百七十話 天秤を担ぐ大きなハト U



 

 「“パズル”をチェックしたところ、ルーシーのリカバリにくわえ、LUNA NOVAまでリカバリされていた」

 ペリドットはそう言った。彼の手元には、ルナが行くかもしれない場所の名前を羅列したリストがある。

 「あたし、ルナにそれを聞いたんだけど、言うの忘れてた……」

 ミシェルが頭を抱えた。

 「でも、ララのもとにはいない。ホントにララは知らなかった」

 クラウドが言い、

 「ルナが消えたっていうなよ? ララのことだ。大げさに探し始めるぞ」

アズラエルは、リストにあるララの名前を、太い二重線で消した。

ルナが卒倒する直前、ルナの口から出た言葉が「ルーシー」のものだったため、「ルーシー」化したルナはララのもとへ行くと思い込んでいたが、どうも違ったようだ。

一刻も早く、ルナをとっ捕まえて、ノワと、ルーシーのリカバリを解除しなければ。

 「いったい、どこに行ったんだ……ルナちゃん」

 

 

 ルナは、こつ然と姿を消した。

 遊園地でいきなりぶっ倒れたルナは、すぐに屋敷の自室に搬送されたが、一時間もしないうちに、姿が消えていたのだ。ルナが寝ていたはずのベッドはもぬけの殻で、跳ね上げられた毛布と、全開になった窓だけが、ルナの不在を物語っていた。

 ふつうなら、三階の窓から飛び出したら無事ではいられないはずなのだが、なにしろ、今のルナには、あのノワがリカバリされている。

 

「今のルナちゃんは、下手をしたらだれにも見えない可能性がある……」

クラウドの嘆息の意味も分かる。クラウドの探査機からも、ルナの存在は消えているのだ。

K19区の遊園地での大ごとが終わって、家に帰り、それから三日後に皆で遊園地に集まった。その会合まで、ルナはだれにでも見えていた。

表現はおかしいが、とにかく、ルナが見えないという者はたったひとりとしていなかったのだ。

シャトランジ! の継承が終わって、自然――役目を終えたノワのリカバリは解除されたのだと、皆は思っていた。

だがちがった。ルナは知らぬうちに姿を消し、ペリドットが調べたところによると、まだリカバリは解除されていない。

書斎では、ペリドットとクラウドが、ZOOカードと探査機をめのまえにして、どうやってルナを探すか、昨日から頭をひねっている。

エーリヒは街に繰り出している。ルナを探すためだ。ノワの好きな美女を侍らせて――つまり、セシルを。

さっき、ミシェルがエーリヒに合流するといって出て行った。

美女欄に名前があげられなかったレオナは憤慨したが、レオナにもルナは見えないので、ある意味仕方がない。

 

リビングでは、アズラエルとグレンにセルゲイ、アントニオが、手持無沙汰に、ソファに座っていた。アズラエルたち三人は、ノワを探しに行けない。彼らの姿を見たなら、ノワはますますかくれるだろうから、ということだ。

 

「俺たちがこの屋敷にいる以上、ルナは――ノワは帰ってこねえんじゃねえか」

アズラエルが分厚い肩をすくめた。

「そうとも言えないさ。ペリドットが、本人がこの場にいなくても、リカバリを解除する術を見つけたなら、ルナちゃんはルナちゃんとして、もどってくる」

アントニオの言うそれは、もっと可能性が低かった。ルナを見つけたほうが早いに決まっている。

 

「そもそも、なんで、そんなに俺たちを嫌うんだ」

アズラエルが、どことなく悲しげに言った。

グレンとセルゲイも同調した。

それはそうだ、ノワだろうがなんだろうが、ルナに嫌われるなんて、あんまり気分のいいこととは言えない。

 

「――自覚がないのは、いいことかもしれないな」

ちっとも嫌味ではなく、アントニオは言った。

「おまえは、ノワの歴史を知っているのか。その――ノワが、俺たちを嫌う理由を?」

グレンも聞いたが、アントニオは首を振った。

「ノワの詳しい歴史は知らないよ――でも、君たちの輪廻転生のパターンを見ていればわかるだろ」

アントニオはおおげさに両腕を広げた。

「結末のパターン! だいたいルナちゃんは毎回、セルゲイには閉じ込められて、アズラエルには殺される」

 

セルゲイは両手で顔を覆い、アズラエルはそっぽを向いた。グレンが二人をにらんだ。

「グレンとは、愛し合うパターンがけっこう多いけど、悲恋で終わる――だけど、これはあくまでも、ルナちゃんと君たちが異性で出会った場合、成立するパターンだ」

グレンもようやく、想像ができるところまで来た。

 

「つまり、俺たちは、ノワのケツを追いかけて回っていたってわけか?」

「君がかわいい女性で生まれていたなら、ノワも大喜びだっただろうが、同じ図体の大男に追い掛け回されて嬉しいわけがないよな」

「……」

アントニオの言葉には、だれもが同意するしかなかった。男たちは猛省したが、それだけノワが魅力的だったのだという言い訳に落ち着いた。

不精ひげ面の筋肉質なおっさんの姿は、この際記憶から消去した。

 

「イシュメルのときは、君たちはそろいもそろって美女だったからね。セルゲイは、イシュメルの父として生まれて、イシュメルがイシュメルとして生きるよう、厳しく指導はしたけど、イシュメルの目的も同じだったから、閉じ込めるだのなんだの、おおげさな方向には発展しなかった――イシュメルが、イシュメルとしての役割を捨てて出奔でもしていれば、べつだったかもしれないけれど」

 

「……じゃあ、わたしは、ノワを閉じ込めようとしたってこと?」

セルゲイが、苦笑いと神妙な笑いを交互に織り交ぜながら、へんな顔で言った。

「君覚えてない? 真砂名神社の拝殿で、エーリヒに言った言葉」

 

『“いまいましい鳥め! 鳥の分際でわたしのノワを――羽根をむしって、今日の夕食にならべてやる!”』

 

セルゲイはふたたび沈んだ。「わたしのノワ」とか、たしかに言った――。となると、セルゲイもアズラエルも、グレンも、三人そろってノワの尻を追い続けていたことになる。

逃げられるのは当たり前だった。

 

「悠長にもしていられないぞ」

クラウドが、書斎から出てきて言った。

「いまのルナちゃんは、ノワだ。あちこち放浪の旅に出ていたノワだぞ? もしかしたら、気まぐれで、ふらりと宇宙船を降りてしまうこともあるかもしれない」

「――!」

「宇宙船がつぎの補給エリアに着くのは三日後だ」

アントニオがカレンダーを見ながら、言った。

「つまり、三日間が勝負ということか」

 



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