「そうだ。彼は、時間を支配した、と言われている」

 ペリドットも言った。

 「時間……」

 ルナが今朝、店を覗き込んだときは、おじいさんはいなかった。

 「セプテントリオは、千五百年前、こつぜんと姿を消しました。時間旅行にでも出かけたのではないか、と一説には。相当ユニークな方だったそうですから。時計は、L03の首都トロヌスの王宮に保管されていたのですが、そちらも、セプテントリオが消えたように、姿を消しました。五百年たって、ルーシーの手に渡り、椿の宿へ置かれたのです」

 「そうだったんだ……」

 千五百年前からある時計。よく壊れずにここまできたと思うが、やはり普通の時計ではないのだろう。

 ルナは、はっと気づいた。

 「千五百年前って、――のわと同じ時代に生きていたのね?」

 ルナが聞くと、ペリドットは、「そうだ」と言った。

 「……」

 ノワとセプテンおじいさんは、もしかしたら、知り合いなのかもしれない。

 ルナはそう思った。

古時計は、大広間に返されていた。シャトランジ! の勝負中、時間を止め、ルナを助けるために、ノワは時計を持っていったのだ。

 

 「それより、弁当美味しそうだなァ」

 アントニオは、アズラエルが持ってきた三段重の弁当箱を開けて、ニコニコ顔だった。アントニオも、サンドイッチの包みと、果物やからあげ、ウィンナーをつめた、おおきめのランチボックスを持ってきていた。

 「もう! さっそくあけてる!」

 話の腰を折られたアンジェリカが怒って言うと、

 「食いながら、話をつづけるか」

 ペリドットも、お重から、ルナの好物であるがゆえにアズラエルがつくった、巨大俵型おにぎりをひとつつまんだ。

 

 「つまり、これからは、ここが会議室になるってことなんだな」

 クラウドが、廃園を見渡しながら言った。

 このりんごの建物は、中央広場の案内所になっていて、けっこうな広さを持っているし、そなえつけの煙突付きストーブもあった。そちらは専門の業者にメンテナンスしてもらわなければつかえないが、反射ストーブをふたつ置けば、じゅうぶん暖は取れた。

 木で作られたテーブルとイスはあるし、トイレも、ちいさなシンクもある。

 

 「うん。ここだけが――この遊園地だけが、まったくラグ・ヴァーダの武神に感知されない場所なんだ」

 みんなに、インスタントのスープの粉がはいったマグカップが手渡された。

 「K33区は、マミカリシドラスラオネザをはじめ、強力な呪術師がそろっている。あそこも、厳重に守られた区画だが、ラグ・ヴァーダの武神の“目”にはかなわん。だがここはだいじょうぶだ」

 ペリドットも付け足した。

 

 「――シャトランジ、というアトラクションが、ラグ・ヴァーダの武神を倒すゆいいつのシステムと聞いたけど、ほんとう?」

 スモークサーモンのサンドイッチは、クラウドのお気に召したようだった。彼は二つ目を手に取って言った。

 「それは、正確には正しくないな」

 エーリヒは、首をかしげた。

 「ラグ・ヴァーダの武神をまったくの――つまり、完全なる無にいたるまで滅ぼすには、アストロスの武神か、イシュメルの刃がなくてはならない」

 「そうだな。シャトランジ! 自体は、おそらくは――」

 ペリドットは多少考え込んだが、結論を告げた。

 「アストロスの武神と、ラグ・ヴァーダの武神を直接対決させるために、邪魔者を排除する作戦とみた」

 「わたしも、その結論に至ったよ」

 エーリヒは、スモークサーモンのサンドイッチがなくなってしまったことに、わずかな悲しみを表して――表情は、無だが――言った。

 「ラグ・ヴァーダの武神――つまりメルーヴァ率いる軍団もある。おそらくは、シャトランジ! を起動させれば、軍事惑星の軍隊は、歯が立たなくなるのだろう。シャトランジ! は、その軍団を食い止める、あるいは、鎮圧するのが、本来の役目かもしれん」

 

 「今朝、俺とエーリヒが調べに行ってみたが、システム自体は理解した」

 ペリドットは言った。

 「エーリヒには、メルーヴァ側の術者――つまり、シェハザールと直接対決してもらうことになる」

 

 ランチボックスに夢中だったみんなの目が、一瞬だけ真剣になった。

 一瞬だ。

 

 「千年の時を経て、ふたたびメルーヴァの身体をうばったラグ・ヴァーダの武神は、メルーヴァの前世、メルーヴァの能力、すべてをつかって挑んでくるだろう」

 反射式ストーブの上で湧いた湯を、スープカップに流し込んでいたアントニオが言った。

 「シェハザールのカードはおそらく“賢者の青ウサギ”に変化する。対等に戦えるのは、おなじ“賢者”しかいないんだ。――つまり、“賢者の黒いタカ”、君だ」

 「ふむ」

 エーリヒは、無表情でうなずいた。

 

 「しかし、操縦盤を起動させる星守りを、メルヴァが持っているのか?」

 クラウドが疑問を口にすると、アンジェリカが、申し訳なさそうに告白した。

 「じつは――あたしの侍女のユハラムが、メルヴァに星守りを送っていたんだ」

 「なんだって……!?」

 クラウドがおどろくと、サルーディーバはうつむいた。

 「事実です」

 彼女は目を伏せた。

 「あの星守りをいったい何につかうのか、わたくしにもわかりませんでした。まさか、シャトランジ! の装置につかうものだとは――」

 

