「いらっしゃい――おお! ツキヨさん!」

 ラガーの店長が満面の笑顔で、でかい身体を丸めてカウンターから出てきた。

 「うさちゃんに、アズラエルも! 今日はありがとう!」

 オルティスはいそいそと、凶悪な顔に満面の笑みを浮かべ、三人と握手をした。

 「なんだよ、あらたまって」

 「今日は、いいんだ。特別な日だからな」

 アズラエルは、真っ昼間だというのに、店内にけっこうな客の数があることにおどろいた。

 「今日、なにかあるのか」

 オルティスに聞くと、彼は目を丸くした。

 「ツキヨさんから聞いてねえのか――まあ、いいさ。すぐわかる。それより、ちょいとこっち来てくれ」

 ルナたちは、店内へではなく、厨房のほうにとおされた。

 

 「ツキヨさん――ルナさん! アズラエルさん!」

 そこには、真っ赤なドレスを着て――ヴィヴィアンを抱いたアンが、それこそ「バラ色」にほおを紅潮させて、立っていた。

 「アンさん」

 ルナは目をぱちくりさせて、言った。

 「すごいキレイ!!」

 「ありがとう」

 八十近い年齢とは思えないほど、今日のアンは特別に美しい気がした。ルナがデレクから借りたアルバムジャケットの写真と、まるで変わっていない気さえする。

 

 「座ってくれ」

 オルティスは、ルナたち三人に、椅子に座るよう勧めた。椅子が足らず、アズラエルはビールケースに腰かけることになったが。

 アンは、ヴィヴィアンをあやしながら、そばに立っていた。ヴィヴィアンを見つめるアンの目は、慈しみにあふれている。

 

 オルティスは、店の帳面が置いてある戸棚へ行って、通帳と、銀行の認証カードを持ってきた。それを、そのままルナにわたした。

 「ルナちゃん、これを、受け取ってくれ」

 「――え?」

 びっくりして、ルナが通帳とオルティスを、交互に見つめた。オルティスがうながすので、ルナは通帳をひらいた。そこには。

 

 「四千……三百五十万デル……!?」

 通帳に印字されている数字は、まぎれもなく、その金額をしめしていた。ルナは、あわてて顔を上げた。

 「オルティスさん!!」

 「頼む。なにも言わねえで受け取ってくれ、ルナちゃん」

 オルティスは、ルナの手に押し込むようにして、グローブみたいな手で、ルナの手を包んだ。

 

 「こりゃァ、アンの分のチケット代だ。地球行き宇宙船のチケット代は、正規で買えば、八千七百万デル。ちょうど半分――どうか、受け取ってほしい」

 「でも……」

 「ルナちゃんが、そんなつもりで、チケットをくれたんじゃねえってこたァ、俺もアンも、じゅうぶんわかってる――だけど、これは、俺の二十年の結晶なんだ」

 「……!」

 オルティスの声色が、詰まってきた。

 

 「俺だけじゃねえ――俺と一緒にがんばってきたニコルの想いも詰まってる。こいつを手放しちまわないと、俺は、次へ進めねえ……!」

 ルナの手をにぎるオルティスの手が、ルナの手をにぎりつぶしそうな勢いだったので、アンが苦笑して、止めた。

 「オルティ、ルナちゃんのちいさな手がつぶれてしまうわよ?」

 「お、おう――すまねえ」

 オルティスは慌てて手を離し、一度立って、鼻をかんだ。それから、泣いたのをごまかすようにドスドス、足音も荒くもどってきて、どすん、とビールケースに座った。

 そして、今度は、笑顔を見せた。

 

 「残りの約一千万で、店を改築したんだ」

 「改築……?」

 「ああ。今日は、アンのひさしぶりのコンサートだ」

 「……!」

 ルナのうさ耳がいきおいよく立ち、アンを見、オルティスを見、ツキヨとアズラエルを見た。

 

 「そうだったのか」

 特別な日というのは、そういうことか。

 アズラエルも、腕を組んでうなずいた。

 

 「受け取ってくれ、ルナちゃん」

 オルティスが、もういちど言った。

「……」

 ルナは、手の中の通帳を見た。

 「いただきな、ルナ」

 迷い続けているルナに、ツキヨは、穏やかに言った。

 「あんたは、もしかしたら、このお金で、ふたたびあたしやアンさんみたいなひとを、宇宙船に乗せてあげることができるかもしれないじゃないか」

 「……!」

 

 思いもかけないことだった。

 そもそも、あのお金は、ルナの知らないところで動いているので、あのチケットも、ルナが購入したものではない。

 けれども、ツキヨのためにチケットを購入しようと思っていたのは、ルナ自身の希望だった。

 ただ、あまりに大きな金額だったために、迷っているうちに、今年の宇宙船の乗船期限が近づいてしまっていた。

 その点では、ルナはペリドットに感謝していた。勝手に使われたことはたしかだが、おかげで、ツキヨはいま、地球への帰路についている。

 (マルセルさん)

 あのとき、ルナにこのお金があったなら、もしかしたら、もう一枚チケットを買って、マルセルを乗せてあげることができたかもしれない。

 

 ルナは、目を潤ませた。そして、オルティスを見て、言った。

 「おゆてぃしゅしゃん……」

 ぺこりと、頭を下げた。

 「ありがとう。――あたし、このお金、お預かりします」

 ルナが受け取ったことで、オルティスの顔が輝いた。

 「良かった――よかったよ。俺ァ、やっとこれで、先にすすめる!」

 オルティスは、もう一度鼻をかみに立ち、ルナたちをうながした。

 「みんなの分は、特等席を取ってある! ステージの真ん前で、アンの歌を聞いていってくれ」

 

 



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