そのころ、エーリヒとペリドットは、同じ遊園地内の、「シャトランジ!」のアトラクション内にいた。

 ペリドットが発動させた「ムンド」によって、シャトランジ! の室内は、様変わりしていた。城と同様、たくさんのネズミたちが修繕作業に当たっている。

 白ネズミの王の機械人形はすでに撤去されている。チェスの駒に変わったエーリヒ側の駒も、もとの円柱型の駒にもどっていた。

 

 「まるで、粘土でつくったような駒だ」

 エーリヒがあらためて駒のひとつひとつを手触りすると、宝石でつくられたような色ではあるが、どうも、子どもが粘土をこねて作ったような形だった。

 ひとつが、軽自動車ほどもあるおおきさだが。

 

 『ご名答!』

 「君は――」

 やってきたのは、ヘルメットをかぶった『賢者の黒いタカ』だった。

 『これは、子どもが粘土でつくったものがもとになっているよ』

彼は、エーリヒと握手を交わし、

 『じつに、すばらしい勝負だった!』

 とエーリヒの腕を褒めた。

 「ああ。賢者の白ネズミと言ったかな――彼の腕前も、なかなかのものだった」

 エーリヒの言葉は心底からのものだった。こちらの駒がチェスに変わり、チェスのルールが適用されなければ、「シャトランジ」としての勝負は、負けていたかもしれない。

 

 『謙遜するな! ――といいたいところだが、じっさいだな、』

 賢者の黒いタカは、室内をぐるりと見まわし、

 『実戦は、あまりチェスの腕前は必要なくなるかと思う――これは、彼らが君たちに“方法”をたくしたあと、さらに改良するべきものだったからね』

 賢者の白ネズミが、賢者の黒いタカに「シャトランジ!」のつかいかたを教えた。そして、託された黒いタカが今、あらたにシャトランジ! を作り直しているのだ。

 『これが、設計図』

 賢者の黒いタカは設計図を見せてくれたが、ふくざつな魔方陣が描かれているだけで、エーリヒにはまったく意味の分からないものだった。

 

 「さらにこれを、改良するのか」

 ペリドットが聞いた。賢者の黒いタカはうなずいた。

 『うむ。――詳細は、出来上がり次第、おいおい知らせて行こうと思う』

 「たのむ」

 ペリドットとも握手をし、賢者の黒いタカは、工事にもどった。

 

 「アストロスに、これと同じ、シャトランジ! のシステムがある」

 ペリドットは、玉座のひじ掛けに腰かけ、工事を眺めながら、エーリヒに言った。

 「アストロスに?」

 「ああ。――アストロスの地図は頭に入っているか?」

 「完全にね」

「たのもしいな。――俺はかつて、それをこの目で確かめた。アストロスの古代都市、クルクスを囲む、北極海域と隣接するエタカ・リーナ山岳だ。あそこは峻険だって理由もあるが、ラグ・ヴァーダの武神の剣を封じた場所だから、だれも近寄りたがらない」

「……その山岳に、これとおなじシステムが?」

「ああ。こことは違い、洞窟にあるから、機械ではなくて特殊な宝石でつくられてる――あの、操縦盤のことだ」

星守りをはめ込むスペースがあり、駒を動かす操縦盤だ。

 

「これは、伝説でしかねえが」

ペリドットは前置きした。

「このシャトランジ! 自体も伝説だ。千年前のサルディオーネがつくった、“すべての戦を支配する占術”。当時のサルーディーバは、ラグ・ヴァーダの武神が復活してしまったときのために、シャトランジ! を、剣の封印場所近くにつくった。だが、いざ、シャトランジ! を実験のために起動してみると、そのおそろしさに戦慄し――秘密を守るために、その場にいた王宮護衛官はみんな殺され、つくったサルディオーネは王宮深く閉じ込められて亡くなったらしい」

「ぞっとする話だな」

エーリヒは、肩をすくめた。

「たしかに、こんなでかい駒が突撃してきたら、怖いなんてものではないが――それほどまでに、おそろしいものかね?」

 

