離れてくれる?」 と周りの人間を遠ざけた。 三メートルほどの距離を置いて、アントニオの周囲からひとがいなくなると、アントニオはごうっと音を立てて燃え上がった。 「うおっ!」 さらにみんなは後ずさった。三メートル離れても、ものすごい熱気が押し寄せる。地面の雪は、じゅっというイヤな音を立てて溶けた。 「あ、――見えた!」 「俺にもだ」 「見える!」 「ほんとうだ、タカがいる――!」 アントニオが太陽の神を降臨させたとたんに、ペリドットやニックたちも見えるようになった。 遠目からも見える、ふてぶてしいツラのでかいタカ――がそこにいた。 「……ミーちゃん」 「はい」 アントニオの業火がふっと消え、それが合図のように、カザマが自身に、真昼の神を降臨させた。うす曇りだった空模様は、さあっと雲が引くように、快晴になった。 すると、ふたたびニックたちも、タカが見えるようになった。 「つまりだな」 クラウドが咳払いした。 「太陽の神と真昼の神、それにつらなる動物は、見えるはずなんだよ」 彼は、雪が溶けきった砂地に、木の棒で図を描きながら、説明した。 「“新月”は、太陽が月と重なって起こる現象であるし、昼間には見える。でも、この様子を見ていると、太陽の神と真昼の神の“目”を通してでしか、見えないのかも。“新月”とは、満月とは対照的に、“見えない”ということの象徴だから」 ここにセルゲイはいないしなァ、と、クラウドが悔しげに言い、 「もしかしたら、セルゲイには――“夜”には見えないかも」 「――!」 「夜の神につらなる動物には見えないはず――でも、月の眷属には見える。そうだな、ようするに、――ピエトには見える。ピエトはうさぎで、月の女神の眷属だから、見える――そうか、となると、見えないのは夜の神につらなる者だけかもしれない」 「つまり、ネズミとか……」 ペリドットとアントニオがなにげなくぼやいて、「ネズミ!」と同時に叫んで腰を上げた。 「そうだ! ネズミは夜の神の眷属だ」 「だったら、夜の神にたのんで、ネズミをおさえてもらうとか――」 二人にしかわからない話をはじめたところで、クラウドも、なにかぶつぶつ言いながら、周囲をうろつき出した。残された大人は、ドーナツが残っていないかと、空の籠をあさるか、ふてぶてしいタカを見つめるほかなくなった。 アズラエルは、ドーナツが一個も残っていないことにガッカリしながら言った。 「じゃあ、どうして俺とグレンは、なにもしなくても見えたんだ?」 たしかに、アズラエルとグレンは、ライオンとトラで、太陽の神の眷属だが、太陽の神の“目”を発動させなくても見られた。 「アズは、ルナちゃんとピエトと一緒で、遊園地が見えただろ? もしかしたら、グレンにも見えたかもしれない――覚えてないか。“地獄の審判”でノワが現れたとき、アズラエルとグレン、セルゲイは、ノワが見えた。つまり、君たち三人には、新月とかそういうものも関係なく、ノワが見えるのかも」 「なるほど」 「だからノワは、君たちから、かくれたくてもかくれられない。それで、なかなか姿を現さなかった――ということにつながる。なにせ、ノワは、君たちが苦手だそうだから」 “地獄の審判”のとき、ノワがなかなか出てこなかった理由は、アズラエルたちに怯えていたからだった。 それを思い出して、筋肉兄弟は嘆息した。 「でも、セルゲイだけはどうかな。セルゲイがノワの姿は見えても、夜の神は、見えないということもあり得る――」 おとなたちが熱心にZOOカードを見ていた最中、ルナは、いっこだけ、ハトロン紙につつんで茶色い紙袋に入れ、ポケットに忍ばせていたドーナツをもふもふしながら、宙を眺めていた。 とってもいいアイデアを思いついたのだ。 「はいはーいっ!」 ルナが手を挙げた。 「あのね、そもそもね、アンジェとあんこドーナツと、アンさんについて考えていたんだけども、どら焼きとは違うよ? あんこドーナツなの」 あんこつながりでね、とルナの意味不明なカオス話術が超新星爆発を起こしかけたので、アズラエルがさえぎろうとしたが、ペリドットが止めた。 「カオスでいい。話せ、ルナ」 「だからね、アンジェのリカバリをしたらどうかな?」 ルナは、なにげなく言った。 「……」 「アンジェのリカバリするの」 おとなたちは、どうしてそれに気づかなかったんだという顔をした。アントニオは実際にそれを口にした。 「なんで、だれも気付かなかったんだよ!」 ペリドットですら「あ、そうか」という顔をした。クラウドに至っては、両手で頭を覆う始末だった。 「ルナさんたら! 賢いわ!」 カザマに褒められ、でれでれとしたウサギがそこにいた。 「……ルナちゃんはアホなのに、どうしてたまに核心を突くんだ……!」 クラウドの、悲鳴のようなうめき。 「おまえ、いまついにアホって言ったな」 グレンが地獄耳で捉えていた。ペリドットはかまわず聞いた。 「ルナ、どの前世をリカバリする?」 「さんぜんねんまえ」 ルナはやっと、ドーナツを食べ終えた。 「アンジェの“白ネズミの女王”さまは、三千年前からです!」 |