「う、わ……」

ルナは思わず、サンドイッチを食べるのも忘れて見上げた。宇宙の中に、まるで惑星ほども大きなハト――天秤を担ぎ、惑星を衛星のように従わせている、巨大なハト。

ララの、八つ頭の龍より、おおきい。

 

(こんなおおきなハトさん、見たことないです……)

ハトが、というより、ZOOカードの動物で、こんなにもおおきな動物を、見たことがない。

ルナはぽっかりと口を開け、その青年に見とれた。そして、とうとつに思い出した。月を眺める子ウサギからのメッセージを。

 

『ルナ、“天秤を担ぐおおきなハト”さんに会ったら、黄金の天秤をおねだりするのよ』

 

(おおきなハトさんだ!)

ルナのうさ耳が、ぴーん! と立った。

 

「それ、どこで売ってるの」

青年は、席を探していた感じではなかった。まっすぐに、ルナのほうへやってきたのだ。そして、ルナが齧っているサンドイッチとアップルサイダーのセットを指さして、聞いた。

「え?」

「そのサンドイッチ」

ルナは、齧りかけのパンを見つめた。そして、

「あっちのお店。となりの露店で、アップルサイダーを無料で配ってたの」

「ほんと!? まだあるかな」

青年は顔を輝かせてそちらへ向かった。

 

(おや?)

ルナの向かいの席に、キャリーケースを置いたまま――。

(もしかして、ここにすわる?)

ほどなくして、青年は、ホットドッグとアップルサイダー、それから、同じ店で売っているアップルパイをふたつ、プレートにのせてもどってきた。

 

「サンドイッチは売り切れだった。残念だなァ」

そういって、ルナの向かいに腰かける。

(かわいい!)

にっこり笑う笑顔は、この青年がルナよりずいぶん年上だとわかるのに、なでなでしてあげたくなるような愛嬌にあふれていた。無料のアップルサイダーはまだくばっていたらしく、青年は嬉しげに紙コップを口に運んだ。

 

「パイ、嫌いじゃなかったら食べてよ」

彼はふたつあるアップルパイをひとつ、ルナのほうへ置いた。

「えっ?」

「君は、名前、なんていうの」

眼鏡の奥で、やさしそうな目が細められる。こんな目で見つめられたら、たいていの女の子は、応じてしまうだろう。ルナは、口をパクパクとしながら、「る、るなです……」と自己紹介した。

「ルナちゃん! カワイイ名前! ――そうだな、俺は――」

青年は、ちょっと考えるようなそぶりを見せ、

「エルコレ、とでも名乗っておこうかな」

「えるこれさん?」

「エルでいいよ。君は、この宇宙船の船客なの? それとも、役員さんの娘さんとか――」

「せ、船客です」

「そう。めずらしいね、こんな時期まで乗っているなんて」

 

エルコレの話術は巧みだった。よくしゃべるというわけではない、適度な間もある。しかしルナに考える余地を持たせない不思議なスピードで、会話を終わらせなかった。

なので、ルナはなかなか席をたてず、必然的に、エルコレが食べ終わるまで待つことになった。

エルコレがすっかり、アップルパイまで食べ終わり、「ごちそうさまでした」と言って立った。ルナも立った。これでお別れかと思いきや、ちがった。

エルコレはプレートを返却口にもどすと、ルナの左手をとった。手をつないだのだ。ルナは口をぽっかりあけたが、なぜか振り払えなかった。

なぜか、子どもと手をつないでいるような、奇妙な感覚に襲われたからだ。

エルコレは、右手にルナの手、左手にキャリーケースを引きずりながら、シャイン・システムのほうへ歩いていく。そして、ポケットから出したゴールド・カードを挿入口に突っ込んだ。

 

(このひと――株主さん!?)

ルナとミシェルが、ララからもらった株主優待券カード。同じものを、エルコレも持っている。

(何者ですか! このひとは、株主さんですか!)

ルナが質問攻めにするまえに、エルコレが言った。

「何代かまえから、うちは、この宇宙船の株主で。ふつうの先客はシャインつかえないでしょ」

「――う、うん」

「あれ? もしかして、シャインのこと知らないかな?」

ルナはぶんぶんと首を振った。

 

 

 

「――ルナちゃんが、あちこち移動してる」

「ひとりでか?」

「いや、“モブ”と」

「モブ!?」

クラウドの探査機を全員がのぞき込んだ。

クラウドがいう“モブ”というのは、探査機にははいっていないデータの人間だ。つまり、その他大勢として表示される。

「瞬間的にあちこち移動するってことは、シャインをつかってる――つまり、役員か、株主かだ」

クラウドのデータにない役員、および株主。アズラエルたちも知らない人間だ。

 

「また、ナンパされたのか」

「あいつはどうして、知らない人間に軽々しくついていくんだ……」

「夜の神が怒ってない……つまり、安全なのかな? 女性なの?」

「男性だよ」

「ええっ!? だいじょうぶかな?」

「身長百八十前後。細身だけど、筋肉はしっかりついてる――スポーツマンの体格だ。髪はみじかい――マフラーにコート――革靴。株主かもしれない。身に着けているものがブランド品だらけだ。キャリーケースを持ってる。若いな――二十歳から四十歳までのあいだだ」

「その探査機、データがなくてもそんなところまで分かるのか。ZOOカードみてえだな」

ペリドットが、クラウドの探査機に、はじめて興味をしめした。

 

アズラエルたちは、急にせわしなくそのあたりをウロウロしはじめたが、とんでもないことが起こった。

アプリの画面に、ピンクのウサギが、デジタル画像で浮き上がった。そのとたん、クラウドの携帯電話は真っ暗になった。電源が切れたのだ。

「え――アレ!?」

「のぞき見するなってことだ」

ペリドットが肩をすくめて言い、あとは、クラウドがなにをどうしようが、電源がつくことはなかった。

 

 



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