遊園地の世界は、このあいだ来たときとなにも変わっていない。 錆びた遊具の数々――溶けかけた雪が、滴を垂らして、地面を濡らしている。 「今日は、いい天気だね」 「うん」 「雪は完全にとけちゃうかも」 「うん」 ルナたちは、だれもなにも言わないのに、三人とも、おなじ目的地へ足を運んでいた。 ほとんどしゃべらずにたどりついた場所は、「白ネズミの女王の城」だった。 「……こないだ、ものすごい勢いでくずれたはずだけど、くずれてないね」 ミシェルは言ったが、女王の城は、たしかにくずれてはいなかった。もとの形のまま、そこにあった。 ツタがレンガの壁を這い上がり、陽にさらされ、赤茶けた白壁が、古めかしい様子をかもしだしている。白ネズミの女王が閉じ込められていた、最上階の塔は、日の光を受けて輝いていた。 ルナたちは、トロッコがある地下道の入り口を見に行った。 魚の着ぐるみはいない。錆びた鉄扉の向こうに、レールから外れたトロッコが転がっている。 トロッコはすっかり腐り、なかにはたっぷりと汚れた雨水が。 扉を開けて、地下道をのぞくと、かび臭いにおいがした。ピチョン、ピチョン……と、雪解けのしずくが落ちる音だけが、暗い坑道にひびいている。 「“ムンド”(世界)――」 アンジェリカが、自分のZOOカードボックスを両手でかかげると、紫色の光とともにふたがあき、周囲の様子が変わった。 『やっせ、ほいせ。ほいせ、やっせ!』 『やあどうも! 女王様、再建作業は順調ですぜ!』 『ほうほう、めずらしいですなあ! 白ネズミの女王と偉大なる青い猫と、月を眺める子ウサギがいっしょに!』 ZOOカード世界が、ルナたちにも見えるようになった。 「あ――やっぱり!」 ミシェルが指を指して叫んだが、やはり女王の城は、完膚なきまでに崩壊していた。 たくさんのネズミたちが、城を建て直すために、がれきを運んでいる。 ネズミたちには、ルナたちの姿が、ウサギやネコに見えているらしい。あいさつしていくネズミたちに、アンジェリカはいちいち、「おつかれさま」とか、「よろしくね」と声をかけた。 「ムンド」 アンジェリカがもう一度唱えると、世界は、吸い込まれるようにZOOカードに消えた。 「くずれたのは、ZOOカード世界のお城だったのね……」 ルナは言った。 「一ヶ月くらいで、もとどおりになるって、工事責任者のネズミは言ってた」 「このでっかい城が、一ヶ月で、ねえ……!」 ミシェルが感心したように、腕を組んで城を見上げた。 古いたたずまいの荘厳な城は、ルナたちを見下ろし、しずかにそびえたっている。 三人で、しばらく、まぶしい陽光を腕でさえぎりながら、塔と空を見上げていた。 「アンジェ」 やがて、ルナが言った。 「ごめんね。ずっと――ごめんね。あたし、イシュメルだったときも、ルーシーだったときも、武神を倒せなくって――」 ルナの突然の謝罪に、アンジェリカは、目を見張った。 「な、なに言ってるわけ?」 とんでもないことを言われたような声だった。アンジェリカはルナの肩をしっかりとつかんで言った。 「謝んなきゃいけないのはあたしのほうだよ! その件に関しては!」 アンジェリカは、首を振って、言いつのった。 「あたしたちと、ルナたちの、恨みはべつでしょ。ほんとうは、あたしだって――あたしたちだって――自分たちの手で、ラグ・ヴァーダの武神を滅ぼしたかった」 「でも、それができなかったんだもんね……」 ミシェルも、ぽつりと、無念の思いを口にした。 「あたしきっと、白ネズミの王様っていう宰相を、すごく信頼してたんだ――いまでも、そのことを思うと、胸がすごくきゅっとなる。信頼していた人を、ひどい殺し方をされて、でも、止めることもできなくって、さぞかし悔しかったと思う」 それは、ラグ・ヴァーダの女王の想いだった。 「どうにもできなくて、自分の星には、あいつを倒せるやつがいなくて――アストロスの武神に託しちゃったみたいなものよ。――つまり、アズラエルとグレンにさ」 ミシェルは、肩を落とした。 「アストロスの星の民が、まかり間違えば、武神のせいでひどい目に遭うかもしれなかったわけで――それなのに、あたしはさ、――」 ラグ・ヴァーダの武神によって、悲劇に追いやられたのは、宰相アリタヤと、妻シンドラだけではない。たくさんの女が犯され、男たちが殺された。しかし、ラグ・ヴァーダの武神とたたえられるほどの、星いちばんの、つよく勇猛な武の神――たおせる者が、いなかった。 毒もきかず、彼に振り下ろした刃は折れ、おおきな岩の下敷きにしようとしても、粉砕された。 たくさんのたいせつな人々を殺された女王の悲憤は、言葉にしえないものだった。 アストロスでも、たくさんの人間が、ラグ・ヴァーダの武神に苦しめられた。 セシルの前世は、かの武神に利用されて、今世呪いを受けるような罪を負った。ネイシャの前世は、武神に殺された。妻と子を、ラグ・ヴァーダの武神によってうしなった、ベッタラの前世――彼の想いも、つよく残っている。 「あたし、ちゃんと受け取ったからね。――白ネズミの女王様の気持ち」 ミシェルは、両手を開いたり閉じたりしながら、言った。 この手に、彼女から受け取った「グングニルの槍」がある。 「うん。――あたしも、白ネズミの王様の気持ちを受け取った」 ルナは、まぶしげに、目を細めた。鼻がツンとした。 「とっても――とってもおおきくて、悲しくて――あふれちゃいそうになったけど」 「ルナ、ミシェル」 アンジェリカも、塔を見上げてつぶやいた。 「今度こそ――ラグ・ヴァーダの武神を倒そう」 「うん」 「あたしたち、今度は、ひとりずつじゃないよ」 ルナは言った。ミシェルとアンジェリカが、ルナを見た。 「今度は、三人がちかくにいて、助け合える」 三人は、微笑んで、手のひらを重ね合わせた。――誓うように。 白ネズミの女王の思いが詰まった、塔を見上げて。 |