「リサは、ほんとうにいい女だ」 「――!」 ミシェルの声には、未練はなかった、さっぱりとした、透きとおった声だった。 「彼女には、きっと、もっといい相手がいるさ」 そういってコーヒーを口にしたミシェルに、だれも言葉をかけなかった。 彼のあまりにもすっきりとした表情に、かける言葉が見つからなかったのだ。 「とりあえず、アズラエル、おまえの代わりになりそうな傭兵を手配してくれ――あと二ヶ月って、間に合うか?」 「あ、ああ――」 その日、ミシェルもいっしょに夕食を囲み、空き部屋で寝泊まりしていった。 ルナがその夜見た夢は、大ぐまと子グマの夢ではなかった。 どうしてか、観覧車が出て来た。 いったいどうして観覧車なのか――ルナが不思議な思いで見ていると、やがて、ひとつのゴンドラがクローズアップされ、そこにいたのは、ブレアと月を眺める子ウサギだった。 ルナが再び見たのは、――ブレアが宇宙船を降りる前に見た、ブレアと月を眺める子ウサギとのやり取りだった。 あのときと、同じ夢。 ブレアが観覧車から出られなくなって、何度もスタートからやり直す。月を眺める子ウサギとともに絵を描いているうちに、やっと最後まで乗ることができた、あの夢。 (……?) なぜ今、こんな夢を? ルナは、目覚めてもしばらく考えていたが、まるで意味は分からなかった。 朝食をすませたあと、ルナはZOOカードを持ち出したのだが、頭の中は大混乱だった。 (リサがミシェルと別れて……あたしたちは、あと一週間で宇宙船を出て行かなきゃいけない?) カザマは、「ぜったいにそうはさせませんから」と念を押していたが、ほんとうにどうにかなるのか。 あらゆることが、ルナの知らないところで話が進んで、頭がおかしくなりそうだった。 (落ち着くの) ルナは泣きだしそうだったが、ぐっとこらえた。 そもそも、なぜ今朝、ブレアの夢を見たのか。 (フローちゃんも、観覧車に乗せろってことなの?) どうもピンと来ない。ルナは考えた。必死に考えた。 ――ブレアのカードは「ぐるぐる回る子ネコ」だった。 どうして、ぐるぐる回っていたのだっけ? 「――!」 ルナがZOOカードのほうを見ると、一枚のカードが飛び出してきていた。 「これは……」 フローレンスのカードである、「わがままな黄ヘビ」のカード。 カードは、なぜかバチバチと雷に包まれている。ルナがこのあいだ見たときと同様、彼女の周りを流れるように、服やアクセサリーが過ぎて行って――。 ジャータカの黒ウサギは、なんといった? 『こういうのを、幸運の垂れ流しっていうのよね』 このカードの黄ヘビは、「飽き飽きした」目で周囲の様子を眺めているのではない。 ――もしも、途方に暮れているのだとしたら? 流れるように消えていく“幸運”。 服もおもちゃもアクセサリーも、欲しいものは何でも手に入る。自分が邪魔だと思う人間すら、彼女はたちどころによそへやれる。 彼女に叶わない願いはない。 けれども、幸運は無限にあるものではない。彼女のわがままによって、彼女が持ち合わせた幸運は流れるように消えていく。 だれも止めてくれるひとはいない。 両親ですら、彼女のわがままを増幅させるだけ。 このままでは幸運はあっけなく尽き、彼女は――。 (ジェットコースターだ) ルナはようやく分かった。 フローレンスは、観覧車ではなくジェットコースター。 カードの中の黄ヘビが、ルナに向かって泣いているのに気付いた。バチバチと鳴る雷のなか、黄ヘビは訴えるように、ルナになにか、叫んでいる気がした。 よく見ていると、いかづちの中で、点滅するように、黄ヘビのカードが変わる。 ルナは何回か見て、やっと文字を理解した。 「社交界の華やかな黄ヘビ」。 ――おそらくこのままでは、フローレンスはカードが変わることもなく、寿命が尽きるかもしれない。 (ピエトは導きの子ウサギ。あの子が導いてきたんだ) 黄ヘビのたましいが、助けを求めているのだ。 ルナがそこまで思ったとき、ZOOカードから、うさこが――月を眺める子ウサギが、ぴょこん! と飛び出した。 「リカバリ U アロンゾ、パーヴェル、アイザック」 ルナがなにか言う前に、銀色の光がルナを包み込み――立て続けに、月を眺める子ウサギは月のステッキを振り回しながら叫んだ。 「リカバリ T アンナ・H・ラマカーン」 銀色の光が、飛んでいく。あまりのまぶしさにルナが目を瞑った――まぶたの裏にすら残った光も落ち着いたとき、ルナが目を開けると、月を眺める子ウサギはいなかった。 「わがままな黄ヘビ」のカードも、姿を消していた。
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