「君はほんとにおしゃべりだな!」

ニックは顔を真っ赤にし、タカのクチバシを、むりやり封じた。両手で。

「つまり、ぼくたちは、シャチのプールになにをしに行けばいいの!?」

『ほへははな(それはだな)』

ニックは、ベッタラに止められて、タカのクチバシを離した。

「ネズミたちを、誘導するのですね」

ベッタラは念を押した。

『そう! そのとおり! すべては、ネズミたちの内輪もめだ!』

「内輪もめだと?」

ペリドットが、先をうながしてしまった。白いタカは、意気揚々と、しゃべった。

『白ネズミの女王さまの槍が、白ネズミの王様を貫くことを――悲しくおもうネズミたちが、それをさせまいと、われわれを邪魔しているのだ』

「――なんだって」

『つまり、女王様の槍から王様を守らんとする暴動ネズミと、女王様たちの“意志”を尊重するネズミのあいだで、抗争が起きていたということだよ』

 

 

 

 「ふ、ふは、ふへ……」

 ルナは、二つ目のぬいぐるみがこっぱみじんになってしまったのを見つめながら、顔を涙と鼻水でいっぱいにしていた。

 槍の勢いは恐ろしく、ふたつのぬいぐるみは、白い綿を飛び散らせて粉々になってしまったのである。

 (うさこ、うさこ、たすけて)

 もうぬいぐるみはない。ルナの身代わりになってくれるものは――。

 次の勝負では、確実に、ルナが串刺しにされる。

 (ルーシー……どうなってるの。あたし、死んじゃうよ!)

 

 二戦目も、あっけなく勝負がついた――エーリヒ側の駒は、動かないからだ。一戦目と同じく、ハイダク(歩兵)がまっすぐに進んできて、フィルズ(将軍)の駒となって、ルナに槍を振り上げた。

 「フェアではないだろう! こんなのは!」

エーリヒが操縦盤をたたき、ルナを解放しようと盤のほうへ動きかけたが、味方であるはずの駒が槍を交差して、エーリヒの行く手をはばんだ。

 「なぜこんなときばかり動くのだ!」

 エーリヒは叫んだが、容赦なく三戦目がはじまる。一戦目、二戦目と変わらず、まっすぐに、ハイダク一基だけが進んでくる――まるで死へのカウントダウンだ。

 「ふ、ふひゃ、」

 ルナはもはや、恐怖で涙も出なかった。フィルズに変化したハイダクが、ふたたび槍を振り上げる――。

 「ルナ!!」

 聞いたこともないエーリヒの絶叫とともに、ルナは目を瞑った。

すさまじい音がした。槍が、石を砕く音だ。

「……?」

ルナはどこも痛くなかった。恐る恐る目を開け、「フギャー!!!」と叫んだ。フィルズの槍は、ルナの腹を貫いていた。だが、ルナはどこも痛くないし、血も出ていない。

フィルズは、焦ったように槍を引き抜き、何度もルナを刺した。だが、刺さらない。ルナをすり抜けて、座っている椅子ばかり傷つける。椅子には、おおきな穴が開いていく。やっと、ルナは気づいた。

(あたし、透明になってるの?)

思い出した。

今朝、ノワがリカバリされたことを。

 

 フィルズには、ルナが見えていないのだろう。戸惑い顔で、周囲をキョロキョロ見回している。

 (このネズミさんには、あたしが見えてない)

 ルナははっきりと悟った。ネズミの向こうに、だれかが立っていた。肩に大きな黒いタカを乗せた――。

 (ノワ)

 口元をにやりと笑みの形に曲げたノワに、ルナが気づいたとき。ボーン、と、聞き覚えのある時計の音が響いた。

ルナの膝の上に、「椿の宿の時計」が乗っている。

 めのまえに、すでにフィルズはいなかった。四戦目のために、もとの場所へハイダクになって、もどったのだ。

 時間が、止まっている。

 

 

 

遊園地の入り口にあるコーヒースタンドで居眠りしていた“セプテンじいさん”は、揺り起こされた。

 「ン? ――んあ」

 じいさんを揺り起こしているのはノワだった。

 「なんだノワ、酒か」

(いんや。ルナがどっかに、星守りを落としてきた)

「ほ?」

 (ミシェルの分と一緒に、持ってきてくれ)

 大あくびをした“セプテントリオ”は、伸びをし、コートを着込んで、店から出た。店の外は猛吹雪だったが、遊園地内は、そこだけ別空間のようにしずかだ。おじいさんは、キャップを被りなおして空を見回した。

