帰ってきたパンダさんは、マンションの外で泣きじゃくる愛人を見て仰天し、理由を聞きました。

彼は愛人をホテルに連れて行き、自分は家にもどりましたが、すでにウサギさんはいませんでした。ウサギさんの持ち物は、すべてずたずたに引き裂かれ、捨てられていました。

パンダは、愛人に、「君がやったのか」と詰問しましたが、愛人は知らないことです。ウサギさんの部屋には入らないよう、手を付けないよう、きつく言われていましたから。

愛人は、結局、追い出されました。

でもすぐ、彼には別の愛人ができたものです。パンダさんは、男性としても魅力的で、引く手あまたでしたから。

 

ウサギさんは、傷ついた心を抱えて、愛用しているホテルの部屋に帰りました。その日です。信頼していた部下の銀色のトラさんが、ウサギさんを抱きしめたのは。

彼は、仕事の用事があって、彼女を待っていたのですが、打ちのめされたウサギさんを見て、ついに黙っていられなくなったのでした。

ウサギさんを欲しかったのは、トラさんだけではありません。言葉巧みに近づく、マフィアのライオンさんもいます。

 

どうせ、一度、パンダさんを騙した身。

あとはどの男でも同じ。

利用するだけ、させてもらう。

 

すさみきったウサギさんを心配したのは灰ネズミでしたが、灰ネズミもそのころ、たいへんな状況下にあったのです。

 

弟の白ネズミが、いつのころからか、粘土でちいさな駒のようなものをつくり始めたのは知っていました。目も見えず、耳も聞こえず、話せない弟が、なにかをつくりだそうとしているのは、灰ネズミさんも嬉しくて、応援していました。

けれどもまさか、弟のつくった粘土の駒が、「シャトランジ」という、地球の古代ペルシャのチェスだったなんて、灰ネズミさんは思いませんでしたし――そしてまさか、その占術によって、弟が「サルディオーネ」になるなどとは、思いもよりませんでした。

 

「シャトランジ!」は、すべての戦を支配する占術。

 

白ネズミは、この占術は「ラグ・ヴァーダの武神」をたおすためにある占術だと告げました。

L03のサルーディーバは、命をくだし、ラグ・ヴァーダの武神がよみがえったときに抑えられるよう、アストロスの、武神の剣が封印されているちかくに、シャトランジ! のシステムをつくりました。

できあがったシステムは、もちろん、ほんとうにつかえるかどうか、実験してみなければなりません。

シャトランジ! の起動とともに、めのまえに現れた光景――。

当時の王宮護衛官たちは、シャトランジ! のおそろしさを目の当たりにしました。

あまりにも脅威であるその力。

長老会は、この占術を軍事惑星群に知られるわけには行かないと、シャトランジ! を体験した王宮護衛官たちを秘密裏に消し――製作者である白ネズミを、王宮ふかく閉じ込めました。

姉である灰ネズミは、なんとか弟を救い出そうと尽力しますが、弟の占術を利用して、軍事惑星をも支配下に置こうともくろんでいる長老会は、白ネズミを解放しようとしません。

 

灰ネズミさんは悲嘆にくれましたが、ある日、僥倖が彼女のもとに訪れました。

ピンクのウサギさんが、彼女が主催する美術品オークションで、なんと「セプテンの古時計」を落札したのです。

たしかに、五百年前の品で、価値がないことはないが、ほかの品にくらべれば、目立った価値もなく、ただの古時計――どうしてこれがオークションに流れて来たのかピンクのウサギさんも分かりませんでしたが、なぜか気になって、自分が落札したのでした。

 

それを見た灰ネズミは仰天しました。

どうして、五百年前に、王宮から失われた「古時計」がここに……?

 

灰ネズミは、ピンクのウサギさんに、その時計を貸してもらえないか頼みました。ウサギさんは快くうなずきました。

この時計は、時間を止めることができるのです。

灰ネズミは、時計をつかって、弟を助け出しました。

そして、弟が望むとおりに、ピンクのウサギのもとへ連れて行ったのです。

 

「このシャトランジ! は、ラグ・ヴァーダの武神を倒すためにあるもの。どうか、自分の願いを聞いてほしい」

 

弟の白ネズミは、そうピンクのウサギに懇願します。やっと覚えたたどたどしい字で、長い長い手紙を、ピンクのウサギさんに書きました。

ピンクのウサギは悩みました。

長年世話になってきた、灰ネズミの弟の願いを聞いてあげたい。けれども、美術館のほうに資金を割きすぎて、とてもではないが、宇宙船内に、もうひとつ建物をつくるのは無理だと思っていたのです。

