エルコレの目的地は、なんと貴族の居住区であるK09区だった。

ルナの屋敷同様、シャインの出入り口が屋敷内、および敷地内に併設されている。おおきな屋敷の敷地内に出たエルコレは、ルナの手を引いて、屋敷に入ろうとした。ルナたちの屋敷より、もうひとまわり大きそうな城だ。

玄関扉を開けて入り、「ちょっとそこに座ってて」と、ルナを大広間のソファに置き去りにして、映画にでも出てきそうな華美な装飾の階段を上がって、エルコレは二階に消えた。

屋敷内は、いつも人の手が入っているようで、ほこりひとつなく、清潔を保たれている。

十分も経たずにエルコレはもどってきた。

「行こうか」

また、ルナの手を引いて、シャインに入る。

つぎにルナの視界に入ったのは、超高層マンションの室内だった。

レオナたちがかつて暮らしていた部屋のように、全面ガラス張りの壁の向こうに、都会の街並みが見渡せる。

 

「ここはね、中央区K01区に隣接する、K08区の端っこ」

エルコレは、コートを脱ぎながら、「さっきの屋敷は、先祖伝来の資産だけど、ここは俺が買ったんだ」と、ハンガーにかけながら言った。マフラーと一緒に、ハンガーにかけたはいいけれど、ずいぶん歪んでいる。ルナは直してあげた。

「ありがと」

エルコレは、ルナの手をにぎったまま、リビングのソファに座った。映画のスクリーンかと思うような大きなテレビがあって、エルコレはパチリとテレビをつけた。最新の映画が流れている。映画チャンネルらしい。

「映画って好き?」

「う、うん……」

「なにが好き?」

「……」

ルナは迷った。なにが、とジャンルを指定しなくても、なんでも好きだった。

「女の子だから、恋愛映画とか?」

「恋愛映画はあんまり見ないよ」

「見ないの?」

エルコレは驚き顔で言った。

「俺なんか、恋愛映画ばっかり」

「そうなの!?」

ルナの方も驚いた。でも、この女にもてそうな男のことだから、恋愛映画ばかりというのもうなずけるかもしれない。いつも恋人と、恋愛映画を見ているのかも――。

 

「俺の好きな子は、あまりテレビも映画も見ない」

エルコレは、なにがおかしいのか小さく笑って、言った。

好きな子、というのは恋人だろうか。

「俺がマジ泣きする恋愛映画のシーンでも、真顔で見てるし、泣いてる俺を、いつもつめたい目で見るし――泣けるの確実! とか言われてる話題の映画でも、ぜったい泣かないんだ。でも、どうして、なんで泣くのか分からないってところで、泣くの」

エルコレは、チェンネルを次々と変える。

「荒涼とした砂漠とか――果てしなく続く氷の大地とか。そういうのが出てくると、たまに目が潤んでたりして、可愛い」

俺には、涙をぜったい見せたがらないけど、と言って苦笑した。

「絶対的で、さからえない自然の驚異ってものが、たまに怖くなることがあるんだって。それと同時に、震えるような感動を覚えることがあるって――そっちのほうが、繊細だと思わない?」

俺みたいな、いつでも流せる、安っぽい涙より。

ルナはだまってエルコレを見つめ、話を聞いていたのだが、やがて、「あ、あたし、これ見る!」と言ってチャンネルを変えるのをやめさせた。

最近DVDになったばかりの、ファンタジー映画だった。

「おもしろそうだね」

エルコレは賛同し、ルナと一緒に見始めた。

 

ちいさな王国に、たったふたりの騎士がいた。

赤の騎士と、青の騎士。

ふたりは、攻め寄せる大国から、自国を守ろうと、必死で戦うが負けてしまう。

王を逃がし、追われる生活のなかで、滅びた王国を蘇らせようと、青の騎士は国に残って戦い続けるが、赤の騎士は――王が希望をかけた、王になる器を持つ騎士の方は、青の騎士とたったふたりで、田舎に引っ込んで、平和に暮らしたいと願う――。

結局、王国のために戦い続ける青の騎士のために、赤の騎士ももどるのだが、その先にあるのは、悲劇だ。

青の騎士と、ともに暮らしたいがために、王国を売ったのは赤の騎士だった。

青の騎士は慟哭する。

いちばん信頼していた友が、自分を過酷な任務から解くために、王国を売った。

ちなみに青の騎士は女性で、赤の騎士は男性――れっきとした恋愛映画である。

 

「……俺は赤の騎士の気持ちがわかるなあ」

エルコレは、ぼんやりと言った。

「俺もたまに、ぜんぶ捨てて、オルドを連れて、たったふたりで、どこかに行きたいって思うコトがある」

クライマックスシーンに号泣中のルナは、エルコレのぼやきを聞き逃した。

 

(オルド?)

――エルコレは、オルド、と言った気がする。

 

「“青の騎士はきっと、赤の騎士を利用すればよかったのかもね”」

ルナは、自分の口から勝手に言葉が出たのでびっくりした。

「“自分一人でがんばらないで、自分を愛している赤の騎士を愛して、王国のために奮闘させればよかったのよ”」

月を眺める子ウサギの声ではなかった。

(ルーシー?)

「“分かっているわ”」

エルコレの視線に、ルーシーは肩をすくめて言った。

「“そんなカンタンに、いかないってことも”」

 

「それはそうかも――でも、君の言いたいことも分かるよ」

エルコレが同意してくれた。

「――青の騎士が、赤の騎士を愛してくれさえしたなら、なんだってしてあげるのに」

それはまるで、エルコレが、赤の騎士であるかのようだった。

「“でも彼女は、騎士としてのプライドと使命感が邪魔をして、赤の騎士をあいすることができないのだわ――悲劇ね”」

「それはやっぱり、プライドと使命なの?」

エルコレの問いに、ルナは答えることができない。こたえたのはルーシーだった。

「“そうね。プライドと使命って、存外、厄介なものよ”」

「……」

「“でもね、いまのあなたの場合、青の騎士は気づいてないだけなの”」

「……え?」

テレビを見つめていたエルコレが、ルナのほうを見た。

「“青の騎士が、そうとうのカタブツなのは、あなたも知ってるでしょ?”」

ルナのウィンクに、エルコレは、両眼をぱちくりさせた。

「“わたしが、あなたの可愛い青の騎士に、気づかせてあげるわ。――それから、“あなたの天秤、わたしがもらってあげる”」

 



*|| BACK || TOP || NEXT ||*