 「おお、寒い! ――そろそろ、“グングニル”は渡し終わったかのう?」

 おじいさんが指を鳴らすと、白馬が二頭、荷台を引いて、空を飛んできた。この馬が、メリーゴーランドの馬であることは言うまでもないが。

 

ピエトは、遊園地の入り口に向かって、来た道を、とんでもない速度で走っていた。まるで本物のうさぎになったようだ。

 『ピエト! ピエト!』

 どこからか、声がした。

 『クラウドは、うちにはいないよ! この遊園地に来ている』

 ピエトはやっと、自分の隣で、あのチョコレート色のウサギ――「導きの子ウサギ」がいっしょに走っているのに気付いた。

 「う!? お、うえ!? うさと!?」

 『うさとじゃないよ。導きの子ウサギだよ』

 導きの子ウサギは困った顔をした。ピエトは、やっと気づいて、急ブレーキをかけた。

 「ええっ!? 遊園地の、どこにいるの!」

 『僕が案内するよ! 乗って!』

 導きの子ウサギが、口笛を吹くと、馬の駆けるひづめの音がした。ピエトは周囲を見まわしたが、馬は、大地をかけては来なかった――なぜか、空を飛んできた。赤いキャップのおじいさんを乗せて。

 ピエトは、目も口も、あんぐりと開けた。

 「おーい、ぼうや。乗っていかんか」

 「乗る!!」

 ピエトと導き子ウサギは、顔を輝かせた。

 

ペリドットが、ひづめの音を聞きつけて叫んだ。

「“セプテンじいさん”が、やってきたぞ」

「セプテンじいさん?」

クラウドが振り返ると、馬車が空を飛んでやってくるではないか。

「みんなっ!!」

アズラエルたちは、口を開けた――開けるほかなかった。ピエトと、チョコレート色のうさぎと、赤いキャップのおじいさんが、遊園地の遊具にでもありそうな馬車に乗って、こちらへ飛んでくる。

「あいつ……」

遊具にでもありそうな、といったが、ここは遊園地なのだった。だが、空を飛んでこなくてもいいだろう。馬車なら、地面を走れよ。アズラエルは、となりのでかいライオンを見ながら思った。正直、もうメルヘンは勘弁してほしい。

見ていたら、「なに見てんだ、え?」と凄まれた。

やっぱり自分だった。

 

「早く乗って! クラウド、エーリヒがクラウドを呼んできてって!」

ピエトが転げ落ちるように、アズラエルたちのもとへ駆けてきた。

地面に着陸した馬車は、ずいぶん大きかった。全員乗っても、まだスペースがありそうだ。

「待てピエト、俺たちは、女王の城に行かなきゃならない」

ペリドットが、乗ることを拒んだ。

「おまえは、クラウドを乗せて、エーリヒのもとへ行け。俺たちは、女王の城へ行く!」

「わ、わかった!」

 

「お嬢さん、星守りが入ったポーチを持っているかね?」

「え? あ、はい!」

おじいさんに話しかけられたメルヘン大好きなミシェルは、顔を輝かせていたが、あわてて、バッグからうさぎのポーチを出した。

「これのこと? ルナのだけど……」

「うん、これこれ。……それと、お嬢さんのも、貸してくれるかい」

ミシェルの腕のアクセサリーも指した。

「あ、い、――いいですよ」

ミシェルは、腕から外して、わたした。おじいさんは礼を言って、受け取った。

「すまんねえ」

 

追い払ったはずのネズミたちが、うようよともどってきた。

『クラウド、早く行け!』

「ミシェルを頼む!」

クラウドが、そりに乗り込みながら、自分の分身である“真実をもたらすライオン”に言った。

『任せておけ。俺は、君だぞ。ミシェルにケガなんかさせるもんか』

クラウドを乗せ、そりはふたたび、飛び立った。馬車は再び、空をかけるように飛んでいく。

 

『腕がなるぜ』

傭兵のライオンはにやりと笑い、アズラエルに、予備のナイフを貸してくれた。

『足手まといになるなよ』

「だれにいってる」

『気が進まんが、おまえにも貸そう』

孤高のトラも、グレンに銃をわたした。

「俺はもう、となりのトラで腹がいっぱいだぜ……」

グレンがそれを見て、げっそりした顔でぼやき、アズラエルもひそかに同調した。

メルヘンなんて、もうたくさん。

メルヘンには腹いっぱいだが、とにかく、あの猛獣と変わらないネズミどもを先になんとかせねばならない。

ベッタラとニックも、それぞれ、刀剣と槍を持った自分の化身と、おそいくる大ネズミの群れと戦おうと身がまえた――そのとき。

ネズミたちの群れは、たちどころに消えた。

霧散するように、消えたのだ。

 

 



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