おまけに、ウサギさんは、だいぶつかれていました。

ウサギさんは、部下の銀色のトラさんに社長職を譲るか、会社ごと、夫の会社に買い取ってもらうか、選んでいたころでした。

美術館も、椿の宿という高級旅館も、コンサートホールもできた。あとは、なんとか会社の赤字を立て直して、上昇気流に乗り始めたら引退――そう思っていました。

けれども、ふいに訪れた、頼みごと。

ウサギさんは迷いましたが、決意しました。

 

これが、ラグ・ヴァーダの武神を倒すのに必要なことなら、協力しよう。

 

ウサギさんは、意をけっして、K19区そのものを買い取りました。もともと、ここに子どもたちの楽園をつくろうと思っていたのです。けれども、コンサートホールと椿の宿の話が最初にきたので、ウサギさんは、こちらの計画はあきらめていたのでした。

白ネズミさんが、ウサギさんにお願いしたのは、「遊園地」をつくってくれということでした。

その遊園地がどんなものか、ウサギさんにはわかりませんでしたが、K19区を子どもたちの楽園としてつくったなら、遊園地があってもいいのではないかと思ったのでした。

 

まさか、その遊園地が「見えない遊園地」になるだなんて、ウサギさんも、思いもしませんでしたけれど。

 

遊園地は、K19区の中で、いの一番に完成しました。

オープン・セレモニーのまえに、白ネズミさんと、灰ネズミさんを一番に案内しました。

彼の希望通り、「シャトランジ!」という、白ネズミの王様が主役のアトラクションも作っておきました。制作者も、どう動かすかわからない、さっぱり不明なアトラクションです。でも、ウサギさんは、白ネズミの言うとおりにつくりました。

白ネズミは、その日から、こつぜんと姿を消しました。

観覧車にジェットコースターに、女王様のお城――動物園と遊園地が合体したような不思議な遊園地は、開園を、ウサギさんが見ることはありませんでした。

 

そのころ、ウサギさんの身辺は、多忙を極めていました。友人であるL55の、テトラワイス県の県知事に、ラグ・ヴァーダ病の研究に対する投資をお願いされたり、突如として消えた、白ネズミの行方を探したりと、大忙しだったのです。

ラグ・ヴァーダ病は、L03のラグバダ地区から始まった致死性の伝染病で、当時流行の兆しがあったのです。

県知事である黒いタカさんの縁故が経営している製薬会社――「ダヴリン製薬」に、ウサギさんは研究費用の投資をお願いされたのです。

 

ウサギさんが亡くなったのは、遊園地のオープン・セレモニーを明日に控えたその日でした。

ウサギさんの愛人であるマフィアのライオンさんが、どこから聞きつけたのか、ウサギさんがあたらしい宇宙船内の施設に投資したのだと聞いて、自分が資金を提供しようかと言って来たのです。

ウサギさんの会社の困窮を、このマフィアの親玉が知らないはずはありません。

ついに、足元を見て来たか。

このマフィアが、ただでそんなことをするとは、ウサギさんも思ってなどいません。

でもほんとうは、ライオンさんに、なにも裏はなかったのです。

ウサギさんが、必死にがんばっているのを見ていたから、応援してあげたかっただけなのです。

 

ウサギさんは断りました。ウサギさんには銀色のトラさんも、八つ頭の龍さんも、まだ部下として残ってくれています。彼らと一緒に、会社を立て直すつもりでした。

時間をかけても、訴訟となっても、夫とも離婚します。

ウサギさんはここで、マフィアの彼とも、切れるつもりでした。夫と同じように、すぐにとはいかないかもしれない。けれども、時間さえかければ、それができるとウサギさんは信じていました。――その時間さえ、ウサギさんには与えられませんでした。

ウサギさんは、マフィアのライオンさんに殺されました。

部下の銀色のトラさんも亡くなりました。

 

ウサギさんの死後、夫のパンダさんや、部下の八つ頭の龍は、会社の立て直しに尽力しました。ラグ・ヴァーダ病の研究への投資はパンダさんが引き受け、七年後には沈静化しました。

その病が、ラグ・ヴァーダの武神が「災厄」となった疫病だなんて、だれが思うでしょう。

白ネズミの捜索は、八つ頭の龍が引き受けましたが、ついに見つかりませんでした。

それどころか、遊園地も姿を消しました。遊園地の設立に携わった人たちも、まるで、そこだけ記憶がぽっかり抜けたように、遊園地のことを忘れたのです。

 

パンダは、ウサギさんの死後、三年たってから、ウサギさんの友人だったキリンさんと結婚しました。L20のマッケラン一族の、親戚筋にあたる女性です。

灰ネズミは、パンダと八つ頭の龍のよき相談役となりました。

 

ルーシーの物語は、これでおしまいです。

 

 



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