「きゃああああああ!!!」

ミシェルは頭をかばってしゃがみこんだが、斧は降ってこなかった。

「……?」

泣きべそをかいて見上げた先には――ベッタラがいる。

ベッタラが、自身の長剣で斧を受け止めていた。おおきなシャチの骨でつくったという、両刃の剛剣だ。

 

 「だいじょうぶですか! ミーシェル!!」

 「う、うん……!」

 彼がおおきく薙ぎ払うと、三メートルの巨大ネズミは吹っ飛んだ。だが、致命傷にはならないようだ。吹っ飛ばされたネズミは、腰をさすりながらゆっくりと、起き上がる。

 「おのれ……」

ふたたび迫ってくるネズミ――ミシェルは、ベッタラに担ぎ上げられていた。

 武器を持っているのはベッタラとペリドットだけだ。しかもペリドットは武器ともいえない短刀。あれでは、かろうじてふせぐことはできても、逃げ回るのが関の山だ。

アズラエルもグレンも、なんとか刀剣をかわし、体術でネズミたちを圧倒している。

しかし、多勢に無勢、という状態だ。

 

 「くそォ! 次から次へと湧いてくる。キリがねえ!」

 グレンの言葉どおり、たくさんのネズミが、広場を覆いつくすほどになっていた。

 「“鎧の館”へ走るぞ!」

 ペリドットの声がした。

 「そこなら、武器がある!」

 『無駄だ。武器庫は、すでにわれわれが抑えている……』

 五メートルもありそうな、傷だらけの巨大ネズミが、不敵な笑みをこぼした。

 「もう、こんなのネズミじゃないよ!」

 ミシェルは思わず叫び――それが、巨大黒ネズミの機嫌を害したようだ。彼は、猛獣のように吠えると、ドスドス、ミシェルを追って来た。

 「きゃあっ! ちょっと、こっち来ないでよ!!」

 

 

 

 「ネズミたちが勝手に動いてるっていうのはほんとだったみたい」

 アンジェリカにも、ミシェルたちの危機が見えていた。

 「やばいな。なんとかしなきゃ」

 『あの子たちは、わたしの使命を、いたましく思っているから』

 白ネズミの女王は悲しげに言った。

 「……」

 『わたしたちを想うがあまりに、していることなの。だいじょうぶ。彼らの命を奪う気はないわ。あまり責めないであげて』

 「でも、だれかが大ケガをしたら、槍を受け取りには来られないよ!」

 『……』

 命の危険はなくても、ミシェルが大ケガをしてしまったら槍を受け取りに来られない。それに、いくらアズラエルたちがつよくても、あまりにもネズミの数が多すぎる。

これでは、女王の城にたどり着くまえに、ゲーム・オーバーになってしまう。

 「“クリシス”(危機)」

 アンジェリカが、遊園地を走るミシェルたちの頭上にそれぞれのZOOカードを表示させ、「危機」をしめす「クリシス」のカードを出した。

 泣き顔で、両頬をはさんで悲鳴を上げているピエロのカードが、ぽんっと煙とともに現れた。

  

「うおっ!?」

 まず、グレンが、巨大ネズミの刀剣をかわしたところで、雪で泥状になった地面に、足を取られた。

 そのまま尻もちをついたところへ――グレンの身の丈もあるような長剣が振り下ろされる。

 (やべェ!)

 よけきれない――反射で、頭を抱えたが、グレンはまっぷたつにはならなかった。そのかわり、剣を振り上げていたどでかいネズミがそのまま倒れ込んできて、グレンはあわてて避けた。

 「な、なんだ――?」

 『無様だな、貴様』

 ネズミに一発ぶちこんでいたのは、軍服を着たトラだった。

 

 「……」

 アズラエルも、あっけにとられてその光景を見ていた。黒Tシャツと迷彩ズボンを着たライオンが、ずいぶん素早い動きでネズミたちを翻弄している。

その手にあるのは、豪奢な装飾のコンバットナイフだ。あれは、アズラエルの自前の品だ。どうしてこのライオンが? 

