百六十九話 キッズ・タウン・セプテントリオ



 

ルナがぱちくりと瞬きをしたのは、その日の午後だった。ルナの目がまず写しだしたのは、自分の部屋の天井で――それから、ゆっくりと思い出した。

シャトランジのアトラクションから、エーリヒに抱きかかえられて脱出したのは覚えている。

そのあと、アズラエルに飛びついて、遊園地を出たところで、今度はセルゲイに抱きすくめられ――ルナはそれから、意識を失って、あとのことは覚えていない。

ルナはパジャマで、自室のベッドに眠っていた。

 

「……」

ルナは、いつもどおりベッドに腰かけたまま、しばらくぼーっとしていたのだが、身体が勝手に動き出した。

「……!?」

勝手にベッドから出た身体は、じつに勝手にクローゼットを開け、服を物色する。

「わたし好みの服が、ほとんどないわ」

ルナは、自分の中にいる人物の正体が分かっていた。

そういえば、さっきの夢は「リハビリ」ではなくて、「リカバリ」だったのだ。

 

(ルーシー!)

ルナは心の中で叫んだ。

(勝手に動かないで!)

 

「あなた、イシュメルのときもかなり自由にさせていたんでしょ」

(なんかだめ! ルーシーはだめ!)

「そんなこと言わないでよ」

 (黒い下着はいけません!!)

 ルナは押し問答のすえ、黒いスケスケ下着を着ることだけは免れた。

 

 

 あれから、三日も経っていたのである。

 ルナが起きて来たのを見たレオナとセシル――そして、ピエトにもみくちゃにされて、ルナは、無事を喜ばれた。

 「今日起きてこなかったら、リンファンさんに連絡しようと思っていた」

 というレオナの言葉に、ルナは起きてよかったと心底思った。

 なんにせよ、母親には心配をかけたくない。

 母親への連絡が行く前に起きることができてほっとしたルナは、真っ先に、大広間へ向かった。大広間の暖炉近くのサイドボードには、ちゃんと古時計が置いてあった。

 

 (“セプテンの古時計”……)

 ルナは、夢で、この時計の正体を知った。

 (時間を自由にあやつれる、魔法の時計なんだ)

 

 「ルナちゃん、三日も寝てたんだからおなかすいたろ? なにか食べる」

 「うん!」

 バーガスはちゃんと、ルナの分も朝食をつくってくれていた。

 レオナが、あつあつのチキン・スープとパン、卵料理がのったプレートを、運んできてくれた。ひさしぶりの、バーガスのごはんである。ルナは礼を言って、もふもふと食べた。いつもどおり、とてもおいしかった。

 時計を見られるソファで、ルナは夢の内容を、日記帳に書きうつす作業をはじめた。

 ミシェルが帰ってきて、ルナに飛びつくまで。

 

 

 

次の日、すっかり晴れわたった空を仰ぎ見ながら、ルナはミシェルと一緒に、ZOOカードボックスを持って、K19区へ駆けこんだ。

 あいかわらず、ひとっこひとりいない、潮のかおりがして、ウミツバメが飛び交う海があるK19区である。

 「あいかわらずだれもいないね……」

 「うん……」

 ミシェルと一緒に、モダンなガードレールから、果てない水平線をながめ――顔を見合わせて、遊園地に向かった。

 あいかわらず錆びた景観ではあったが、遊園地はたしかにそこにあった。

 ミシェルにもはっきり見えた。

 今までと違うところがただひとつあるとすれば――それは、遊園地の看板が、掲げられていたことだった。

 

 「キッズ・タウン・セプテントリオ」

 (せぷてんとりお?)

 

 「――ルナ!」

 遊園地のなかから声がした。ルナがおどろいてうさ耳をぴょこん! と立てると、そこにはアンジェリカが、明るい笑顔で、両手を振っていた。

 「アンジェ!」

 ルナは猛然と門を乗り越えようとし――「ちょ、待った!」

苦笑したアンジェリカが内側から門をあけると、うさぎが飛びついてきた。

 「よかった! 元気そうで――!」

 「うん」

 アンジェリカは、どことなく、ふた皮も三皮も剥けた顔をしていた。ものすごく美人になった気もする。

 

 「――アンジェ、なんだか美人になった」

 アンジェリカから身を離し、ルナが目をぱちくりさせて言った言葉を、アンジェリカは当然ひねくれた気持ちでは受け取らなかったし、そうなった意味も分かっていた。

 アンジェリカは、「白ネズミの女王」となったからだ。

 「でしょ?」

 「アンジェ――え!? うわ、アンジェ!?」

 ルナの後ろから駆けて来たミシェルは、アンジェリカを見たとたん、

 「なんか、このあいだまでとオーラが違くない!?」

 と叫んだ。

 

 「まあ、これでも、女王様だからね!」

 不敵な笑みをこぼすアンジェリカは、やっぱりアンジェリカのままだった。

 「それより――ルナもなんだか――いつもより、おとなっぽい格好じゃない?」

 アンジェリカは、不思議そうに、三百六十度からルナを見まわした。

 いつも花柄やベージュのワンピース姿のルナが、胸が広く開いた黒のラメ入りカットソーにジーンズ、わずかにでもヒールの高い靴に、濃いグレーのロングコートなど着ていては、なにごとかと思う。

 ルナは言いにくそうに、ちいさくつぶやいた。

 「昨夜、ルーシーがリカバリされちゃって……」

 「ええ!?」

 「ちょ、それまだ聞いてない!」

 アンジェリカとミシェルが、声をそろえて叫んだ。

 

 



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