遊園地の中は、アンジェリカが発動した「ムンド(世界)」によって、天候まで支配され、すっかり晴れていたが、外は、尋常ではないありさまになっていた。

ルナが見つからないことを嘆く夜の神によって、吹雪はますます勢いを増している。あげくにすさまじい雷があちこちで落下し、宇宙船の街全体が停電になった。

K19区の海沿いを照らす電燈はすべて消え、大通り向こうの街が、真っ暗になるのを、アントニオも見た。

予備電源が徐々に点灯していく。パトロールカーのサイレンの音が、アントニオの耳に飛び込んできた。

「……暗くなってきたな」

日が落ちるにつれて、夜の神の力が増している気がする。

真砂名神社は、夜の神を鎮める祈祷をつづけ、イシュマールは、「ペリドット、早くせんか」と困り顔をしていた。

アントニオが太陽となっているおかげで、セルゲイは雪だるまにならずにすんでいた。二人のまわりだけは、円形に雪が溶けている。

「セルゲイさん……がんばってください!」

アントニオがいっしょうけんめい励ます。セルゲイもまた、夜の神を励ましていた。ルナはいなくなったわけではない、かならず姿を現すと。だが、「妹がいなくなること」がトラウマとなっている夜の神は、それでは鎮まらない。

 

わたしの妹を、どこにかくしたァ――!!

 

夜の神の咆哮が、嵐となって船内を駆けめぐった。

 

 

 

 「ネズミの野郎――どこに消えた?」

 アズラエルが、驚いて、周囲を見まわす。あまりにもこつ然と、姿が消えた。

 「アンジェリカが、なにかしたか――」

 アンジェリカには、この状況がすべて見えているはずだった。べつの術式を発動したかもしれない、とペリドットは言ったが。

 『おそらく、夜の神の命で、ルナちゃんをさがしに行ったのかもしれない』

 真実をもたらすライオンが、そう言った。

 『遊園地の外にいるひとたちは気の毒だが、夜の神がネズミたちにルナちゃんの捜索を命じたおかげで、俺たちは動ける』

 とにもかくにも、ネズミはいなくなった。

 「ならば、今のうちに、急いで女王の城に……!」

 

 ベッタラ&ニック、白いタカチームは、女王の城の真正面まで、ネズミ軍団の一部を誘導することに成功した。

 「貴様ら、だましたな!?」

 図体は、五メートルから三メートルと規格外でも、頭の中身はあまり上等でなさそうなネズミたちである。

 彼らは、シャチとサメの海にさそいこまれ、真っ暗闇の世界で、足元に水を感じて、まずいと思ったときには、シャチのテリトリーである水に引きずり込まれていた。

 『くそっ! くそっ!』

 水中でもがくネズミたちに、シャチとサメは言った。

 『暴れるな! おぼれさせたいわけではない!』

 『そうだっ! 君たちには、すこしおとなしくしていてもらいたいだけだ!』

 海の上を、ぐるぐると周回しながら、白いタカも言った。

 『くそっ!』

 ついに、ボスクラスの五メートルネズミがおとなしくなった。彼がおとなしくなったのと同時に、仲間のネズミも、観念したのか、暴れるのをやめた。

 

 『おまえたちには、夜の神の招集がかかっているはずだ』

 シャチの群れが、海の道をあける――ベッタラの化身である、傷だらけのシャチ――「強きを食らうシャチ」が姿を現した。

 『命令を無視すれば、罰則を受けるぞ』

 

 『そんなもの、どうなってもかまわん!』

 黒ネズミは吠えた。鎧におおわれたネズミ戦士たちも、いっせいに吠えた。

 『友よ。話してみろ。――なぜ君たちは、われわれのジャマをした』

 シャチは、おごそかに聞いた。

 『われわれを、友と……?』

 五メートルネズミも、とたんに神妙な顔をした。それを見て、シャチとサメが、いっせいにうなずく。

 『そうとも。われわれは、本来なら、白ネズミの女王様を守り、うやまう立場としては、輩(ともがら)であるはず』

 ネズミたちは急に押し黙り、みんなそろって、おいおいと泣き出した。そして、海水で顔をばちゃばちゃと洗い、ついに言った。

 『こんなかなしいことが、あるものか!』

 『われわれは、月を眺める子ウサギを憎んだ』

 ネズミたちは口々に叫び――ベッタラとニックも、顔を見合わせた。シャチは、さらに聞いた。

 『それは、なぜゆえにだ』

 『月を眺める子ウサギが、とっくに、ラグ・ヴァーダの武神をたおしていたなら、こんな悲劇にはならなかったのだ――!』

 