彼は、たてつづけに十二匹のネズミを片付け、ナイフを右手でくるくると回し、鞘にしまった。

 『行くぞ、アズラエル』

 「お、おう?」

 ライオンの左腕にある入れ墨は、自分のものとそっくり同じだった。

 

 「遅いぞ! おまえら!」

 ペリドットが叫んだ。

ペリドットの横には、彼そっくりのトラ――トラが――トラ?

 「「トラ!?」」

 アズラエルとグレンが、声をそろえて突っ込んだ。

 『トラだ』

 “真実をもたらすトラ”は、おごそかにうなずいた。彼のたてがみは、“傭兵のライオン”より立派だった。

 

 「こいつは――“ムンド”(世界)を表示して、“クリシス”(危機)を発動させたな」

 ペリドットが真実をもたらすトラに聞いた。

 「つまり、アンジェリカは、ZOOカードをつかえるようになったのか」

 たてがみがやたら立派なトラは、うなずいた。

 『うむ。彼女は、まことの“ZOOの支配者”となられた』

 「ほんと!?」

 ミシェルが、百人力だという顔をした。

 

 『さあ、女王の城へ、急ぐんだ』

 こちらは、たてがみが、かなりサラサラヘアの美形ライオンが、クラウドに肩を貸して立っていた。

 『“賢者の黒いタカ”が、シャトランジ! の対局をしている。そのすきに、地下まで行くんだ』

 「エーリヒが!?」

 クラウドが、自身の化身に聞いた。彼は言った。

 『そうだ。 “白ネズミの女王”が、“ラグ・ヴァーダの女王”に“グングニルの槍”をわたさなくてはならない』

 「あたしに……?」

 ミシェルが自分を指さした。

『それまで、“白ネズミの女王”は動けない。つまり、対局は終わらない――このままでは、ルナが危険だ』

「ルナが!?」

みんなの顔色が変わったが、真実をもたらすトラが、冷静に言った。

『いまは、ミシェルを、女王の城の地下に導くことだけを考えろ』

『そうだ。そうすれば、目的は果たされる。シャトランジ! の勝負も着くだろう』

 

『だいたい、片付けたぞ』

傭兵のライオンと孤高のトラが、ネズミたちをすっかり追い払うと、入れ替わりのように、おおきな白いタカが、空から舞い降りた。

『やあやあ! ごあいさつが遅れまして――ぼくは、“天槍をふるう白いタカ”!!』

「君はおしゃべりなはずだから、できるだけ手短に言ってくれ!」

今は大変なんだ! とニックが、自分に向かって遠慮なく言った。

『ならば手短に言おう! ともかくも、ニックとベッタラは、シャチどものプールへ急ごう! そちらへネズミどもを誘導するのだ!!』

「ネズミを……ですか?」

ベッタラが言った。

『そう! すべてのネズミがわれわれを攻撃しているのではない! たった一部のネズミが暴動を起こしているのだ――われわれは、間違ったことをした。さっき、ネコと犬たちに申し上げて、たくさんのネズミを解放してきたばかりだ――これからは、解放されたネズミどもも、暴動ネズミをおさえるために動くだろう――つまりだな、アンジェリカ嬢のZOOカードが動かなくなったのは、ネズミのせいというわけではない。すべては、白ネズミの女王本人の意志だったのさ!』

白いタカは息継ぎもせず、猛然としゃべった。手短にではなく、しゃべった。

『アンジェリカ嬢のたましいが、ZOOカードを止めた――なぜならば、アンジェリカ嬢があのままZOOカードをつかえていたなら、“今日のこのとき”が来るまえに、アンジェリカ嬢は“最後の穂先”の謎にたどりついていてしまったかもしれない! それはならぬことなのだよ! すべての計画が、だいなしになっていたかもしれない! なぜなら、この遊園地の謎が解かれることと、グングニルの手渡しと、シャトランジ! の相続はどうじに行われなければならぬものであったからにして……!』

 



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