「もしかして――うさこ――これ、欲しいの?」 月を眺める子ウサギは、こくりとうなずいた。 「これ、三万デルもするよ!?」 『アズラエルに買ってもらいなさいよ』 うさこは平然と言った。 『セルゲイかグレンでもいいじゃない。なんなら、あたしが頼んであげようか?』 「なにゆってるのうさこ!!」 頼めば、もしかしたら買ってくれるかもしれないが――非常に問題がある。頼みようによっては、三軒、家が建ってしまうかもしれない。 「……」 ルナは考え直した。L77にいたころの生活ならともかくも、今は、多少余裕のある生活ができている。お屋敷の家賃が破格に安いのもたすかっているし、食費も、ルナはほかのルームメイトにくらべたら格段に食べないので、多くは払っていない。 ピエトに買ってあげたゼラチンジャーの変身セットも、このくらいした。 (う〜ん?) 思い切って、買っちゃうか? 『買ってよ、ケチ』 うさこがふて腐れ始めたので、ルナはしかたなく、固く結んだ財布のヒモを、ゆるめた。 店内で別行動をとっていたアンジェリカと合流したルナは、彼女が持っているおおきな箱が、ルナが持っている箱と同じだというのに気付いた。 「あ、ルナも家を買ったの」 「おんなじだ」 アンジェリカは、お城を買うと思っていた。ルナがそれを言うと、 『だってね、お城は、いちいち、開かなきゃいけないのよ』 白ネズミの女王が、言った。 『この庭付きのおうちなら、庭にイスとテーブルを置けば、すぐアンジェとも話ができるわ』 アンジェリカが持っている紙袋には、たくさんの家具やら雑貨やらがつまっている。ずいぶんな買い込みようだが――果たして、この家具がすべて、この屋敷に入るかどうか。 大きな荷物なので、宅配もできるとのことだったが、いますぐ設置したいアンジェリカもルナも――もっとも、化身たちがそう望んだのだが――ちょっと大変だが、持って帰ることになった。 ふたりは、こっそりとだが、シャイン・システムもつかえることだし。 「じゃあ、ルナ。あした、遊園地でね!」 「うん!」 ルナとアンジェリカは、デパート内のシャイン・システムのまえで別れた。 家に帰ったルナは、またうさこに脇腹を小突かれながら、なんとか庭付き一戸建ての家をセットした。 庭にひじ掛けソファとテーブルを置き、二階に、ベッドも置いてあげた。二階の部屋には、マップの額を。一階には、黒板を置いた。 ひじ掛けソファは、もう一脚よけいに買ってきて、三人でテーブルを囲めるようにした。 もちろん食器も、三人分に増やした。 『素敵! 最高よ、ルナ』 なにはともあれ、うさこが大喜びなので、ルナはよかったと思った。 『ご褒美よ、ご褒美!』 うさこがステッキを振ると、うさこのテーブルにもふたたび紅茶とケーキが現れ――ルナの手元にも、紅茶が入ったカップとケーキが乗った皿が現れた。 「わあ!」 『今日は、とくべつね』 うさこはウィンクし、庭先のソファで、お茶を楽しんだ。 『ああ、すてきなおうち』 「おいしい!」 うさこが出してくれたいちごのケーキは、とてもおいしかった。ルナは、幸せそうにケーキを平らげ、 「うさこ、黒板は、なににつかうの?」 と思い出したように聞いた。 『もちろん、あなたの勉強のためよ』 うさこは言った。 『ZOOカードの説明をするときのために、黒板があればいいじゃない?』 『やあやあ! やはりここにいたのか――月を眺める子ウサギよ! 高僧のトラが呼んでいるぞ!』 偉大なる青い猫が、ぴょこんと、ZOOカードの箱から飛び出てきた。新しい家にいる月を眺める子ウサギの姿を見つけると、庭へやってきて、眺め渡した。 『あらまあ。じゃあ、行かなきゃ』 『部屋を、リニューアルしたかい?』 『そうよ。素敵でしょ。あなたのお城も素敵だけど』 「あ、ネコちゃん!」 ルナが呼び留めた。 『ネコちゃん!』 偉大なる青い猫も、自分の呼び名におどろいて振りかえった。 「これあげるよ――さっき、うさことおもちゃ屋さんに行って、見つけたの」 ルナは、「絵描きセット」と名前の付いた箱を、偉大なる青い猫にわたした。青い猫ほどの大きさもあるパッケージだった。 なかには、ちいさなキャンバスとイーゼル、パレットと油絵具のミニチュアが入った木箱が入っていた。 「ミシェルはこれ、買ってないと思う。新発売だから」 『いやはや――これは! なんと!』 真っ青なネコの顔が、興奮のために、すこし紅潮した。 『礼を言おう! じつに嬉しい! ありがたい!!』 ネコは感激したようにじっと箱を見つめ、ルナに礼を言った。 『偉大なる青い猫、急がなきゃ』 月を眺める子ウサギがいうと、青い猫は正気に返ったように、 『お、おお――すまん、行かなければ。ルナ、いずれ礼をする! ではな』 ネコとウサギの姿はたちどころに消えた。ルナがあげた箱もなかったし、うさこの部屋からは、すっかり紅茶とケーキは消え、食器はもとの戸棚におさまっていた。 時計もうごかなくなり――すべてが、ただのおもちゃにもどっていた。 ルナが食べたはずのケーキが乗っていたお皿も、ティーカップも、なくなっていた。 |