「白ネズミの女王」がいる城は、遊園地にはいったすぐの広場からも見えるほど、高い建物だった。はいってすぐ、まっすぐ向こうには観覧車、左手のほうに、女王様の城が見えるといった具合だ。

城を見上げて足が止まってしまったルナは、なにか考えているようだった。

それにしても、廃墟化した遊園地は、ひどく不気味だ。降り積もっていく雪が、世界を音もなくさせて、稲光のみえる真っ暗な空とともに、こわさを増幅させる。

学校に行く用意をすませていたピエトは、コートを着ていたが、エーリヒは、コートも着ずに飛び出してきてしまった。

彼がL18という、寒い星の出身でなかったなら、とっくに風邪をひいていたかもしれない。

「エ、エーリヒ、寒くない?」

ルナが、わずかな暖にでもなるかと思ってぬいぐるみを貸してあげようとしたが、エーリヒは「だいじょうぶだ」と断った。

傘を差しているから、雪まみれになることはさけられている。彼は広場を睥睨した。ようやく、慣れてきたようだ。

 

「ルナ、目的は、あるのかね」

「う、うん、じつはね……」

ピエトがベンチのうえの、吹きさらされて、もはや紙くず同然となっている、遊園地のパンフレットを見つけてきた。

「見て! 遊園地のマップだ!」

雪を払い、広げたマップを見て、ルナは言った。

 

「“シャトランジ”って、どこにある?」

「シャトランジ?」

「ルナ、白ネズミの女王が閉じ込められた牢獄に、彼女を救いに行くのではないのかね」

つまり、あの城に。

エーリヒが、ここからでも見える、そびえたつ女王様の城を指さした。

「うん……でもきっと、あたしは、先に“白ネズミの王様”に会いに行かなきゃならないような気がするの」

 

ルナはキョロキョロとあたりを見回しながら言った。ぬいぐるみをひとつずつ、エーリヒとピエトに預け、いつも持っているバッグからチケットを取り出した。以前、この遊園地に忍び込んだ際に持ってきた、「シャトランジ!」という文字がついたチケットだ。

ルナは、ぼろぼろのチケットをふたりに見せた。

 

「これが、“白ネズミの王様”?」

ピエトが聞いた。

「そう」

チケットには、風船を持った、陽気な白ネズミの絵が描かれている。王冠をのせた、立派なかっこうの王様だ。

 

「これはね、白ネズミの王様なのよ」

ルナは言った。

「王様に頼めば、女王様を助ける手立てが見つかるかも。――そんな気がしない?」

 

ピエトははっとした顔をした。

エーリヒは、複雑な顔でチケットを見つめていた。

「シャトランジ……ねえ」

エーリヒは、チケットをルナにかえして、言った。

「君は、もちろんこの遊具に入ったことはない。はじめてなのだろうね?」

そもそもが、ルナも、この遊園地にはいったこと自体、はじめてだ。

「うん。――エーリヒ、シャトランジ! を知ってるの?」

「まァ、わたしの知っているシャトランジとおなじものならね」

「このぬいぐるみは必要なのかよ?」

ピエトが口をとがらせて聞いた。

「あたしもわかんないけど、持っていったほうがいい気がしたの」

ルナは夢の中で、このうさぎのぬいぐるみを両腕に抱えて、遊園地のまえにたたずんでいた。

 

「ふむ……分からんが、先を急ごう。ここはやはり、なにかいやな気配がする」

エーリヒがうさんくさげにあたりを見回した。エーリヒの直感は当たっていた。彼らに見えないことは、幸いだった。見えていたなら、呑気にうろつくことはかなわなかっただろう。

そこらじゅうに、斧や槍、刀を持った、戦闘態勢の、殺気立ったでかいネズミたちで、いっぱいだったのだ。

さいわいなことに、三人の姿は、遊園地を徘徊するネズミたちには、いっさい見えなかった。

 

そして、ルナは、チケットが入った財布を取りだしたときに、うさぎのポーチを落としてしまったことに気づかなかった。

真砂名神社のおまつりのときに集めた、星守りがはいったポーチを――。

 

 

 

K19区まで来たアントニオたちだったが、そこには、やはり遊園地はなかった。

先日見にきたとおり、なにもない廃墟があるだけである。ルナと一緒に来たときは見えていたアズラエルでさえ、舌打ちする羽目になった。

「ここに遊園地があるの?」

どうみても廃墟にしか見えない場所を見つめて、ミシェルが聞いた。

「ある――らしい」

たよりない、アントニオの声。

 

「おはようございます!」

「おはようっ! なんの役に立つか分からないけど、来てみたよ!」

ジャージ姿で防寒具を着たニックと、アノールの民族衣装のベッタラが駆けつけた。

「ペリドットは?」

「アンジェちゃんの様子を見てから、ここへ来るって」

ニックは言った。

 

「それにしても、ほんとうに、ここに遊園地とやらの建物があるのですか?」

ベッタラは不思議そうに、なにもない荒地を見つめた。

「だけど、ここになにかあることはたしかだ」

クラウドは、自身の探査機を見ながら断定した。

「今朝から、ルナちゃんの存在は、探査機にも感知されてないんだけど、エーリヒとピエトの姿が、三十分前から、この位置で消えてる」

「――!」

「消えてる……?」

セルゲイの不安げな声に、クラウドはうなずいた。

「ああ。ここの位置で消えたんだ。――存在が」

クラウドが、二歩、三歩と前後に後ずさって、位置をたしかめた。

「ここで。さっきから、探査機の記録を巻き戻して見てるんだけど、たしかにここで消えた」

 

「――いっ!」

「セルゲイさん、しっかり!」

セルゲイが頭を押さえて膝をついた。彼は悲鳴のような声で言った。

「とにかく、ルナちゃんを一刻も早く見つけないと――夜の神が暴れ出しそうなんだ」

「……!」

 

こちらも大問題だった。さっきから、暴風雪が尋常ではない。

カザマが昼の神を発動させつづけているので、奇妙な天候が、皆を囲んでいた。皆のいる場所だけ快晴で、五メートル範囲から外は、すさまじい吹雪になっている。

遠くで光る稲妻――ふつうなら、立っていられないほどの嵐だった。シャイン・システムのなかでも、警報が鳴っていたほどだ。

「今日は、外出を控えてください」――宇宙船の運行にも支障をきたすほどの荒れ狂いぶりだという夜の神は、ルナが見つからなければ、ますます荒れ狂う。

みなの背を、冷や汗が流れた。

 

「ちょっとみんな、下がって」

アントニオが、皆から距離を置き、昨日のように、太陽の神を降臨させた。火の玉のように、アントニオが燃え上がる。

みんなは息をのんだ――アントニオが燃えたことにではない――太陽の神が降りた瞬間に、皆の目にも、「見えないはずのもの」が見えたからだ。

遊園地はみるみる、輪郭を現していく。

アントニオが鎮火しても、存在は消えなかった。数分を持って、遊園地はすっかり、その全容を現した。

 



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