 「その、シャトランジ! のことですが」

 カザマが手帳をひらいて読み上げた。自分を責めるような表情をしたサルーディーバをおもんばかって、話を切り上げた。

 「カーダマーヴァ村の文献にありました。千年前のサルディオーネがつくった術で、セプテントリオの“古時計”同様、“幻の占術”とされているものです。受け継いだ者もなければ、術者がこつぜんと姿を消したので、詳細が残っていない」

 そういう占術があった、という口伝しか残っていません、とカザマは残念そうに告げた。

 

 「シャトランジ! に関しては、ルナの夢を待つしかないと思う」

 ローストビーフの贅沢サンドイッチ(リズンで一番高いサンドイッチ)をもふっていたルナのうさ耳が、ぴこん! と立った。

 「そういえば、なんか夢の中であった」

 ルナはごそごそとバッグをさぐりはじめ、日記帳を持ってこなかったことに気づいて、すぐにあきらめた。ふたたび、なにごともなかったように、サンドイッチをもふった。

 

 「ルーシーが、この宇宙船内で場所を買い、遊園地を建設した――この遊園地は、ZOOカードの世界にそっくりなんだ」

 アンジェリカは、遊具の一つ一つをながめて、つぶやいた。

 「ルーシーは確かに、ラグ・ヴァーダの武神を倒すために、この遊園地を建設した。ルーシーの専属占術師であったアンナはあたしの前世で、この遊園地の建設に関わっていた。そして、シャトランジ! をつくったサルディオーネとも、あたしとルーシーは関わっていたことになる」

 

 アンジェリカは、お重から、最後の俵型のおにぎりと、エビフライと、ミニハンバーグと、出し巻卵を一気に失敬した。

 「あっ! ワタシ、エービフライを狙っていましたよ、アーンジェ!」

 「女王の特権を持って、エービフライは没収する」

 アンジェリカは、食べ物に関してはゆずらなかった。アンジェリカの口に消えゆくエビフライに、ベッタラの、悲痛な悲鳴がひびきわたる。

 「シャトランジ! は改良待ち。あたしは、“アンナ”をリカバリして、それからだな――やることがいっぱいだ」

 

 カザマが、持ってきたトートバッグから、書類を取り出した。

 「頼まれていた調べものですけれど、このタイミングで出してよろしいかしら?」

 「悪いな、見せてくれ」

 ペリドットとアントニオがのぞき込む。カザマが、皆に説明した。

 「この宇宙船の、ルーシーさんが資金を提供した建設物をしらべました」

 「まあ……!」

 サルーディーバも、ペリドットの手元をのぞいた。

 

 「世界最大の美術館といわれる、ルーシー&ビアード美術館、椿の宿、K08区にあるコンサートホール、それから、K19区一帯――」

 「遊園地だけじゃなくて、K19区一帯が、ルーシーの買い取った土地だったのか」

 腑に落ちて、アントニオもうなずいた。

 

 「ルーシーはいきなり亡くなられて、すべての計画がとん挫したのです。美術館はとっくにできあがっていましたし、椿の宿とコンサートホールも問題はありませんでした。ですが、K19区だけは――ここがこんな中途半端な街並みなのは、そのせいでしょう。ルーシーの死後は、会社の立て直しのために、ビアードも余裕はなかった……ルーシーの後を引き継いで、K19区の区画整備を請け負ったのは、サイモン・K・トレスデンという方――」

 

 「サイモン・K・トレスデンか。L55のテトラワイス県の県知事として有名だが、それ以前は、不動産業界でひと儲けした事業家だ。彼もまた、地球行き宇宙船創設時の筆頭株主」

 「君の頭の中は、辞典かなにかなの!?」

 ニックがびっくり顔でクラウドを見た。

 「ルーシーのことを知ってから、何かの役に立つかなと思って、地球行き宇宙船創設時の株主をぜんぶ覚えたんだよ」

 クラウドは、これしきのことはなんでもないという顔で、肩をすくめた。

 「サイモンも、請け負ったはいいが、あまり手はつけなかったようだね」

 アントニオも、K19区の寂れっぷりを思い出してあきれ顔をした。

 

 「ルーシーはね、ここに、子どもの国をつくろうとしたの」

 

 いきなりルナが言ったので、おとなたちは、「え?」という顔でルナのほうを見た。

 

 「ルーシーは子どもの国をつくろうとしたんだよ? あの“キョウカイ”もほんとは図書館で、お城のつもりなの! ルーシーはK19区全体を遊園地にしようとしたの。資金と時間が足りなくってできなかったけど! でもね、サイモンはそうゆうの知らなくって、ふつうの観光地にしようとしてつくって、それでちぐはぐになったの! それでね、サイモンは、この遊園地見て、あんまりこの区画はてをかけちゃいけないんじゃないかなあって思って、途中でやめちゃったの! ね!」

 

 「わたし?」

 エーリヒが自身を指さした。ルナはエーリヒに「サイモン」と呼びかけていた。

 

 「“わたし、まだまだやることがあったのよ……”」

 

 「ルナ!?」

 そういって、ルナは、ばたーん! と真後ろに倒れた。

 

 



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