ララとムスタファ主催のパーティーの招待状に記載されていた日付は、あっというまにやってきてしまった。

アズラエルとクラウドは、ひさしぶりにスーツに袖を通し、ルナとミシェルも、ドレスの装いだ。

ミシェルもあのときとは違い、今度はちゃんとスカイ・ブルーの、裾が膨らんだ、まるで花嫁のようなドレス姿で、クラウドを「結婚式みたいだね!」と感激させていた。

ミシェルは当然、ルナは偶然――ララからプレゼントされたドレスを着ることになったが、アズラエルたちも文句は言わなかった。

ルナは、ドレスこそララからのプレゼント品だったが、下着や小物はアズラエルからのプレゼントで固めたし、ミシェルは、どう見ても花嫁のようだったからだ。

ピエトも子ども用の礼装に身を包み、いくばくか緊張気味の顔をしていた。

 

屋敷まえに横付けされたリムジンから、出迎えの老人が出て来た。ララの邸宅のバトラーだ。今日はララもシグルスも、車には乗っていなかった。

「どうぞ。お乗りください」

ピエトは、新品の革靴を汚さないようにとアズラエルから注意を受けたが、心配なかった。なんと、屋敷の玄関からリムジンまで、赤いじゅうたんが敷かれていた。アズラエルとクラウドは目をぱちくりさせながら、ルナとミシェルをエスコートして、後部座席に乗り込む。

ルナもミシェルも、高いヒールのせいで、足元がおぼつかない。

「今日は、おとなしくしてよう」

「うん、ぜったい」

このヒールで、あちこち歩き回れるはずはなく、ドレスでかくれていることが幸いだった。歩き方も、なんとか不自然に見えない。

 

ルナとミシェルが緊張のあまり車酔いしそうになったころ、ムスタファの邸宅に着いた。

ミシェルは一度きたことのある場所である。

ひろい庭園中央の噴水は、きらびやかなイルミネーションにいろどられ、ところどころ被さった雪も、まるで計算されてそこに置かれたかのようだった。

バトラーが恭しく、ミシェルのドレスの裾を持ち、あけ放たれた屋敷のドアから、入った。

屋敷の玄関にはつぎからつぎへとリムジンや高級車がなだれこみ、軽い渋滞を起こしている始末だった。

ルナとミシェルは、なんとかアズラエルたちにエスコートされながら、一歩ずつ、慎重に階段を上がった。ピエトもキョロキョロと、挙動不審になりつつ、周囲を見渡し、四人の後を追った。

屋敷は、スーツや民族衣装、ドレスの人間であふれかえっている。子どもも時折見かけた。子どもたちのあいだだけで交わされる独特のアイコンタクトを、ピエトも、幾人かの子どもとかわしつつ、会場に着いた。

 

「やあ! ひさしぶりだ、アズラエル、クラウド!」

「ご無沙汰しています」

「どうも。お久しぶりです、親父さん」

会場に入ってすぐ、ムスタファと対面することになった。クラウドもアズラエルも、ムスタファと握手を交わした。

 

(このひとが、大ぐまさん……)

ルナは、一歩下がったところから、ムスタファを見つめた。

アズラエルと出会ったころから、話には聞いていた人物だった。この宇宙船に乗った傭兵――認定の傭兵や、あるいは軍人たちと懇意にしている富豪だ。

世間的には「石油王」と言われていて、L8系におおきな石油プラントや鉱山を所持している。

大ぐまというには、体形はそんなに大きくはない。アダムのように、外見が、クマみたいだということはないが、一代で事業を発展させた経営者は、やはり迫力がある気がした。

 

「以前会ったね。ミシェルさん」

「覚えていてくださって、光栄です」

ミシェルは、ドレスをつまんで、あいさつした。

「そして、あなたがルナさんかな。アズラエルから、よく話は聞いていた」

「あ! はじめまして! ルナです!」

ルナは上擦った声で名乗り、差し出された手を取って握手をした。

 

「――で、君が、ピエトくんかね」

「は、はい、はじめまして」

ピエトも、ルナの後ろから、ぴょこん! とお辞儀をした。

そこへ、申し合わせたように、ひどく痩せたバトラーに連れられて、こちらもものすごく細く青白く、かぼそい男の子が、おそるおそる近づいてきた。

顔色は真っ白で、目の下にクマもできているのに、頬だけはバラ色。

ピエトも一瞬目を見張るほどの、病的な少年だった。

(こぐまちゃん)

ルナは、夢の中で鳥かごに入っていたこぐまがこの子だと、すぐに分かった。

彼はバトラーの後ろにかくれるようにして、ピエトだけを見つめていた。

 

「わたしの息子だ」

ムスタファの声には、息子を案じる声と、愛おしさが、これでもかと含まれていた。

「ピエト、君と同い年だ。ダニエルという。――どうか、仲良くしてやってくれ」

「あ、――はい!」

ピエトは返事をしたものの、どう話しかけていいか分からずに、すこし戸惑い顔を見せたが、

「お、俺ピエト。よろしくな」

とダニエルに手を差し出した。

「僕、ダニエル。ダニーって呼んで」

ダニエルは、ふわりと笑った。

「あちらで、一緒に遊んでおいで」

ムスタファがしめすと、思いもかけず、ダニエルのほうが積極的に、ピエトの手を引いて、駆け出した。バトラーがあわてて、そのあとを追う。

「お坊ちゃま!」

 

「同い年の子が来ると聞いて、このあいだからはしゃいでいてね。昨日は高熱を出したのだが、今日は絶対行くときかなくて。よほど楽しみにしてたのだろう。おどろいたことに、今朝、熱が下がった」

ムスタファも嬉しそうだった。

「いつも、熱が上がったら、一週間は下がらないのに」

 

「ルーシー!! ミシェル!!」

いつもの甲高い絶叫。ついにララがやってきた。

「なんてことだいその有り様は! 嬉しいよ! あたしが贈ったドレスを着てくれるなんて! ルーシーなんか、ルーシーそのものじゃないか! ミシェルもなんだい!? そんな恰好で、あたしと結婚式を挙げるつもりで来たの!?」

いつも以上に元気でハイなララは、子ウサギと子ネコに唾をつけると、両肩を抱いた。

「ムスタファ、そのむさくるしいふたりはあんたにやるよ。あたしはこの子たちをいただくからね〜♪ むぅん、ちゅっ!」

スーツ姿の美中年は、好みの令嬢を、両脇に抱えてかっさらっていった。ルナとミシェルの足が、ほんのすこし地面から浮いている気がしたが、アズラエルたちは呆れを越えて、もはや文句を言う気もなくなっていた。

 

「相変わらず、ララ殿はお元気だ」

ムスタファは、いくばくか、疲れているようにも見えた。

「ダニエル君は、お悪いのですか」

クラウドが聞くと、ムスタファはあいまいな苦笑をかえした。彼が憔悴することといえば、息子のこと以外にはない。

「君たちを招いて正解だったな。今日は、仕事以外の話がしたい。わたしたちは、あちらへ行こう。つきあってくれるかね」

「喜んで」

ムスタファは、すみのソファがある場所へ、ふたりを誘った。

 

 



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