エーリヒは、対局を思い出していた。

シャトランジとはもともと、地球時代の古代ペルシャのチェスであり、当時は偶像崇拝が禁じられていたため、駒の形は不明瞭であり、あまり区別がつかない形だ。

だが、先日の対局では、これらおおきな駒の中に、おなじくらいのおおきなネズミが入っていて、それぞれ槍を持っていたり、「フィール(象)」はゾウの形になったし、「ファラス(馬)」は馬の形、戦車は戦車の形になった。

賢者の白ネズミこと、千年前のサルディオーネが、養父である王宮護衛官の青ウサギに教えてもらったのが「シャトランジ」だった。それをもとに、つくったのだろう。

勝負となっても、盤上からはじかれるだけで、駒自体が身を覆う鎧のようなものだから、だれも死んではいない。

――命の危機に遭ったのは、ルナだけだ。

たしかに恐ろしいといえばおそろしいが、その場にいた者を全員口封じし、製作者を閉じ込め、システム自体を封印してしまうほど、おそろしいものには見えなかった。

 

「そこだ」

ペリドットが顎に手を当てた。

「ようするに、俺たちも、まだ本物の“シャトランジ!”は見ていないということだ」

「……」

「“切り札”があかされただけ」

 

エーリヒは、まだ修繕されていない、吹っ飛んだ天井の穴から見える、女王の城を見つめた。あっちも崩れて再建作業中だが、塔の形は残っていた。

切り札は「女王」。

――もしかしたら、こちら側の駒は、チェスの駒になるということ。

エーリヒが理解しているのは、それだけだ。

 

「そもそも、ラグ・ヴァーダの武神は、アストロスの武神でなければ倒せないのだろう?」

そういうルールがある、とエーリヒは言った。

「すなわち、このゲームでは倒せんということだ」

 

 

 

 アントニオは、サルーディーバと、朝から掃除をして、ようやく片付いた室内をながめ、満足げなため息を吐いた。中央広場のりんご型の大きな建物は、すっかり綺麗になって、みんなの集合を待つばかりになった。 

 「サルちゃん、朝早くから、手伝ってくれてありがとね」

 「いいえ。掃除は、大好きです」

 サルーディーバは、埃だらけの頬をぬぐいながら微笑んだ。

 「そろそろ時間だな――あ、来た来た」

 「よう」

 「おはよう!」

 

 全員が――すでにここにきていたルナたちに加え、アズラエルにグレン、セルゲイにクラウド、ニックとベッタラ、カザマがやってきて、ようやく全員がそろった。

 生身の人間で行われる、ZOO・コンペティションと言っていいかもしれない。

 今朝は、セルゲイにもしっかり遊園地は見えた。だれも、見えないという人間はいなかった。

 

 「ここにいるみんなにだけは、見えるようにしておいた」

 アンジェリカは言った。

 正式な「ZOOの支配者」となった彼女は、ZOOカードの世界を、縦横無尽に動かせる。

 「あいかわらず、観光客には見えないよ。だから、この遊園地は、ないことになっている」

 

 「――やはりそれは、この遊園地自体がノワの墓、だから?」

 クラウドが、席に着きながらさっそく質問すると、アンジェリカは、

 「正式に言うと、ここはノワの墓ではないよ。ノワが守っているから、見えないということはあるけど。K19区にノワの墓があるってウワサは、きっと、むかし、特殊能力を持っていて、この遊園地が見えたヤツがいて、消えたり現れたりするから、ノワに関係するものだと思ったんじゃないかな」

 「そうか……」

 「でも、やっぱり、この遊園地にのわはいるのね?」

 ルナも聞いた。

 「ノワの存在は、わからないけど――ほんとに。でも、もしかしたら、住処にでもなってるのかも」

 アンジェリカは、遊園地を見渡しながら、つぶやいた。

 

 「ルナ、ところで、アンタが持ってる、あの古時計の正体だけどね、」

アンジェリカは言い、サルーディーバが説明した。

 「あの古時計は、もともと、千五百年前の、L03のサルディオーネのものです」

 サルーディーバの汚れたワンピースとエプロン、マスクとバンダナ姿に、セルゲイとグレンが、信じられないものを見たように、口を開けていた。

「え?」

 

 「ルナたちが会った、遊園地の入り口のお店のおじいさん、あのひとが、千五百年前のサルディオーネ、“セプテンじいさん”だよ」

 



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