百七十一話 予言の絵 U



 

 アンジェリカは、ルナの部屋に入った途端に目に飛び込んできた「それ」に、口をぽっかりあけた。

 決して、あきれたのではない。

 アンジェリカはまっすぐに、「それ」――つまり、おもちゃの部屋が、すみずみまで見える距離まで近づき、やはり口を開けたまま、じっくりと家具のひとつひとつを見つめ――言った。

 

 「すごい! 可愛い!!」

 アンジェリカは大興奮で、ルナに向きなおった。

 「なにこれすごい! 売ってるの? どこで売ってるの!? つくったの!?」

 「ふ、ふつうのおもちゃ屋さんで売ってるの」

 「どこの!?」

 「こ、これを買ったのは、K12区のデパートのおもちゃ屋さん」

 ルナは、アンジェリカの迫力に負けて白状した。

 「お部屋はね――あたしがベニヤ板でつくったんだけど」

 「うわあ――マジすごい。かわいい――本物みたい――」

 アンジェリカは、指先でつまめるようなちいさなポットとティーカップを、うっとりとながめた。ルナは言った。

 「ミシェルの部屋に、もっとすごいのがあるよ」

 「マジで!?」

 

 書斎にいたクラウドを引きずり出し、ルナとアンジェリカは、ミシェルの部屋に入れてもらった。

 そこにあったのは。

 

 「う、わあ――!!」

 アンジェリカの歓声が、ひときわ、大きなものになった。

 そこには、城があったからだ。

 そう――ルナがあまりに大きすぎて購入をあきらめた、十五センチぬいぐるみが入れる、巨大なお屋敷シリーズの――「城」である。

 蝶つがいで固定されており、ぱっくりと真ん中から開き、中が見られるようになっている。三階建ての、豪華な城だった。

 なかには、ルナの部屋にあったものと同じ、おもちゃの家具や食器がそろっていた。

 

 「あたしの部屋にある、“うさこの部屋”を偉大なる青いネコが見たらしいの」

 ルナが知らない間に、うさこは、ともだちの青い猫と、白ネズミの女王を連れて、あの部屋に来ていたらしい。

 「そうしたらね、青い猫が、ミシェルに催促したの。自分も部屋が欲しいって」

 アンジェリカは、ふたたび口をあんぐりと開けた。

 「ルナちゃんの部屋にあるものと同じものをミシェルがつくろうとしたら、部屋じゃなくて城がいいって、リクエストを」

 クラウドが、腕を組んで、苦笑いしていた。

 

 「それで、白ネズミの女王も、ルナのうちに行けって、うるさかったのか……」

 アンジェリカは、白ネズミの女王がなぜかルナの屋敷へ行けとせっつくので、遊びに来たのである。ルナの部屋に入ってから、理由が分かった。

 白ネズミの女王も、自分の部屋を欲しがっているのだ。

 

 そうとわかれば、いますぐお城や家具を買いに行くことにし、ルナの部屋にもどると、うわさをすればなんとやら――うさこの部屋に、月を眺める子ウサギと、白ネズミの女王がいて、ティー・パーティーをしているではないか。

 

 「うさこ!」

 ルナが駆け寄ると、月を眺める子ウサギは、ひざ掛けをかけてソファに座り、優雅に紅茶とケーキを楽しんでいた。

 『最高の居心地よ、ルナ。ありがとう』

 向かいの白ネズミの女王も、クッションを抱きかかえ、『素敵な部屋だわ』と言った。

 

 「こ、この紅茶とケーキ、どこから持ってきたの」

 丸テーブルに乗っているのは、おもちゃの菓子皿とティーカップとポットだが、ケーキと、湯気を立てた紅茶はほんものだ。アールグレイのかおりが、ルナの鼻孔をくすぐったし、おもちゃの皿にあう、ほんとうにちいさなケーキから、ほんのりとイチゴの匂いがする。

 よくみると、おもちゃの古時計も、チクタクチクタク、音を刻んでいる。本物の時計のように、針が動いているのだ。

 

 『なんのことはないわ――ところでルナ、黒板が欲しいのよ』

 「こ、黒板?」

 『それからね、あたしの自画像も嬉しいけど、しばらく、この絵は変えさせてもらうわね』

 月を眺める子ウサギがステッキをひと振りすると、壁に飾ってあったルナ自筆のうさこの絵が、遊園地のマップに変わった。

 K19区の、「キッズ・タウン・セプテントリオ」のマップだ。

 「……」

 うさこが自由にリフォームしていく部屋を見て、ルナもあんぐりと口を開けた。

 『わたしもはやく、部屋が欲しいわ――見に行きましょうよ』

 白ネズミの女王が、そういって、ルナとアンジェリカを急かした。

 

 

 

 ルナとアンジェリカは、シャイン・システムで、K12区へ飛んだ。ルナがよくいくファッション・ビルの8階に、キッズ・コーナーがあって、おもちゃはそこで購入したものだった。

 「いっぱい、種類があるね……!」

 白ネズミの女王を肩に乗せたアンジェリカ――ひとりと一匹は、ウキウキと店内を見回した。

 おもちゃの家も、たくさんの種類がある。お城やお屋敷、ロッジのような家、お店シリーズと銘打って、カフェやケーキ屋さんもある。全部集めたら、街がつくれそうなほど、種類は豊富だった。

 家具や食器、雑貨達も、本物を模してつくられた精巧なもので、アンジェリカは、ほんとうに明かりが点くちいさなランプを手に取って、感激のため息を漏らした。

 

 「黒板なんか、あったかなあ……」

 ルナは、学校シリーズが置いてあるコーナーを、探していた。

 「あ、あった」

 黒板とチョーク、教壇などがいっしょになったセット。バラ売りもある。

 ルナのコートのポケットから、顔をのぞかせていたうさこは、『ねえあれ! あそこ、あそこへ行って!』とルナの脇腹をステッキでつついた。

 「あいた! うさこ! 痛い!」

 『あっち!』

 ルナは脇腹をおさえながら、うさこがしめした方へ行った。

 そこには、煙突と人口芝生の庭がついた、三角屋根の二階建ての家があった。

 「……」

 うさこが、ルナの頭の上から、じっとそれを見つめている。

 



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