「……」

 ルナがぼうぜんとZOOカードボックスを見つめていると、階下で、インターフォンが鳴る音が聞こえた。

 ルナが慌てて、三階の廊下から見下ろすと、玄関にはフローレンスがいた。ドアを開けたのは、セシルだった。青ざめているセシルを見下すように、なんのあいさつもなく入ってきたフローレンスは、胸をそらして宣言した。

 

 「よくわかったでしょう! わたしの怖さを!」

 

 ピエトたちが学校に行く前の時間帯である。広間には、ほとんどのおとながいた――ピエトが拳を震わせ、

「やっぱりてめえのしわざだったのか……!」

 と怒鳴ると、フローレンスは、しかめ面をした。

 「このあたしが、原住民と食事をしていたなんて、思い出すだけでも汚らわしいわ!」

 フローレンスは、ピエトが原住民だということは、知らなかったようだ。

 今回のことで、父親あたりに知らされたのだろうが――。

 

 寄らないでちょうだい! と拒絶するフローレンスに、耐えかねたネイシャが、「てめえっ!」と殴りかかりそうになり、セシルがあわてて止めた。

 「まあ! ほんとに傭兵って、野蛮ね。いやらしいわ、わたしを殴ったら、刑務所行きですからねっ!!」

 フローレンスは、ハンカチを口に当て、微笑んだ。

 

 「さんざん、勝手に、引っ掻き回していったのは、てめえじゃねえかよ!」

 ネイシャは叫び、フローレンスは、

 「あたしをそんな、下品な呼び方をしないで! 耐えていたのはこっちよ!」

 と叫んだ。

 

 「お嬢さん」

 レオナのこめかみは、いまにもはちきれそうだった。

 「あまり、図に乗るんじゃないよ……っ!!」

 

 どんな怒りも、フローレンスには効かなかった。彼女は興ざめしたように、

 「けっこうしぶとい方々ね! いつもはこれだけすれば、申し訳ないって、宇宙船を降ろさないでくださいって、土下座くらいするものよ」

 みんな、這いつくばって、みっともないったらありゃしない。

 冷笑するフローレンスに、さすがのセルゲイも、眉をしかめた。

 

 「――君は、いままで、そうやって何人もの人を、自分のわがままで、この宇宙船から、降ろしてきたの?」

 「わがまま?」

 フローレンスは、聞き返した。

 「わがまま? どっちがわがままなの? そっちでしょ、あたしの言うことを聞かないんだから」

 それ以上、達者なフローレンスの口上も――だれかが彼女に飛びかかることも――なかった。それを止めるかのように。

 

 すさまじい雷鳴が、とどろいたのだ。

 

 その音は、あまりにすさまじく、屋敷の窓すべてを、ビリビリと震わせた。

 「キャー!!」

 けたたましく悲鳴をあげたのはフローレンスだけで――しかし、突然空を覆いつくした黒雲と、本降りになりはじめた雨――だれもが、一瞬怒りを忘れて外を見た。

 そして、セルゲイを見た。

 「わ、わたしじゃない」

 セルゲイは焦って言ったが、ほんとうに、セルゲイではなかった。

 夜の神の気配はなかった。

 

 「もういいわ! 雨も降ってきたから、帰ります!」

 フローレンスは、耳をふさいで悲鳴をあげたのをごまかすように、「帰るわよっ!」と外に叫んだ。今日は、執事つきのリムジンで来たようだ――「濡れるじゃない! バカね、傘を寄こしなさいよっ!!」と執事に怒鳴っている彼女の声。彼女の怒声に呼応するように、また空が光った。ついで、轟音。

「きゃあっ! なによこの雷! 気象部はなにをしているのよ!」

自動車のドアが開き、閉まる音。

「このあいだは停電になるし、ろくな宇宙船じゃないわ!」

彼女の悪態が、雷の音にも負けずに聞こえてくる。皆は、嵐という名の来訪を、ぼうぜんと送った。

 

「なんて――ガキだよ」

バーガスの呆れ声がぽつりとこぼされ、レオナの怒りがふたたび沸騰しようとしたそのとき。

 

皆は、なぜか、自然と、――雷の正体を知った。

だれかに、知らされたわけではない。

だが、とうとつに、原因は分かったのだ。

大広間の入り口に、ルナが立っていた。

エプロンの端を両手で引っつかみ、ほっぺたは、極限までふくらんでいた。怒りのあまり、顔は真っ赤になり――だれもが「戦慄」するほど、目が、座っていた。

 

「わるいこ」

 

ルナのひとことともに、また、すさまじい雷が、打ち付けられた。

 

 

 

 ルナのZOOカードボックスから、月を眺める子ウサギが飛び出し、いっせいにリカバリを終えたとき。

 L系惑星群中央区、L55のウィルキンソン財閥本社ビル会議室では、重役会議が行われていた。重役会議の中でも、特別な会議である。

 

 「では、本日L歴1416年2月27日午前7時06分52秒――アンナ・H・ラマカーン予言師の、第27通目の遺言書を開示します」

 

 

 ウィルキンソン財閥創成期に、偉大なる始祖パーヴェルのもとで活躍した予言師、アンナ・H・ラマカーンの「遺言書」は、ただの遺言書ではない。

 「予言書」であった。

 彼女のそれは、いままで、何度となく、ウィルキンソン財閥を救ってきた。

 かの財閥や、関連会社が危機におちいったとき、アンナはいつでも助けてくれた。

 彼女の遺言どおりに決議すると、すべてがうまくいくのだった。

 「遺言書」という名の予言の書――五十二枚は、何年の何月何日、何時何分にひらくように、それぞれ、日づけまで決められている。

 今日は、その27通目をひらく日なのだ。

 

 「では、開示します――」

 

 重役たちが息をのむなか、遺言書はひらかれた。

 弁護士は、読みあげる。

 

 「ウィルキンソン財閥で、“ダヴリン・システムズ”を買収。ヴォバール財団に依頼し、“ヒューストン航空”を、買収。名義は“セプテントリオ”で。以上」

 

 「では、そのとおりに」

 代表の、サクラ・B・ウィルキンソンは、即座に決定した。だれからも、反対意見は上がらない。そもそも、アンナの予言書にたいする反対意見は必要ない。

まったく意味不明なことが書かれていても、アンナの予言にしたがって行ったことは、会社にとって、よくなかったことはない。

 「閉会」

重役たちは、席を立った。

 

 



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