「まもなく、アントニオが来ます!」

カザマの勢いに怯みつつ、バーガスが、やっと返事をかえした。

「そ、そうか、」

「今朝がた、真昼の神がわたくしを起こして、夜の神が荒れている。このままでは、宇宙船の運行にも支障をきたすほど荒れ狂うかもしれない、とおっしゃいまして」

窓の外で、ぴしゃり、という稲光と、すこし遅れて鳴った雷のごう音。そういえば、さっきから、外の様子が不穏だった。

やがて、打ち付けるような大雨が降りはじめた。

「夜の神だけではないのです。――昨夜、アンジェリカの身にもたいへんなことが起きまして、」

「なにかあったの」

クラウドの言葉に、カザマは深呼吸をし――やっと言った。

「家から、一歩も出られなくなってしまったのです」

 

ペリドットがアンジェリカのリカバリをはじめようとしたそのときから、彼女は家から出られなくなった。アンジェリカの部屋に、サルーディーバが入ることもできなくなった。それでサルーディーバが仰天して、アントニオに助けをもとめに来たのである。

 

「急にまた、いろんなことが起こりだしたな……」

クラウドが顎に手を当てたときに、またもハプニングが起こった。

 

「待ちたまえルナ! どこに行く気だね!?」

エーリヒが叫んだ方角には、奇妙なものがあった。リリザのマスコットキャラクターのうさぎのジニーが二羽、外へ出て行こうとしているのだ。

ピンクのほうは、かつてリリザで、グレンが買ってやったもの。

白のほうは、ララがくれた自動車、ノーチェ555に乗っていたものだ。

みんなにはルナの姿が見えないから、特大ウサギのぬいぐるみが二羽、玄関を出て行こうとしている様子にしか見えないが、じっさいは、ルナが両脇にぬいぐるみを抱えて出て行こうとしているのだった。

 

「アンジェを助けに行きます!」

 

ルナは確かにそういって出ていった。

「アンジェを助けに行くそうだ――待ちたまえ、ルナ!」

エーリヒとピエトが、傘を持ってあとを追った。

ミシェルも追おうとしたが、入れ替わりにはいってきたアントニオにさえぎられて、ルナたちを見失った。

 

 

 

ルナは、追いかけてきたエーリヒとピエトと一緒に、シャインで、K19区の遊園地まえまで来た。

大雨は、気温の低下とともに、もさもさと降りしきる大雪に変わっていた。うさぎのジニーにも、すっかり雪が積もったのを、ルナはぷるぷるすることによって払い落とした。

雷は、まだあちこちで鳴っている。

(のわ、いったい、なに考えてるの。それとも、ルーシーなの?)

今、ルナの目にはっきりと、遊園地は見えている。遊園地入り口の、サンタみたいなおじさんがやっているコーヒースタンドも、存在した。

昨夜の夢で、ノワは確かに、ルナをここまで導いたのだ。

 

「ルナ、マジでここに入るのかよ……」

お化けが出るんだぜ、とピエトは怯えて、ぬいぐるみをつかんでいた。

「お化けはごめんだよ、ルナ」

エーリヒまで、ピンクうさぎの手を握りしめていた。微妙に内まただ。

「怖いなら、なんで来たのよ!」

ルナはへっぴり腰のふたりに憤然とさけんだ。

 

「ひいっ!?」

ピエトの口から絶叫。エーリヒも、叫びはしなかったが、ビクついたのが見えた。門が、勝手に開いたからだ。

ルナたちを、招き入れるように。

「白ネズミの女王」が閉じ込められている牢獄へはいるチケットは、レイチェルたちが置いて行ってくれた。それがどこにあるのか、まだ分からないが、牢獄はもう入れるようになっているのではないだろうか。

(いよいよだ)

ルナは目を座らせて、ずんずんと、門のなかへ入っていく。エーリヒとピエトも、あわててあとを追った。

(アンジェ、無事でいてね)

 

 

 

 すぐにルナたちを追おうとしたアズラエルだったが、アントニオに、「ちょっと待て」と言われて、引き留められた。

 ルナは心配だが、エーリヒとピエトがいっしょに行った。クラウドの探査機もあるし、彼らのゆくえは、すぐ追える。そのまえに、話しておかなければならないことがあると、アントニオは言った。

 

「じつは、ペリドットはアンジェのリカバリをできなかったんだ」

「なんだって? どうして」

アントニオは、セルゲイのようすから目を離さず、説明した。

「三千年前のアンジェのリカバリをすると、どうしてもラグ・ヴァーダの武神に触れてしまう。……となると、今はまずい。ラグ・ヴァーダの武神をたおすために立ててきた計画が筒抜けになる恐れもあるし、ペリドットの前世は、ラグ・ヴァーダの武神を封じた神官だ。ペリドットがやられる可能性もある。太陽の神がそう言って、止めた」

「じゃあ――、」

「アンジェのリカバリのことはさておき、今日は、K19区の遊園地に向かってみようという話になっていた」

「俺もそう思っていた」

クラウドは立ち上がった。

「じつは、いまルナちゃんが向かったのも、K19区の遊園地だ」

「ほんと!?」

ミシェルが顔を跳ね上げた。

クラウドの手には、すでに探査機がある。

「ああ。――昨夜から、ノワが動き出したのはたしかだ。意味は分からないが、いわくつきの時計を持って消えたし、アンジェは家から出られない、セルゲイもこの調子――いままでの傾向から言って、なにかが“はじまった”な」

クラウドは、確信を込めて告げた。

「どうやらいよいよ、白ネズミの女王様をたすけるときが、来たようだ」

「クラウド、君も慣れてきたもんだね」

アントニオが肩をすくめた。

 

「バーガスたちは残っていてくれよ。なにかあったら、応援を頼むから」

アントニオの頼みを、バーガスはふたつ返事で引き受けた。

「おう! わかった」

「――その、遊園地に行けば、ルナちゃんはいるの?」

セルゲイがおおきく胸を喘がせながらうめいた。

「ああ」

「じゃあ、わたしも行く」

アズラエルとグレンに両脇から抱えられ、セルゲイも身を起こした。カザマとアントニオ、身支度をしたミシェルとクラウドも玄関を出た。

いちばん最後に屋敷を出たミシェルの手首に結ばれた、重ね付けブレスレットについた星守りが、キラリと光った。

 



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