「ばあちゃん、K34区はあぶねえから、ひとりで来るなっていったろ」 K34区の街の入り口にあるカフェに、アズラエルとルナが到着したのは、待ち合わせ時間より五分は早い時刻だった。 「ひとりで来ちゃいないよ。さっきまで、テオさんがいっしょだったんだから」 テオは、ツキヨとアンの担当役員である。 外にいくつかのテーブルがならんでいるオープン・カフェ――K34区ではめずらしい店構えだ。ここはK34区とK35区のはざまにある店で、K34区らしくない、といえばそうかもしれない。 K34区は、宇宙船内の「スラム」といっていい区画である。極端ないいかたをすれば、だが――もっとも、スラムにしてはあまりに清潔で、治安はよかったが、ルナやツキヨがひとりで出歩くのは、おすすめできない区画ではあった。 「まあ、さすがに、昼間はいいといしても、夜はうろつきたくない場所だねえ」 ツキヨも、あたたかい紅茶を手に、アズラエルの言葉に同意した。K34区は、日中、ひとけは少ない。このカフェは、K35区の住民も来るのか、それなりの人数が来店していたが、カフェから向こうの通り――K34区の通りは、ひとがまったくいない。 ルナは、無人の通りを見て言った。 「エレナさんとジュリさんも、このへんに住んでいたんだよね」 「ああ――この通りを左に曲がって、すぐの住宅街だ」 これからバーへ行くのに、カフェでおちつく必要もない。ルナとアズラエルはすわらなかったし、ツキヨは、紅茶を半分残して、立った。 「じゃあ、行こうかね」 ふつうなら、K34区にほとんど用などあるはずもない、ツキヨとルナである。 彼らが、今日、ここで待ち合わせをした理由は。 「えーっ!? じゃあ、オルティスさんは、ヴィヴィアンちゃんを、アンさんに見せてなかったの」 「そうなんだよ」 ツキヨは、痩せた肩をすくめて、おおげさにうなずいた。 ラガーまでの道すがら、ツキヨは、今日の目的を、ルナたちに話した。 「オルティスさんの気持ちも、わからないでもないがねえ……。アンさんは、幸せにしてあげたくて子どもをたくさん引き取ったのに、軍事惑星から逃げるときも、E353で逃げたときも、一気に養い子をなくしちまったわけで……。今回は、マルセルさんまで……だろう? だから、当分子どもの姿は見たくないだろうって、オルティスさんはわざとヴィヴィアンちゃんを、アンさんの目には触れさせないようにしていたわけだよ」 「……」 ヴィヴィアンは、オルティスとヴィアンカの子――まさに、アンにとっては孫ともいうべき存在である。 「あたしゃ、それを聞いたときは、逆効果だと思ってねえ! まさか、オルティスさんにお子さんがいたなんて、あたしも寝耳に水さ!」 それならさっさと、アンさんに孫の顔を見せてやりゃよかったんだよ、とツキヨは言った。 「ヴィヴィアンのことは、アンさんは知らなかったのか?」 アズラエルが聞くと、ツキヨは首を振った。 「いいや。知っていたよ。でも、アンさんも、マルセルさんを失った悲しみでいっぱいで、ヴィヴィアンちゃんのことは、すっかり忘れていてね。ずっとまえから話には聞いていたそうなんだけど、」 「ヴィアンカが、黙ってるはずねえと思うけどな」 あのメスライオンが、おとなしく引っ込んでいるはずはない。 「ヴィアンカさんも、オルティスさんに、ヴィヴィアンを見せていいかって聞いたらしいけど、ダメだっていうんで、大ゲンカさ。あのひとも頑なでねえ。こまったヴィアンカさんが、あたしに相談しにきたってわけさ」 「わかった」 アズラエルは、早とちりをした。 「今日は、ヴィヴィアンとアンさんの、初対面ってわけだな?」 「バカをお言いよ! そんなものは、とっくにすませたさ」 ツキヨは、あきれ顔で言った。今頃、なにを言っているという顔である。とにかく、行動のはやいおばあちゃんなのだ。 「子はかすがいって言うけど、この場合、孫はかすがいだよ――アンさんが、孫の顔を見たくないなんて、思うもんか。オルティスさんの考えすぎさ! 案の定、あのひとは、ヴィヴィアンの存在を思い出したら、目に見えてあかるくなってねえ……自分からオルティスさんのとこに押しかけて、ヴィヴィアンちゃんに会いに行ったよ」 ヴィアンカとツキヨが思っていたとおり、ヴィヴィアンをその手に抱いたときから、アンの様子は、目に見えて変わってきた。アンの元気が出たことで、オルティスも、はれ物に触るような態度が、徐々になくなった。 アンは、毎日のようにラガーに顔を出し、ヴィヴィアンの面倒を見ることを引き受けた。ヴィヴィアンを背負って店に出ていたオルティスは、それをしなくてよくなったわけで――店は、もとの営業時間にもどった。 ヴィヴィアンさまさまである。 「じゃあ――今日は、なにをしにいくの」 ルナがツキヨに尋ねたところで、ラガーに着いた。 「ついてからの、お楽しみ」 ツキヨはにっこり笑って、自ら、ラガーの大きなドアを開けた。 |