 女王様が御自ら、王様の胸に槍を突き立てることになるなど――。

 

 

 

 ネズミたちがいなくなった遊園地をひたはしりに走り、ミシェルたちは、「女王の城」に到着した。

そこにいたのは、ネズミではなく、魚の着ぐるみだ。ペリドットが四枚のチケットを出すと、すでに、ルナがわたしておいたチケットとあわせて五枚――魚は数え、ハンコを押し、トロッコへつうじる門を開けた。

 ミシェルたちを乗せたトロッコは、城の中へはいっていく。以前、ルナが夢の中で乗ったときとはちがい、トロッコはゆるやかな速度で、下へ下へと、真っ暗な坑道を進んでいった。

 「ジェットコースターみたいになったら、どうしよう」

 ミシェルがそわそわしていたが、トロッコの速度は、逆にせっつきたくなるくらい、ゆるやかだった。

真っ暗な坑道から、岩だらけの場所へ――どんどん、地下へ入っていく。

 やがて、ゴールが見えてきた。行き止まりで、トロッコは止まった。

 

 「ここからは、歩きだ」

 “真実をもたらすトラ”が、ランプをかかげて先頭に立った。坑道をひたすら歩き、おおきな鉄扉の前に立つ。トラが扉を押すと、勝手に開いた。

 ――中は、暗闇だった。

 床はあってないようなもの――地面いっぱいに魔方陣が描かれ、薄青く発光している。

 「……以前きたときに見た、チェスの駒がなくなっているな」

 ペリドットが言った。

 『あれは“シャトランジ!”の駒だ。いま、“英知ある黒いタカ”が、勝負をしている』

 『おそらく、ラグ・ヴァーダの武神をたおす、ゆいいつの仕掛けだ』

 真実をもたらすトラとライオンが、交互に言った。

 「それはほんとうか――聞いていないぞ」

 『アンジェリカが覚醒しなければ、話せなかった』

 ペリドットへの説明はあとだと言わんばかりに、ライオンは、そっと、ミシェルの背を押した。

 『さあ――ここからは、君しか行けない。俺たちは、ついていくことができない』

 「え?」

 『白ネズミの女王様から、“グングニル”を授かってくるんだよ』

 

 

 

 空中を飛来する馬車に乗ったピエトとクラウドは、まもなく、半球体の建物のまえに着陸した。ふたりはおじいさんに礼を言い、急いで、“シャトランジ!”の扉に向かった。

 すでに、管理人の灰ネズミはいなかった。彼も夜の神に呼ばれて出て行ったのかもしれない。

 扉はかんたんに開いた。

 

 「これが――“シャトランジ!”」

 なかは、明るかった。遊具の中は窓こそなかったが、足元にはブラック・ライト、天井からはたくさんのライトが市松模様の盤を照らしていた。

 「ルナちゃん!」

 「ク、クラウド!」

 ルナが、玉座に座っている。クラウドとピエトが駆け寄ったが、ルナはこの玉座から動けないということが分かっただけだった。

 「ぜんぜん動けないの」

 クラウドが、ルナを持ち上げようとしたが、ダメだった。ルナの腰が、縫い付けられたように、椅子から離れない。しかも、椅子はボロボロだった。あちこちに穴が開いて、いまにもくずれ落ちそうだ。ルナの周囲には、ちぎれ飛んだうさぎのジニーのぬいぐるみが二体。そして、膝の上には、「椿の宿の古時計」――。

 飛び散ったぬいぐるみのありさまと、穴だらけの椅子、そして敵方の駒が持っている槍を見て、クラウドは悟った。

 「ルナちゃん、ずいぶん、怖い思いをしたな」

 「う……ひぎっ……」

 「も、もう大丈夫だからな! ルナ!」

 ピエトが、ルナを抱きしめた。ルナは泣きかけたが、いっしょうけんめい我慢した。怖い思いをしたのは、ルナだけではないだろう。ピエトも心細かったはずだ。

 クラウドは、盤を見て、チェスの勝負だと一瞬で分かった。だが、駒が違う。

 「様子がおかしい」

 エーリヒが、ぴくりとも動かない。盤上の駒もだ。

 



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