「“パズル”をチェックしたところ、ルーシーのリカバリにくわえ、LUNA NOVAまでリカバリされていた」 ペリドットはそう言った。彼の手元には、ルナが行くかもしれない場所の名前を羅列したリストがある。 「あたし、ルナにそれを聞いたんだけど、言うの忘れてた……」 ミシェルが頭を抱えた。 「でも、ララのもとにはいない。ホントにララは知らなかった」 クラウドが言い、 「ルナが消えたっていうなよ? ララのことだ。大げさに探し始めるぞ」 アズラエルは、リストにあるララの名前を、太い二重線で消した。 ルナが卒倒する直前、ルナの口から出た言葉が「ルーシー」のものだったため、「ルーシー」化したルナはララのもとへ行くと思い込んでいたが、どうも違ったようだ。 一刻も早く、ルナをとっ捕まえて、ノワと、ルーシーのリカバリを解除しなければ。 「いったい、どこに行ったんだ……ルナちゃん」 ルナは、こつ然と姿を消した。 遊園地でいきなりぶっ倒れたルナは、すぐに屋敷の自室に搬送されたが、一時間もしないうちに、姿が消えていたのだ。ルナが寝ていたはずのベッドはもぬけの殻で、跳ね上げられた毛布と、全開になった窓だけが、ルナの不在を物語っていた。 ふつうなら、三階の窓から飛び出したら無事ではいられないはずなのだが、なにしろ、今のルナには、あのノワがリカバリされている。 「今のルナちゃんは、下手をしたらだれにも見えない可能性がある……」 クラウドの嘆息の意味も分かる。クラウドの探査機からも、ルナの存在は消えているのだ。 K19区の遊園地での大ごとが終わって、家に帰り、それから三日後に皆で遊園地に集まった。その会合まで、ルナはだれにでも見えていた。 表現はおかしいが、とにかく、ルナが見えないという者はたったひとりとしていなかったのだ。 シャトランジ! の継承が終わって、自然――役目を終えたノワのリカバリは解除されたのだと、皆は思っていた。 だがちがった。ルナは知らぬうちに姿を消し、ペリドットが調べたところによると、まだリカバリは解除されていない。 書斎では、ペリドットとクラウドが、ZOOカードと探査機をめのまえにして、どうやってルナを探すか、昨日から頭をひねっている。 エーリヒは街に繰り出している。ルナを探すためだ。ノワの好きな美女を侍らせて――つまり、セシルを。 さっき、ミシェルがエーリヒに合流するといって出て行った。 美女欄に名前があげられなかったレオナは憤慨したが、レオナにもルナは見えないので、ある意味仕方がない。 リビングでは、アズラエルとグレンにセルゲイ、アントニオが、手持無沙汰に、ソファに座っていた。アズラエルたち三人は、ノワを探しに行けない。彼らの姿を見たなら、ノワはますますかくれるだろうから、ということだ。 「俺たちがこの屋敷にいる以上、ルナは――ノワは帰ってこねえんじゃねえか」 アズラエルが分厚い肩をすくめた。 「そうとも言えないさ。ペリドットが、本人がこの場にいなくても、リカバリを解除する術を見つけたなら、ルナちゃんはルナちゃんとして、もどってくる」 アントニオの言うそれは、もっと可能性が低かった。ルナを見つけたほうが早いに決まっている。 「そもそも、なんで、そんなに俺たちを嫌うんだ」 アズラエルが、どことなく悲しげに言った。 グレンとセルゲイも同調した。 それはそうだ、ノワだろうがなんだろうが、ルナに嫌われるなんて、あんまり気分のいいこととは言えない。 「――自覚がないのは、いいことかもしれないな」 ちっとも嫌味ではなく、アントニオは言った。 「おまえは、ノワの歴史を知っているのか。その――ノワが、俺たちを嫌う理由を?」 グレンも聞いたが、アントニオは首を振った。 「ノワの詳しい歴史は知らないよ――でも、君たちの輪廻転生のパターンを見ていればわかるだろ」 アントニオはおおげさに両腕を広げた。 「結末のパターン! だいたいルナちゃんは毎回、セルゲイには閉じ込められて、アズラエルには殺される」 セルゲイは両手で顔を覆い、アズラエルはそっぽを向いた。グレンが二人をにらんだ。 「グレンとは、愛し合うパターンがけっこう多いけど、悲恋で終わる――だけど、これはあくまでも、ルナちゃんと君たちが異性で出会った場合、成立するパターンだ」 グレンもようやく、想像ができるところまで来た。 「つまり、俺たちは、ノワのケツを追いかけて回っていたってわけか?」 「君がかわいい女性で生まれていたなら、ノワも大喜びだっただろうが、同じ図体の大男に追い掛け回されて嬉しいわけがないよな」 「……」 アントニオの言葉には、だれもが同意するしかなかった。男たちは猛省したが、それだけノワが魅力的だったのだという言い訳に落ち着いた。 不精ひげ面の筋肉質なおっさんの姿は、この際記憶から消去した。 「イシュメルのときは、君たちはそろいもそろって美女だったからね。セルゲイは、イシュメルの父として生まれて、イシュメルがイシュメルとして生きるよう、厳しく指導はしたけど、イシュメルの目的も同じだったから、閉じ込めるだのなんだの、おおげさな方向には発展しなかった――イシュメルが、イシュメルとしての役割を捨てて出奔でもしていれば、べつだったかもしれないけれど」 「……じゃあ、わたしは、ノワを閉じ込めようとしたってこと?」 セルゲイが、苦笑いと神妙な笑いを交互に織り交ぜながら、へんな顔で言った。 「君覚えてない? 真砂名神社の拝殿で、エーリヒに言った言葉」 『“いまいましい鳥め! 鳥の分際でわたしのノワを――羽根をむしって、今日の夕食にならべてやる!”』 セルゲイはふたたび沈んだ。「わたしのノワ」とか、たしかに言った――。となると、セルゲイもアズラエルも、グレンも、三人そろってノワの尻を追い続けていたことになる。 逃げられるのは当たり前だった。 「悠長にもしていられないぞ」 クラウドが、書斎から出てきて言った。 「いまのルナちゃんは、ノワだ。あちこち放浪の旅に出ていたノワだぞ? もしかしたら、気まぐれで、ふらりと宇宙船を降りてしまうこともあるかもしれない」 「――!」 「宇宙船がつぎの補給エリアに着くのは三日後だ」 アントニオがカレンダーを見ながら、言った。 「つまり、三日間が勝負ということか」 |